第4話 小竜の仇討ち依頼

「冷衛さん、私の依頼についてはお聞きになりましたか」


 店員が去ってから、すぐに小竜は本題を切り出した。


「おおよそのことは聞いている。誰かの仇を討ちたいというのだろう」

「はい。詳しいことを説明します。……あの、依頼の受諾って、説明を最後まで聞いてから判断されるんですよね?」


 言葉の後半は声を潜めて小竜が尋ねる。


 冷衛のような口入れ屋に登録している人材にもその程度の権利は保証されている。直接雇い主から内容を聞いて、理由があれば断っても咎めを受けることはない。小竜は、そのことを知っていて、冷衛が依頼を辞退するのではないかと不安らしい。


「そうだ。だが、大変な仕事だということも承知して、俺はこの場所にいる。まずは、あなたの話を聞かせてくれ」


 意を決したように小竜は語り出した。


「冷衛さんは、四日前に鈴鳴街で起きた事件のことを知っていますか」

「ああ、先ほど聞いた」

「その被害者が、私の知人なんです。名前は、真人まさと諸士検見役しょしけみやくとして城に仕える武官でした。剣士としても有名だったそうです」

「真人? それなら俺も知っている。二年前の御前試合で上位十人まで勝ち残っていたのを覚えている。技倆ぎりょうだけでなく、人品も優れた男だった」


 諸士検見役というのは、官僚の汚職や犯罪についてとり調べる、警察でいうところの監察官と同じ役職である。仕事の内容からして、公正で職務に忠実な人柄、そして腕利きの人材が好んで登用される。


 真人は、まさにその条件に合致する男であったと、冷衛は遠目に見た真人の印象を想起していた。


「真人は二十歳かそこらだったろう。その若さで諸士検見役に任命されるのだから、得難い存在だったはずだ。惜しい男を亡くした」

「ありがとうございます」


 小竜は、なぜか自分が誉められたように嬉しそうだった。


「警察の捜査はどうなっているか分かっているのか」

「いいえ。問い合わせても、ただの知人には何も教えられないって言うんです。そのわりには、捜査がなおざりな気がして……」


 小竜が悔しげに俯いていると、注文したお茶が運ばれてきた。店員の好奇の目に晒されて居心地悪く思いながら、冷衛はほうじ茶をすすった。


「そう言うと?」

「警察は、下手人が辻斬りじゃないかって考えているそうなんです」

「辻斬りか。ありえないことではないと思うが」


 この広大な城下町には、昔から辻斬りが絶えることはない。三カ月ほど前にも一人の男が、路上で数名の住人を斬った罪で検挙されている。


「でも、真人がそう簡単に負けるはずがありません。犯人は、きっとただ者じゃないはずです」

「なぜ、そんなことが断言できるのだ」

「真人は一太刀で斬られていたそうです。それに刀が真っ二つに折られていたって」

「刀を折られていた……」


 冷衛の面に一瞬の激情が閃いた。


「どうかしたんですか?」

「……いや、何でもない。真人を相手に一太刀で勝敗を着けるというのは、凡人では難しいだろう。剣士では、かなり限られてくることになる」


 落ち着きを取り戻した冷衛の言葉に小竜は頷いた。


「私もそう思います。だから、犯人は見つかります。心配なのは……」

「真人を斬るほどの剣士を相手に、小竜さんが仇を討てるか。そして、俺がその役に立てるか、ということか」

「はい」


 小竜が直線的な視線で疑問を投げかけてくる。

 冷衛にとっては剣士としての根幹に関わる問いかけだった。


「小竜さんは、〈鯉貴屋〉の主人から俺のことを、どう聞いているのだ」

「ええ。見た目は二十代中盤で、如何にもの上がらない剣士だと」


 その外見の特徴を聞いた小竜が即座に自分を見つけたということは、まさにそういう外見なのかと冷衛は苦々しい思いを禁じえない。


「そして、一通りの依頼には対応できる能力を有していると言っていました。ただ、剣士としての腕前は保証しかねるとも」

「そう言うだろうな。……小竜さんは、俺の過去のことまでは〈鯉貴屋〉に聞かされてきたのか」

「いいえ。そこまでは。でも、元武官で口入れ屋に出入りしているような男なのだから、いわくつきなのはお分かりになるでしょう、と」

「〈鯉貴屋〉の言う通り、俺は過去に失態を犯して武官を除名されている。あんたは依頼主だから、一応このことだけは伝えておく。それでも俺を雇うかどうかは小竜さん次第だ。ただし俺は、自分では小竜さんの役に立てると考えている」


 小竜は内面の思惟に没頭するように、しばし押し黙る。それから、言葉を選んでいるように慎重な口調で先を続けた。


「私がお願いするのは危険な仕事なのに、お支払いできる報酬はあれが精一杯なんです。幾つかの口入れ屋さんにお話ししたんですが、お返事してくれたのは冷衛さんだけで」


 冷衛は黙して聞いていた。


「だけど、私は真人の無念を晴らしたい。私が頼れるのは冷衛さんだけなんです。お願いします。私に協力してください」


 小竜に切実な面持ちで直視され、冷衛は気恥ずかしい気分になった。その心情には、久しぶりに頼られた剣士としての昂揚感も含まれている。


「こちらこそ、よろしく頼む」

「ありがとうございます」


 冷衛の返答に小竜は喜色を隠そうともせず、身を乗り出して礼を言った。


 何とか依頼を請けてくれる人物が見つかったことで緊張が緩んだのか、小竜は初めて麦茶に手を伸ばした。興奮して火照った喉に、冷たい麦茶が心地よさそうだった。

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