第5話 仇討ちの理由は幼馴染

「依頼の確認だが、真人まさとを殺害した犯人の特定。その後に警察に突き出すなり、俺が斬るなり状況に応じて対処するということにしよう。さすがに、小竜こたつさんが直接手を下すというのは無理だと思う」

「はいはーい。その点については大丈夫です。これがあるんです」


 そう言うと小竜は懐に手を入れ、あるものを掴みだした。それを目にし、冷衛ひえい倉皇そうこうとして彼女を押し留める。


「て、鉄砲ではないか……! そんな物騒なもの、どこで?」


 鉄砲という飛び道具について知識はあっても冷衛が見るのは初めてだった。


 小振りだが黒い銃身が不気味で、中央の膨らんでいるところに弾が入っているのだろう。撃鉄とかいうを下ろして、引き金を引くだけで人を傷つける恐ろしいものだ。


「以前、護身のためと言われて真人にもらったんです」

「禁制というわけじゃないが、武官しか所持できないはずでは?」

「私は武官の娘だから大丈夫なんです」

「そんな規則だったかな……。とにかく、人前で出すモノではないぞ。それも若い子女が。早くしまってくれ」


 冷衛の剣幕に、渋々と小竜は拳銃を懐に隠す。


 武官の家族でも鉄砲を所持してよい規則だったか冷衛は思い出せなかったが、嫌な予感がするので考えないことにした。


 冷衛が横目で周囲を確認すると、幸いに客のなかで二人のやりとりに気づいた者はいなさそうだった。見えざる手で胸を撫で下ろし、冷衛が小竜に向き直る。


「もう。冷衛さんが慌てるから、びっくりしましたよ」

「それはこっちの台詞だ。鉄砲を出すのは真人の仇を見つけてからにしてくれ」

「分かりました。これで絶対に下手人の罪を償わせてやります」


 小竜は喜々としてそう言ってのける。


 この女、あっさりと言うが、幾ら仇とはいえ他人の命を奪うことを軽んじていやしないか。続く冷衛の言葉は、皮肉気な色調を帯びていた。


「そこまでして仕返しをしたいのか。ただの知人だったんだろう?」


 冷衛は、先ほどの話で小竜が警察から放たれたという言葉を借りて言った。


 調子に乗りすぎたことを自覚したのか、小竜は一転して表情を沈ませた。その沈痛さがあまりに顕著であり、冷衛に後悔の念を引き起こさせる。


 どうやら、たった今の陽気さが小竜本来の姿らしい。その明るさを面に出せない状態こそ異常なのだ。


「私と真人は子どもの頃からよく遊んでいたんです。蛇に噛まれて泣いていた私を、真人が背負って病院まで連れて行ってくれました。それから……」

「いや、悪かった。もういい」

「……幼馴染、だったんです」


 その一言にどれほどの意味合いが込められているのか。それを推し量ることのできない冷衛は、返事を声に出すことなく頷いただけだった。


 しばらくして、ほうじ茶を飲み終えた冷衛に小竜が尋ねる。


「そうだ。冷衛さん、これから時間はありますか」

「ああ。時間だけなら、有り余っているが」


 内心はどうあれ、すでに平常を取り繕っている小竜に冷衛は感心する。


「あの事件があった現場を見てほしいんです。警察が調べた後ですけれど、手がかりになるものがあるかもしれませんし」

「分かった。それならば、早速向かうことにしよう」

「はい! 私が案内しますから、急ぎましょう」


 言うが早いか、小竜は席を立って軽やかに喫茶店を出ていった。


「あ、代金……」


 冷衛の制止は遅かった。机上に残された小竜の伝票が、その質量と反比例して重々しく冷衛を圧迫している。

 声を放って呼び止められた店員が笑顔を向けると、冷衛は作り笑いをして言った。


「……お勘定」

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