第3話 依頼人、小竜

 冷衛は、ある喫茶店で依頼人を待っていた。


 依頼を請けた後、沙岩さがんが雇い主に連絡をした。直に会って依頼の詳細を冷衛に説明してほしいという内容で、すぐに雇い主は了承の返事を寄越し、この喫茶店を指定して待ち合わせをしたのだった。


 ここは〈鯉貴屋〉からも近い店で、玻璃がらす越しに見える外の通りには人影が多い。時間は午後を少し回ったくらいで、店内は午餐をとっている客で席がほとんど埋まっている。


 懐具合の寒い冷衛はまだ注文をしておらず、ただ居座るだけの冷衛に女性の店員が煙たそうな視線を幾度も突き刺していた。


 さすがに冷衛が気まずい思いで身を縮めていると、新たな客が入ってきたのが目に留まった。


 紫の女袴を着用し、上衣は白を基調にした花柄の小紋を着ている。女性にしては動きやすそうな服装で、随分と目につく格好だ。


 その若い女性は誰かを探すように店内を見回し、冷衛の姿を認めると、つかつかと歩み寄ってきた。


「もしかして冷衛さんですか?」

「そうだが……」


 冷衛が困惑して頷くと女性は勢いよく向かいの席に座った。


「私がお仕事を依頼した小竜こたつですっ! よろしくお願いします!」


 そう言って、依頼主の小竜は机に頭がつきそうなほど深くお辞儀をする。その大仰な仕草に周囲の目線が集まるのを感じ、慌てて冷衛は彼女に声をかけた。


「いや、そうかしこまらないで、お話しを聞かせてもらおう」

「はあ」


 小竜は恥じ入って赤面する。そこへ店員が注文を取りに来た。


「あ、それじゃあ麦茶をひやでお願いします。冷衛さんは?」

「俺は、ほうじ茶のひやで」


 無用な出費に内心で唸りながら冷衛も注文し、改めて依頼人を眺める。


 小竜という女性は、およそ二十歳には届かない年齢だろう。蜂蜜色の明るい金髪に陽光が弾かれ、金色の輪が頭上に浮くようにも見えた。


 茶色の瞳は生気に満ち溢れ、感情の発露が濃厚に表れるだろうことを予期させる。今、その双眸は必死という情動で彩られていた。


 大きな目に愛嬌があり、見る者に明朗な気性を印象づけるその容貌は、まず人並み以上に端整であると評して間違いない。


 不穏な内容の依頼主として意外な思いをした冷衛だった。

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