第80話 先輩、遊園地デートです!7

80話 先輩、遊園地デートです!7



「はぅ〜……疲れましたぁ」


「いっぱい遊んだなぁ。ちょっと休むか」


 夕方五時。少しずつ他の客の待機列なんかも落ち着き始めた頃、夏斗たちは数多くのアトラクションで疲れ切った身体をベンチで癒していた。


 ちゅうちゅうとさっき買ったタピオカドリンクを飲むえるの頭を撫でながら、チュロスを摘む。


 ホエールボールで距離が近づいた後も、二人の空気感は最高潮のままだった。恋人繋ぎで園内を回り、今ではこうして誰もいないベンチに座って肩を寄せ合い、夏斗に至っては無意識にその小さな頭をなでなでしてしまうほど。


 もう既に、充分恋人の距離感である。


「俺も飲み物買えばよかったな。チュロスだけだと口の中乾く……」


「んっ。でしたら先輩、このタピオカを!」


「い、いいのか?」


「えへへ、先輩となら間接キスも嬉しいですから。その代わり、私にもチュロス一口くださいね!」


「ああ、もちろん」


 えるから差し出されたタピオカを、一口。えるが口をつけて吸っていたストローで飲む。それと同時にえるは夏斗が食べていたところからチュロスをパクり。


 お互いに、それらを口に含んでから。飲み込んで、顔を赤くした。


「先輩の食べかけ……甘い、ですね」


「え、えるの飲みかけも。めちゃくちゃ、甘い」


 ぎこちなく、静かに。共に恥ずかしさと嬉しさを噛み締める。


 さっきまで散々アトラクションで騒いできたせいか、どこか二人の間にはしんみりとした雰囲気が流れていた。


 夕日も見え始め、少しずつ一日の終わりが近づいている。このデートの終わりと、そして同時に二人の関係性が明確に変わる瞬間が。


 両片想いを続けた二人の、告白の時間が。刻一刻と、近づいているのだ。


「アトラクション、全部乗り終わったし。そろそろあそこ、行くか?」


「……はい」


 混雑状況なんかを予想し制作したロードマップの、最後の目的地。


 このフィッシュパーク最大の目玉である超大型水族館、「アクアリウム•イン•ザ •シー」。各地から集められた数多くの人気海洋生物達とそれらを取り巻くオシャレな空間が、二人を待っている。


 夏斗は立ち上がると、えるの手を引いて水族館へと向かう。


 一週間前から、何度も一人で予行演習してきた。水族館の中で行われるイベントも全て調べ尽くし、最も告白に最適なタイミングを探し出して。えるに伝えたい言葉も、頭の中で復唱できている。


 あとは伝えるだけ。えるとただの先輩と後輩という今の関係を卒業し、恋仲になりたいというその素直な気持ちを。


(大丈夫。大丈夫だ……)


 きっと成功する。彼女は自分のことを受け入れてくれる。そう言い聞かせても、やっぱり不安なものは不安で。まだ告白の時間まではあと一時間半もあるというのに、心がざわついて落ち着かない。


 そして本人は、そのざわつきがただの緊張からではないということを知らない。


 初恋の失恋というのは、本人の知らないうちに心の奥深くへと根を張り、住み着いているのだ。


 ふと重要な瞬間に。その芽を出して、夏斗自身を痛めつけるために。そんな種が芽吹くための準備をしているのが、今の心のざわつきを誘発していることを知る由は、どこにもない。


「先輩……水族館、楽しみですねっ。私、ペンギンさん見たいです!」


「おっ、いいな。ペンギンショーもあるらしいから、見に行こうか」


「やったぁ!」



 運命が変わる瞬間は、あと少し。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る