第70話 先輩、私はもう合わせる顔がありません
※先日更新した第69話ですが、その前の68話を飛ばして掲載してしまっておりました。68話の方は公開し、69話の前に入れておきましたのでよろしければご覧ください。
70話 先輩、私はもう合わせる顔がありません
「オイ、夏斗!! まだいるか!?」
「おぉどうした悠里? お前、帰ったんじゃ……」
「それどころじゃなくなったんだよ! 俺の妹から、お前を呼ぶように言われたんだ!」
「え、お前の妹?」
そもそも妹がいたのか、と夏斗は首を傾げた。
だが悠里の表情を見て、何か異常な事態が起こっていることは分かる。今、部活に向かった紗奈と別れてそろそろえるに会いに行こうとしていたところだったのだが、いつもは早い返信が全く返ってこない。
嫌な予感はしていた。
「今すぐ夢崎ちゃんの教室に行け。何があったのかは聞いてないが……桃花は、めちゃくちゃ慌てた様子で電話してきた。あの子に、何かあったのかも────っ、オイ!?」
「ありがとう悠里! すぐに行ってくる!!」
夏斗は階段を急いで駆け上がり、一年生のクラスが並ぶ四階へ。
一年一組、二組と横切った後輩に不思議そうな目で見られながらも全ての視線を無視して駆け抜け、三組の前にいる桃花に手招きされてから。呼吸を落ち着かせ、後ろの扉の前に辿り着いた。
えるは、泣いていた。窓際の後ろから二番目の席で一人、静かに。
目元は腫れていて、机には涙が滴っている。何度も何度も涙を拭って、それでも止まらないらしい。
「早乙女先輩。あと、お願いしますね」
「うん、ありがと。悠里の妹って、君だったんだね……」
桃花はすぐに教室から離れて行った。
静かな教室。まだ昼間で煌々と太陽が照らすそこに、夏斗はゆっくりと歩き出す。
何があったのか、分からない。でもおおよその検討はついていた。
「える。どうした? そんなに泣いて……」
「っ!? 先、輩……?」
ビクッ、と細い身体を一瞬震わせた彼女の机から、はらりと一枚の紙が落ちる。
足元に来たそれを拾い上げると、夏斗の推測は確信へと変わった。
「やっぱりテストのことだったのか。四十九点……これのせいで、泣いてたのか?」
どこか視線を合わせづらそうに下を向くえるは、コクリと無言で頷く。
ケアレスミスによる大幅減点。一つの大問のみが壊滅的な正答率で、しかもそれが記号問題だという時点で夏斗はえるがどうしてこの点数を取ったのか察した。
そしてそれがどれほど悔しいことかも、理解している。きっと普通に解いて分からなくて、その上で取ってしまった四十九点よりもよっぽど辛いはずだ。なぜなら今落とした数十点は、本来であれば絶対に取れていたものだったのだから。
「ごめん、なさい。先輩が、あんなにも教えてくれて……時間を、割いてくれて。それなのに私は、こんなことで……っ!」
震え、掠れた声で言う。
その言葉には、申し訳なさが詰まっていた。
えるはただ点数が取れなかったことに悔し涙を流しているのではない。
自分に使ってくれた時間を無駄にさせてしまった。期待に応えられなかった。そういった自己嫌悪が溢れ出して、爆発していたのだ。
「える……」
「私、先輩に合わせる顔がありません。調子に乗って、取れていたはずの点を落として。こんなの、先輩に対して失礼以外の何ものでもないじゃないですか……」
「える」
「ごめん、なさい。こんな後輩に、時間を使わせてしまって……。もう私、先輩の隣に立つ資格なんて……」
「えるっ!!」
「っっ!?」
ガシッ。大きく手を広げて、えるの小さな両肩を掴んだ。
それ以上、言わせたくなかった。そんなことを、軽々しく言ってほしくなかった。
咄嗟に身体が動いてしまって、いきなり顔を上げさせられたえるはビクビクと震えている。また涙が溢れて、制服を濡らしている。
なんて声をかければいいのか、分からなかった。
────だから、思ったことをそのまま口にすることにした。
「どうでもいい」
「え……?」
「お前のテストの点数なんて。どうでもいいんだよ」
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