第69話 おにぃ、あの人を連れてきて!
69話 おにぃ、あの人を連れてきて!
四十九点。何度見返しても、目には同じ点数が映り続ける。
自信があった。一番、自信のあった教科だった。きっと、今回のテストで一番の成績ちなるのだろう。あわよくば九十点も夢じゃない、いや、自己採点した時点ではそれを達成できていた。
視界が歪む。他のテストは全て六十点を超えて、八十点越えも三教科。最後にこの一番自信があった国語で最高点数を叩き出して完璧な終わりを。そう思っていたのに。
「こ、こんなの違うよ。える国語は得意教科だもんね! 絶対採点ミスだって!!」
「桃花ちゃん……」
バッ、とえるから答案用紙を取り上げた桃花が、必死に模範解答とそれを照らし合わせる。
そう。あと一点あればいいのだ。点数が低いのはいい。夏斗と掲げた大切な目標を達成するには、あと一点。それさえあれば、立ち直れる。
桃花は焦りながらも、丁寧に。ゆっくりと七つに分けられた大問を一番から見ていく。
ほとんど正解だった。大問四までは、一問間違い。
ただ異質だったのは、記号問題である大問五の存在。
この大問が一番問題数が多いが、ここは所謂サービス問題。赤点常連のような生徒でも最低限点数が取れるよう、敢えて担当の教師が問題の難易度を落としつつ、かつ配点を高めに設定した場所だ。
だがえるは、それまでの難しい問題も答えていたのが嘘だったかのように。その大問の三番から後の答えを、全て間違えていた。
そしてそれを見て、桃花はすぐに察する。
「解答欄が、ズレてる……」
三番の答えを四番に、四番の答えを五番にといったように、全ての回答が一つ下へとずれていた。実際にそう意識して採点していけば、全問正解である。
点数が低い要因は、この些細で……それでいて、大きく取り返しのつかないケアレスミス。それでもなんとか一点、と探してはみたものの、そもそも間違えている問題がその大問を除けば五問以下。すぐに、希望は途絶えた。
「先輩に、いっぱい教えてもらったのに。今までで一番頑張って……頑張ったのにっ!!」
えるは、大粒の涙を溢れさせて静かに悔しさを吐露した。
あと一教科、あと一点。もっともっと見直しをしていれば。自信に満ちていたせいで一回しか見直しを、それもどこか間違っているはずがないとたかを括った状態でのそれをしていなければ。このケアレスミスは、カバーできた。
悔やんでも悔やみきれない。それに、このテストはただのテストではないのだ。
全教科五十点を超えることで、夏斗へ何でも一つお願いできる権利を手に入れることができる。そしてそれを駆使し、想いを告白する。
そのためだけに頑張ってきた時間達が、今水泡に帰した。悔しさと、絶望感と、虚無感と自己嫌悪と。自分の中で感情がぐちゃぐちゃになって、もう泣くことしかできない。
辛かった。恥ずかしかった。申し訳なかった。自分でも負の気持ちが混じり合いすぎていて、気持ちがまとまらない。
「える……」
桃花は、そんな親友の姿を見て。なんと声をかけていいのか分からなかった。
彼女の努力を、全て知っている。知っているからこそ、軽率な同情で声をかけたくない。周りがザワつき、クラスから人が消えていく中。やがて数分でクラスには桃花とえるの二人だけとなったが、そんな静寂の中には……えるの、啜り泣きだけが響く。
(違う。違うよ。ここで声をかけるのは、私じゃない。あの人じゃなきゃ……ダメだ!)
桃花は、走って教室を後にした。
廊下に出てから、すぐに電話をかける。相手はワンコールで出た。
「おにぃ!? お願い、今すぐ私のクラスに連れてきてほしい人がいるの!!」
相手はえるを唯一慰めることができる。その資格を持っている人物の親友、兄である。
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