第64話 先輩、いっぱい甘えさせてください
64話 先輩、いっぱい甘えさせてください
疲れた。ドッと疲れた。
一人ぼっちの帰路につきながら、夏斗はため息を吐く。
紗奈との打ち上げ兼放課後モールデート。途中から彼女が一気に距離を詰めてきたことで心臓が破裂しそうになるほど緊張して、ドキドキさせられっぱなしだった。
我ながら、不純だ。好きな人がいるのに、同じクラスの女子のことを意識してしまうなんて。
「っし、切り替えるぞ! 今日はえるとの打ち上げなんだからな!!」
あと一時間ほどで約束の時間だ。一緒に予約したお店でご飯を食べて、テストで抑圧された分存分に羽を伸ばす。
シャワーを浴びて汗を流してから、少しゆっくりして。髪を乾かした後に服を着替えて────
「お帰りなさい、先輩。随分と遅かったですね?」
「っえぇ!? え、える!?」
家の扉の前に立って、油断しながら鍵を探していたその時。隣の家の二階から、声が届く。
そちらの方を向くと、えるがぷくりと頬を膨らませて不満そうにしていた。まさか、あそこで帰ってくるのをずっと待っていたのだろうか……?
「私のことを放ったらかしにして、誰と何をしてたんですかねぇ……」
「い、いや……あはは。な、何もしてないって」
「……何もする事がなかったのに、私を捨てたんですか?」
「す、捨てたって言い方やめないか!? なんか凄い悪い感じになる!!」
「悪い事ですもん。……先輩と帰れないの、寂しかったんですよ?」
「うっ」
どうやら寂しがりやの彼女は、しっかりと怒っていたようだった。
それもそうか。毎日一緒に登下校していたのに、いきなり内容も言わずに用事の一言で済ませて先に帰らせてしまったのだから。
だが、何故だろう。本当のことを打ち明けるともっと怒る気がしてならない。
「ぷいっ。私のことを一番に優先してくれなきゃ嫌ですっ。いくら柚木先輩が頑張ってたからって……」
「な、なんで柚木の名前が!?」
「先輩の考えてることなんて丸わかりなんですよ。さっきまで、一緒に打ち上げしてたんでしょう? 先輩のことですから、きっと頼まれて断り切れずに……ちゃっかり、楽しんじゃったりして……」
コイツはエスパーか何かか。なんでここまで完璧に分かるんだ。ここまで来たらちょっと怖いぞ。
だがまあ、ドンピシャで図星だったわけで。分かりやすい態度をとってしまったせいで、その考えを確信へと変えたえるは更に頰を膨張させて拗ねた。多分、″自分より先に″他の人と打ち上げに行ってしまったというのが不満だったのだろう。
確かにえるは、あれだけ頑張っていた。一番に打ち上げをしたかったとしても何も変じゃない。
「ごめんな、える。柚木の奴も頑張ってたからさ。部活もテスト期間でオフなの今日で最後らしくて。今日を逃すとしばらく行ける機会が無かったんだよ」
「む、むぅ……」
「だから拗ねないでくれよ。なっ?」
「……」
じぃ。えるの視線が、ねっとりと突き刺さる。
「……せて、くれるなら」
「ん?」
そして少し恥ずかしそうに顔を赤らめながら、聞こえるか聞こえないかのギリギリの声で言った。
「いっぱい、甘えさせてくれるなら。許して、あげます……」
「あ、甘っ!?」
「いっぱい、ですからね。いっぱいいっぱい、先輩成分を補充します。私以外のこと、考えられなくなるくらい……たっくさん甘えるんですから……」
その言葉からは、怒りではなく。純粋に寂しかったのだという、そんな感情が漏れ出ていた。
嬉しかった。たったこれだけのことで妬いてくれる、彼女の自分への好意が。
それがlikeなのかloveなのかなんて関係ない。えるが妬いて、甘えたいと。いっぱいいっぱい甘えたいと。そう言ってくれているのだ。
断る理由がないだろう。
「わ、分かったよ。その……いっぱい甘えてくれ」
「! はい! ではまた、後で!」
「おう」
今日は、本当に疲れる一日になりそうだ。
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