第53話 早乙女、ありがとう

53話 早乙女、ありがとう



「うぃー!! お疲れ様ー!!」


「おーう。お疲れー」


 三限終了のチャイムが鳴り、テスト一日目が終了した。


 夏斗自陣の手応えとしては、中の上といったところ。全体的におおよそ予想通りの出題傾向で、前回のテストよりは充分高得点が取れたのではないかと自負している。


「柚木、どうだった? 後ろから見てる感じ数学の時間結構ペンが進んでるように見えたけど」


「ふふんっ! これは過去最高得点が望めますなぁ! 他の教科もいつも以上に頑張ったし、全教科赤点回避はすぐそこかもしれませんよぉ!!」


「おー、凄い自信。悠里、お前は?」


「はっ。余裕に決まってるだろ? 悪いけど今回はお前の金で肉を食うって決めてんだ。財布の準備して待ってやがれぃ」


「おっふ……」


 悠里曰く。特に英語はかなりの自信があるらしく、ざっと今教科書なんかと照らし合わせて自己採点したところ、九十にも届きうるとのことだ。いつも以上にやる気が限界突破していたし、流石と言うべきか。


「ねぇ早乙女っ。あの約束……忘れてないよね?」


「っ! あ、当たり前だろ」


「にししぃっ♪ テスト返却が楽しみですなぁ」


「ああ、本当に楽しみだ。どこの焼肉屋にすっかなぁ〜」


 両面から圧をかけられ萎縮する夏斗は、苦笑いで顔を引き攣らせる。


 紗奈との約束も、悠里との勝負も。どちらも自分が負ける未来しか見えなかった。


「ま、まあテストはまだ終わってないからな。何が起こるか分からないし、柚木は油断すんなよ? 悠里は……油断してくれ頼む」


「しないよっ。残りも本気で挑むからね!」


「油断なんざするわけないんだよなぁ! お前の財布を殺すためなら俺はなんだってやってやるぜ!!」


 勢いづいた悠里はそう叫ぶと、一人で颯爽と帰っていった。紗奈はというと鞄からおしるこの缶を取り出し、口をつける。


 何故この季節におしるこ? というか鞄の中から? と色々とツッコミどころは多かったが、何か言いたそうにしているのを感じ取ってもう一本を取り出してくると、そっと手渡された。


「もぉ、そんなに欲しそうな顔しないでよ。ちゃんと早乙女の分も用意してるよっ」


「え? 欲しくはなかったんだけど……」


「むむむ。私から貰ったものは飲めないって言うの?」


「……ありがたくいただきます」


「よろしいっ」


 缶は、ひんやりとしていて冷蔵庫で冷やされた後のように冷たかった。


 おしること言われればやっぱり暖かいイメージがあるのだが……冷たいおしるこは美味しいのだろうか。


 ぷしっ、とプルタブを引き、紫色の覗く飲み口を顔に近づける。


「……うまっ」


「でしょぉ? おしるこは年中不休の最強飲み物なのだよ!」


 思いの外美味しかった。なんだか新感覚というか、味はおしるこなのにおしることは全く別のものをなんてをいるような感覚。スイーツをミキサーにかけてドロドロにしてから冷やして飲む、みたいな感覚に似ているだろうか。


 少し困惑しながらも美味しそうにおしるこを飲むその姿を見て、紗奈は満足げに笑って残りを全て飲み干し、教室の端にあるゴミ箱にシュートする。


 美しい放物線を描いた空き缶は、吸い込まれるようにゴミ箱に消えていった。


「こんなに清々しいテスト終わりは初めてだよ。本当にありがとね、早乙女」


「はいはい、それはテストが返ってきてから言ってくれ。なんか死亡フラグみたいだぞ」


「ぶぅ。こんな美少女からありがとうを貰えたんだから、黙って受け取ればいいのに……」


「バカ」、と小さく呟きながら、紗奈は鞄を肩にかける。


 そろそろ、こちらもえるのところに行かなきゃならない時間だ。


「じゃあねっ」


「ああ。また明日」



 見送った背中。その少し上の健康的なうなじに視線を引かれそうになりつつも、咄嗟に目を逸らして。少し時間を空けてから、教室を出た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る