第52話 先輩、私眠くなんかないれす
52話 先輩、私眠くなんかないれす
テスト当日がやってきた。朝、今日はテストが始まる前に最終確認をしたいので、えると事前に連絡を取り早めに登校する事を決めている。
本当は一人で行くつもりだったのだが。先輩が行くなら私も、と聞かなかったのだ。まあ実際夏斗自体は朝が死ぬほど弱いので、もしも起きれなかった時にえるに起こしてもらえるとなれば頼もしくはあったが。
「おはよう、える。その……眠そうだな」
「眠くなんかないれす……しぇんぱぃの顔を見たら、眠気なんてふっとんじゃうんれすからぁ……」
カクン、カクンと座っていない首を揺らしながら瞼を閉じ開きを繰り返している目の前の彼女を見ると、とても忍びない気持ちになった。
どうやら、昨日は気合を入れて遅くまで勉強していたらしい。そこに加えてこの早起きで、身体が明らかな限界を示している。
(こんな状態で登校させても、仕方ないよな……)
この朝勉強は本来であれば自分のためだが、こうしてえるを巻き込んだ以上彼女にとっても生産性のある時間でなければならない。であれば、少なくとも今すぐ学校に向けて歩き出すのは避けたほうがよさそうだ。
勉強に身が入らないだけならまだしも、このままではテスト中にも影響が出るかもしれない。
今の時刻は六時半。テストが始まるのが八時半だから、まだ二時間も時間がある。英単語やらなんやらの確認に一時間ちょっともあれば充分すぎるくらいだろう。
出発は、遅らせよう。
「える、家上がってけ。コーヒーとか目が覚めるものでも飲みながら少しゆっくりするぞ」
「いいん、れすかぁ? 勉強しなきゃなのに……」
「するために、だよ。今の状態じゃ集中できないだろ?」
「うー……じゃぁお言葉に甘えて……」
フラつく足取りで危なっかしいえるの暖かい手を握り、そっと引き寄せる。
普段から体温が高い彼女だが、今日は余計にポカポカとしていた。寝ている時はいつもこんな感じなのか、なんて変な想像をしてしまい、自分の身体にも熱が篭るのを感じる。
「えへへ、先輩のお家だぁ〜」
「ソファー座っててくれー。コーヒー淹れてくるよ」
普段から愛用しているインスタントの粉コーヒーの袋を取り出し、すかさず湯沸かし器のスイッチを入れる。二、三分も待てば親は沸くから、あとはそこに粉を入れて混ぜるだけだ。
(この一週間、早かったな……)
湯沸かし器の中でお湯がゆっくりと沸騰していくのを眺めながら、この一週間のことを思い返す。
勉強がしんどかったり、えるや紗奈に振り回されながらもそれなりに楽しい日々を送ることができた。これで結果も付いてくると言うのなら、万々歳だ。一人で必死に努力している悠里の事を思うと、逆にこんな事で結果が出てしまっていいのか、なんてことも思ってしまうが。
しかし何よりも重要なのは、自分のテストの点数じゃない。勉強を教えた二人の女の子の点数次第で、自分には罰ゲームが課せられるのだから。
紗奈が全教科赤点回避をすれば、苗字ではなく名前呼びを永続。えるが全教科五十点を取れば、なんでも一つ言う事を聞く。後者の方は逆にそれを達成できなければ、こちらから一つ言う事を聞かせることができるという権利を得ることができる。
頭の中で並行して条件を並べてみると明らかに紗奈の方だけ自分に得がないかつ簡単な気がしたが、考えないことにした。
何故ならば、かかっているものの重さが違うのだから。
(もし、えるが一教科でも五十点を下回れば……)
何でも一つ、言う事を聞かせられる権利。強力な言霊だが、当然嫌がる事を強要するつもりはない。そして実は既に、何を言うのかは決めている。
「ま、こんな形じゃなくても……ちゃんと目標を達成してくれたら、ご褒美として渡すのが一番いいんだけどな」
カチンッ。呟くと同時にスイッチの音が鳴る。お湯が沸いた証だ。
「お待たせ。コーヒー淹れて……って、オイ」
「しぇんぱぃ……しぇん、ぱいぃ……」
リビングに戻ると、当の本人は幸せそうな顔をしながら、枕を抱き抱えて眠りに落ちていた。
緊張感が無い、なんて言い方をしそうになるけれど、隣の家に住んでいるからこそ知っている。昨日……いや、今日の午前三時を過ぎる頃まで、彼女の部屋に電気がついていた事を。
つまり、彼女の睡眠時間は二時間ちょっと。そんな状態で柔らかなソファーの上に座ってしまえば、こうなってしまうのも必然か。
「コーヒー、冷めちゃうだろ……ほんっと、仕方ない奴だな」
そんな彼女の頑張りが報われる事を、強く願った。
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