第51話 早乙女、お話ししよ?3
51話 早乙女、お話ししよ?3
笑ってやるつもりだった。揶揄い混じりに、「何女の子みたいなこと言ってるんだよ」って、いつもみたいに。
でも……笑えなかった。それどころか「お嫁さん」という言葉が頭の中で反響して、体温が上がっていく。
『な、なんで黙るの……』
『あっ、ご、ごめん。なんかその……意外な夢だったから、動揺して』
『なんだよぉ。私だって女の子だもん。好きな人と結婚して、家庭を作って。そんな細やかな幸せを感じながら歳をとっていきたいって、そんな普通の女の子の夢を持ったっておかしくないでしょ?』
『そう……だな』
心臓が、バクバクと激しく高鳴ってうるさい。こんな事、彼女と話している時は一切起こらなかったのに。
ただの、クラスメイトだったのに。
『私のこと、紗奈って呼んでよ』
女の子というのは、本当に罪深い存在だと思う。
コイツも、えるも。……自分のことが好きなんじゃないかと思わせるのが、上手すぎる。
(何、変に意識してるんだ。柚木はただのクラスメイトで、友達だ。それ以上でも、それ以下でも……)
『あは、は。なんか恥ずかしくなってきちゃった。顔熱いし……ごめんね? なんかかれこれ一時間くらい付き合わせちゃって』
『き、気にしないでくれ。俺もその……いい息抜きになったから』
『本当? じゃあ、よかった』
まだほんのりと赤い耳に横髪をかけながら。紗奈は最後に、とこの電話の本当の目的のことを話す。
『ねえ早乙女。私、あと二時間くらい頑張ってから寝るからさ。その間頑張れるように……お願い事、してもいい?』
『お願い、事?』
『そ。えっとね……? ご褒美を、一回だけ前借りさせて欲しいの。「紗奈、頑張れ」って……言って欲しい』
『は、はぁっ!? おま、何言って────』
『お願い。一回だけでいいから。そしたら、頑張れるから……』
『うっ……』
女の子のこの表情が苦手だ。甘えて、求めて。じっと大きな瞳を向けながら、上目遣いでお願いしてくる時のこの表情が。
断れるはずがない。こんか顔をされて断るなんて、俺にはできない。きっと……俺だけじゃなく、全男子は美少女のこれには逆らえないだろう。
『わ、分かった。でもその……流石に面と向かってビデオ通話しながらってのは、恥ずかしいからさ。普通の通話に戻してからでもいいか?』
『うん。じゃあ、切るね』
音もなく、画面から彼女の姿が消える。それと同時に自分の顔も消え、ウサギのイラストアイコンだけが表示される。
画面の向こうで、彼女はどんな表情をしてこちらの声を待っているのだろうか。緊張しているのか、それとも恥ずかしがっているのか。はたまたじっと、期待の眼差しで待っているのか。
分からないけれど。俺はうるさい自分の心臓の音を聞きながら、言った。
『紗奈……頑張れ』
返事は、無かった。こちらが言い終わると同時に静寂が訪れて、そこで通話が途切れる。
何か間違えてしまったか、と心配になったが、真っ暗になったスマホの上部に、小さくメッセージが表示されて。
『ありがと』
と、いう淡白な文字に既読を付けてから、ゆっくりとスマホを閉じて。勉強へと、戻った。
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