第50話 早乙女、お話ししよ?2

50話 早乙女、お話ししよ?2



 それから三十分ほどが経っただろうか。学校の休み時間にするような、本当に何げない話を続けた。


 隣のクラスの奴が付き合って見せつけているだとか、数学の先生の毛量が明らかに減ってきて頭皮が見え始めたとか。


 くだらない話ばかりだ。でもそんな時間が楽しくて、ついつい話し込んでいた。


『そういえば柚木、最近はランニング行かずに家で篭って勉強してるのか?』


『ううん? 放課後のはもうしてないけど、毎朝日課で三キロ走ってるかな。高校で陸上部入ってから、ずっと続けてることだから』


『三キロ!? 凄いな……』


『ふふんっ。おかげで毎朝ちゃんと起きれる習慣もついたのだ〜』


 そして必然的に、部活の話にもつれ込んだ。


 紗奈は二年生でありながら陸上部のエース。種目は短距離走と長距離走で、どちらの大会でも負けたと言う話を聞かない。


 小学校、中学校から陸上を続けてきた周りも、高校生から始めた紗奈にあっという間に記録をぶち抜かれた。成長速度が異常で、何より「楽しそうに」走る彼女の事を、周りは天才と称えている。


────彼女が、裏で常人の数倍以上の努力をしている事も知らずに。


『本当に、凄いよ。俺、柚木にお近づきになりたいって後輩とかからたまに声かけられるけどさ。みんなお前の事「天才」って言うんだ。でも……才能だけで結果なんて、出せるわけないよな』


『お? 何々分かってるじゃん。そーなの。私、天才って言われるの嫌いなんだ……。なんか天才って言葉はさ、その裏に「努力しなくても才能でやっていける人」っていう皮肉も篭ってる気がして。頑張ってるから結果がついてきてるだけなのにねぇ』


 夏斗もバスケ部という運動部に所属しているからわかる。三キロ走る、なんてのは簡単な事じゃない。それを毎日毎朝続けるなんて、とてもじゃないが常人には叶わない。


 そう考えれば、ある意味「努力の天才」とも現せるのかもしれないが。天才という言葉を嫌っている彼女の手前、口にはしなかった。


『ねーねー、早乙女はバスケ部で何か面白い話ないの?』


『面白い、か? そう、だな……』


 なんだか心の内で、彼女と自分を差別化してしまった。


 中学で始めたバスケを、悠里と共にズルズルと続けてはいるが。陸上に対して″本気″で挑んでいる彼女の前で自分の周りの話をする気には、どうしてもなれなくて。


『特にない、な。チームとして強くないから試合もぜんっぜん勝てないし。まあそれなりに楽しんで、緩くやってるって感じだよ』


『緩く? そんなことないと思うけど……』


『え?』


『だってバスケットコートに立ってる時の早乙女、別人だもん。あれが緩く、なんて絶対嘘だよ』


 別人。自分ではその感覚は分からなかった。


 だってただ楽しくて、悪い言い方をしてしまえば趣味の延長でしているだけだから。プロになれると思っているわけでも、高校で結果を残せると思っているわけでもない。これが緩くなくて、なんだというのか。


『早乙女は、自分で思っている以上に本気だよ。プロとかを目指してなくても、少なくともコートに立っている時間だけは。好きなものをずっと続けられるって、一種の才能なんだよ?』


『で、でも。俺はお前みたいに結果を残せてるわけじゃ……』


『いいじゃん、弱小上等だよ。本人が楽しくて、本気でやれてるなら。それは……カッコいいことだよ』


『っっ!!』


『あ、今の名言出ちゃった? もぉ、早乙女が珍しく弱気な表情見せるから語っちゃったじゃんかぁ。恥ずかしいなぁ……』


 好きなものを、続けられる才能。


 弱くてもいい。本人が本気で楽しめたら、それでいい。


 スッと心が軽くなった。一瞬、沈んだ心が元に戻っていく。


 きっと純粋に嬉しかったのだ。結果という形では残せない自分の頑張りを、認めてもらえて。


 こんな自分を見続けてくれている人がいて。それを、結果を残している彼女に言ってもらえて。


『ありがと、な。嬉しいよ。柚木にそう言ってもらえると。やっぱり将来陸上選手になる人の言葉は違うな』


『ちょ、ちょっとやめてよ! 私には陸上なんかよりもっと叶えたい夢があるんだからさ!!』


『え? そうなのか?』


 陸上一本の彼女の事だ。てっきりその道へと進んでいくものだとばかり思っていた。まさか他に夢があったとは。


『陸上選手も、確かに目指すんだけどさ。でも自分の思えるように走れる期間って、きっとそう長くないんだよ。だから陸上をやめた後、何も残らない人生にしたくないんだ……』


『形になる何かを、残したいのか?』


『形っていうか……拠り所? 陸上を自分で一番走れたって思えるところまでやれたら、そこでキッパリやめてさ。その後は……』


 かぁ、と頬を赤面させながら。彼女は告げる。



『……好きな人の、お嫁さんになりたい……かな』

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