第49話 早乙女、お話ししよ?

49話 早乙女、お話ししよ?



『どうしたんだよ、こんな時間に』


『あはは、こんな時間ってまだ九時半だよ? 電話くらい普通だよ〜』


『そうか? まあ別にいいや』


 それよりも、と付け足して、話を続ける。


『分からないところでもあったか? まあ前日の夜に気付くのは遅すぎる気もするけど』


『……』


『?』


 彼女は、数秒間沈黙した。


 夜に電話をかけてくるなんて初めてのことだ。メッセージならよくあることだが、電話をしなければならないほど大事な要件があったのか。そう思い、聞いたのだが。


『……勉強のこと以外でかけちゃ、ダメ?』


『へっ!?』


 ビクンッ。急に囁かれた甘ったるい言葉遣いに、身体が跳ねた。


 いつも活発で、男勝りな彼女は女の子のような仕草を見せることがほとんどない。


 だと言うのに今の瞬間、確かに身体は「女の子だ」と反応してしまった。


『いや、いい……けど』


『えへへ、やったぁ』


 普段見せない、クラスメイトの裏の顔のようなものを見てしまった気持ちになりたじたじになりつつも。夏斗は一旦スマホを机の上に置き、コップに入れていたお茶を飲み干す。


 するとそれと同時に、紗奈のアイコンのみが表示されていたスマホ画面に「ビデオ通話申請が届きました」と文字が映される。


『おっ、早乙女ー! 見えてる?』


『ちょっ!?』


 二分化される画面。小さく映されたのは申請を許可すれば自分の顔が映る画面。大きく映されたのは……申請を送ってきた側である紗奈の、顔と服装が映された画面。


『寝巻き紗奈ちゃんだよ〜。ねぇ、早乙女もビデオ付けてよぉ〜』


『お、おう。分かった……』


 制服と陸上のユニフォームを着ているところしか見たことがない彼女の寝巻きに、目を惹きつけられる。


 薄く通気性の良さそうな白の無字Tシャツに、首元から覗く二本の黒い紐。白に対比した胸部の下着が、薄らと見え隠れしていた。


『あっ、早乙女の寝巻きはジャージなんだ。暑くないの?』


『ク、クーラー入れてるからな』


『ふぅん。私はこのかっこでクーラー入れてやっと涼しくなれるけどなぁ。体温高いのかな?』


 無防備だ。異性のただのクラスメイトに見せていい姿ではない。


 ブラ紐も、鎖骨も……少し小麦色に焼けた肌と真っ白な肌が混ざる日焼け痕も。非常に目のやり場に困るのだが、いざ目だけを見ていると不意の微笑みにドキッとしてしまい、思わず目を逸らしてしまう。


 彼女が本当に女の子なんだということを、改めて分からされた。


『そ、それでなんでいきなりビデオ通話なんだよ。これ、その……』


『んー? 早乙女恥ずかしいの?』


『そりゃ、柚木は……なんだ。女の子な、わけだし。恥ずかしいって言うか、目のやり場に困るって言うか……』


『ふふっ、早乙女のエッチ』


『揶揄うなよ……。そんな薄着なところ見せられたら、世の男子高校生はみんな固まるっての……』


 紗奈は、この状況を楽しんでいた。


 そして、同時に……


『私のこと……ちゃんと女の子として、見てくれてるんだ』


 夏斗が自分の″女の子″な姿を見て緊張してくれていることが、とても誇らしく、嬉しかった。夏斗に聞こえないほどの小さな声で、そう無意識に呟いてしまうほどに。


 本当はこの電話には別の、ちゃんとした目的があったのだが。それを一旦後回しにして、紗奈は言葉を続ける。


『ねぇ早乙女。少しだけ話そ? 勉強で疲れちゃったから、ちょっと休憩したいの』


『は、話すって何を?』


『何でもいいよっ。早乙女と何でもない話をしてる時間……私は結構好きだから、さ』



 テスト前日。お互いに忙しいのは分かっている。でも……少しでも長く、話していたかった。

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