第5話 雨の日と雨の魚と。③

「や、やっぱり……!!」

 いつの間にかまた雨が降り出した午後1時。肩にぽつぽつとテンポ良く少量の雨水が当たるのとは裏腹に、彼女を追いかけて来た俺の呼吸は乱れていた。彼女も見失い、諦めかけたその時、目の前の扉から出てきたのは−作業着姿の鯨井くじらいさんだった。


「「……」」

 二人の間に沈黙が流れる。お互い驚きで言葉が出ないままその場に立ち尽くしていた。

「おにぃ! もうどこ行ったかと思ったよ。お手洗いなら向こうに……」

 沈黙を破ったのは、俺を追ってここまで来た琴音ことねだった。そこまで言って、兄が誰かと対面している事に気がついたようだ。琴音も置かれている状況に困惑している。

「おにぃ、知ってる人……?」

「え、えっとな」

 いつの間にか俺の後ろに回っていた琴音が耳打ちで聞いてくる。どうしよう……!!俺が今も尚目の前で固まっている彼女になんて話しかけようか迷っていたその時。彼女の方から話しかけられた。

「よ、ようこそ『たま水族館』へ!おきゃ、お客様入り口はあちらですっ……!」

 すごい上擦うわずった声で今にも噴き出してしまいそうなほど真っ赤な声で。

「あ、あの」

「はいっ…」

「鯨井さん……だよね?」

「ふぇ!? い、いえ人違いかと……!」

 彼女の顔からだらだらと汗が流れる。目の焦点が合ってないんだけど……。琴音も怪訝けげんそうな目で彼女の胸元を見た。

「くじらい…みお? ってネームプレートに書いてありますけど…?」

「えっ…あっ!」

 琴音の指摘に気づき、彼女腕で必死に自分の名前が書かれた胸元のプレートを隠した。今更隠しても遅い気が……っていうかそれだと『』が強調されちゃってますよ!?


 ガッ!

「いっ!?」

 本日2度目のすね蹴りを食らった俺は、その犯人である琴音へ避難の目を向けた。本当に痛いんだけど…。

「おにぃ…変態」

 なんかすごいあわれみと非難の目を向けられてる…お兄ちゃんにそんな顔しちゃダメだよ!?

「べ、別に俺は何も…!!」


 ガッガッ!!

 さらに二連撃の追撃を食らった。オーバーキルすぎるよ!?せめて逆の足にしない!?

「とりあえず、おにぃも鯨井さんも、雨が当たらない場所でしましょうよ」

 そういう琴音により、俺たち三人は水族館横の屋根のある休憩所まで移動するのだった。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「それで、こちらの鯨井くじらいさんはおにぃとどういう関係……?」

 琴音ことねが俺にたずねてくる。哀れみの後には疑いの目ですかそうですか。

「……クラスメイトです」

 それまで黙って様子を伺っていた鯨井さんが、琴音に言った。女子となら普通に会話できるんですね……。

「あなたには聞いてないんですが…そう、

「それで?ニコッ」

「えっ……」

 琴音は今度は鯨井さんに対して笑顔で質問し始めた。アハハ……目が笑ってない。

「あの……琴音さん?目が怖いよ?」

「おにぃ……また蹴られたいの?」

「ごめんなさい黙ります」

 もうやだこの子怖いっ!!!鯨井さんも琴音の圧に耐えられず口を開く。

「……それだけですよ」

「それだけねぇ…二人とも、最近何かあった?」

「え、俺?いや別に」「特には…」

「……」

 そんな睨まないで……。本当に何もな……

「「あっ。」」

 二人同時に声が出てしまった。

「「ホワイトスポッテッドガーデンイール‌……!!」」

 一番記憶にある言葉が出てきた。席替え以来この話で一度だけ盛り上がったことがあった。

「よりによって魚…!」

 琴音がなんだか悔しそうな顔をしているが、何故だかよく分からない。あれ、そういえば。

「そういえば鯨井さん……なにか急いでたんじゃ?」

「ん……!!!」

 みるみるうちに顔が真っ青になっていく。

「ご、なさい私もう行かないと……! じゃ、じゃぁねくん!」

「ちょ、ちょっとまだ…!それにりつンンッ!?」

「お、おう、なんか分からないけど頑張れ」

 引き止めようとする琴音の口を押さえながら、鯨井さんがその場を後にするのを見送った。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「せっかくおにぃの事知れるチャンスだったのに……」

 帰り道、雨が降る中琴音ことねはぶつぶつ文句を言いながら俺と二人で歩いていた。鯨井くじらいさんと別れてから琴音と一緒に水族館を見て、今に至る。途中鯨井さんを見かけることはなかったけれど、あの水族館でバイトしていることはだろう。何故だか琴音はそんな鯨井さんに対しライバル心を見出しているようだ。


「にしても琴音お前、なんで雨降るって分かってて傘忘れた」

「えー?たまたまだよー。自分の部屋に置き忘れてきちゃった」

 テヘペロっと言わんばかりの顔で見上げてくる。

「妹と相合傘して歩けるんだから細かいことはいいじゃん」

「琴音としたところでなぁ」

「私は嬉しいけどなぁ」

 不意にどきっとする事を言われた。危うく妹でなければ好きになるレベルの可愛さだった…

「お前なぁ……」

「そういえば、クラスメイトって言ってたけど席は近いの?」

「……」

「近いの?」

 一度聞いたことは絶対に諦めないと言わんばかりに聞いてくる。お前は星の王子様か…。サン=テグジュペリもびっくりだぞ。

「……隣」

「と、となりっ!? ずるっ…」

 ムッと琴音の表情がけわしくなる。やばい。すね蹴りでこれ以上右足を犠牲にしたくはない。

「そ、そういえばな琴音! 知ってたか!? 日本には『雨の魚』と書く魚がいてだな……!」

「サケ科のでしょ……それくらい知ってる(誰の為に魚勉強したと思ってるのよっ)」

「地方によっては天の魚と書くこともあってだな!『天に通じる魚』とも言われて……」

「じゃぁ今必死に話逸らそうとしてるおにぃもアマゴみたいにしていいってことね」

「え?それってどういう……」


 ガッ!

 今日何度目だか分からないすね蹴りを受け、もう琴音と鯨井さんを合わせたくないと思った。


 ー続くー


 ___________________________

【後書き】

 お久しぶりです、おしずまきです。

 第五話も読んで頂きありがとうございます!嬉しいかぎりです。

 これにて「雨の日と雨の魚と。」編終了。


 とうとう『』こと「」が出てきましたね!この子にはいろんな名前があって、

「雨魚」「天魚」の他にも「甘子」なんて書き方もあります。字の通り「甘い(美味しい)」魚が由来なんだとか。「雨魚」の由来は、雨が降った後によく釣れるからだそうです。


 ちなみに大体30cmくらいの大きさで、ヤマメに似てますが体に朱点があり、サケ科なので味も鮭やヤマメに似てるそうです。美味しそう。


 それにして琴音ことねがも可愛い。メインヒロインは鯨井くじらいさんなのに…!!!

 って事で次回は鯨井さんの可愛さ満点のお話になると思います!

 今後とも【鯨井さんはお魚がお好き】をよろしくお願いします🍀


 いいね、コメント、フォロー、レビューなど、大歓迎です!✨

 やる気に繋がりますので、よければお願いします🙇

 それでは、また次回お会いしましょう!おしずまきでした!🐟


 ※次回第五話は6月19日更新予定ですが、諸事情により変更になる可能性があります。

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