第4話 雨の日と雨の魚と。②

 妹の琴音ことねの気分転換で(半ば強引に)水族館に行くことになった日、雨は一時的だが止んでいた。

『どうせ出かけるなら、お昼は外で食べたい』

 という琴音ことねの意見もあり、俺たちは水族館の入り口が見えるほどすぐ隣あるカフェで昼食を食べることにした。以前来た時にはあまり気にかけていなかったので気づかなかったが、周囲には様々な飲食店やショップが並んでいる。いくつあるのだろうと考えていると、琴音がミックスジュースのお店の方を指差し、目を輝かせながら聞いてきた。


「ねぇおにぃ! 帰りあそこのお店寄って帰らない??」

「別にいいけど。なにか飲みたいものでもあるのか?」

「うん! さっき看板出てたけど、この春だって!」

「お、おう」


 ……明らかに“”という言葉に惹かれているような気がするけど。

 何故女子は限定とか新発売とか、そういうものにすぐに飛びつくのだろう。さんまの受網漁業うけなわぎょぎょうみたいだ……とかなんとか思ってもないことを考えていると、注文した料理が運ばれてきた。


「こちら“ごろごろ野菜のアラビアータ”と」

「あ、はい俺です」

「“ツナとトマトのファルファッレ”でございます」

「うわぁ〜!美味しそう!」


 お互い目の前に運ばれてきた料理にテンションが上がる。外で食べるパスタは、家で作るものと違いバリエーション豊かなので毎回驚かさせる。見れば琴音ことねはしきりにスマホで写真を撮っている。インスタにでも挙げるのだろう。


「……食べないの?」

「何言ってるのおにぃ! 女子にとってえは生きがい」

「……そうですか」

「おにぃも少しはSNSどれでもいいからやるべきだよ」

「写真が面倒だからなぁ」

 あまり写真を撮ることが得意ではないので、SNSを始めたとしても投稿しづらい。

「そもそもおにぃには見てくれるがいないか……」

「おい今さらっとひどいこと言ったろ」

「大丈夫! 私が全部の投稿にいいねつけるから安心して」

 なにも安心できない。というか冷めそうなので早く食べて下さいな。


 やっと琴音が食べ始めことに安堵あんどしつつ、琴音のちょうのような形をしたパスタを指さしながら一つ気になっていたことを聞いた。

「にしても……琴音ことねのそれは何なの」

「ふぇ? ふぁふふぁっへのほほ?」

「悪かった、俺が悪かったからせめて飲み込んでから話してくれ」

「……ゴクンッ。ファルファッレのこと?」

「そうそれそれ。ふぁる……なんて?」

「ファルファッレ」

「ふぁる……いいや。それもパスタなのか?」

「そうそう。ちょうちょみたいな形でかわいいよね」

「そうだな」

「早く食べないと飛んでいっちゃうっておとぎ話もあるんだよ」

「へぇ〜」

 料理に関しては知識技能共に妹の方が断然上なので、琴音から教わることが多い。いつか自分でも色々な料理を作りたいとよく言っていた。


「……これは飛んで行かずにしっかりに変わるけどな」

 ガッ!

「痛っ‼︎」

 テーブルの下で思いっきりすねられた。どうやら琴音のかんに触れたらしい。見ると涙目になった琴音がこっちをにらんでいる。

「別に運動するからいいもんっ……! 意地悪するおにぃ嫌い……」

 ショートカットの前髪で目を隠しながらも髪の隙間から顔が見えている。

「わ、悪かったって」

「………」

「……」

(…………チラツ)

 数秒の沈黙の間、目をらした琴音の目線の先には“デザートケーキ”と書かれたメニュー表が置いてある……頼めということだろうか。

「分かった、ケーキ奢る」

「大好き」

 そこにはもう泣き目の琴音の顔は無かった。手のひらクルクルだなぁ〜……と思いつつ、妹の擬似告白のような可愛さについ流されてしまう。ショートカットの中で女子最強かもしれない。そんな事を思いつつ、ケーキセットを二つ追加で注文するのであった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ケーキも食べ終わり、琴音ことねの喜ぶ顔も見れたのでそろそろお会計に行こうとした時。琴音が財布を出そうとしていた。


「いいよ。今日はお兄ちゃんのおごりだ」

「うん、そう言ってくれると信じてた」


 あれ……今のは『お兄ちゃんありがとう!』の流れじゃないの?と思いつつ、聞こえたことに確信が持てないので詳しくたずねる。


「あの〜……琴音さん?ではその手に持った財布は?」

「いや、奢って貰うにしても一応手に出すのはかなって」

 そう言いながら右手に持った財布を鞄にしまう妹。妹ながらあっぱれ。


「……じゃぁ会計してくるから先に出てろ」

「ラジャ!」

 元気よく出て行く琴音を片目に、俺は会計待ちの列に並んだ。この店のレジからは、水族館の入り口がよく見えるため、チケット売り場の混み具合が店内からわかる。ただ、見えるのはゲスト入り口だけではない。その奥にある小さなスタッフ入り口までも見えるのだ。

 やっと会計の順番が回ってきて動き出そうとしたその時−

「えっ」

 体が止まった。奥の入り口付近に見覚えのある人影が見えた気がしたのだ。気のせいかと思いもう一度見るも、見れば見るほど自分の知っている人物に見える。


 艶のある黒髪ロングの髪型、小柄ながらも可憐さがあるメガネをかけたインキャ風の女子…鯨井さんだ。


「まさか……」

 頭の中で、あの日の記憶がよみがえる。可能性があるとすればそれしかない。早く確かめたい。手早く会計を済ませ、素早く店の外へ出る。

「琴音!ちょっとトイレ行ってくるから待ってろ!」

「え、えええお手洗いならお店の中にもあるよ!?」

 琴音の言葉に耳もくれず店先で待たせたまま待機させ、足早にスタッフ入り口まで向かう。

 お昼を食べたお店からスタッフ入り口までは約50mほど。走れば10秒とかからない距離だが、他の観光客がいる中で全力ダッシュはできない。人を避けながらもスタッフ入り口へ着くと、そこに彼女の姿はなかった。


「遅かったか…」

 俺の見間違いかもしれない。そもそも鯨井さんがここの水族館で働いているという確証はまだ取れていない。


「……見間違いだな」

 その場から振り返り琴音のいる場所まで戻ろうとしたその時。

 ウィーン


 目の前の自動ドアが空いた。

“staff only”と書かれた扉の中から出てきたのは。


『忘れ物した……!』と慌てふためく鯨井さんだった。

 いつの間にか、また雨が降り始めていた。


 ー続くー


 _______________________________

【後書き】

 お久しぶりです、おしずまきです。

 第四話も読んでいただきありがとうございます!

 楽しんでいただけたら幸いです。


 律くんと鯨井さん、ばったりご対面!ということで、最後の方は疾走感のある書き方にしてみました。伝わりましたでしょうか。

 第三話以降この作品のレビューもいただき、何人かの方々から改善点も指摘していただいたので、少しずつですが読みやすくしていけたらなと思っております。

(個人的には、続き気になるっと言われるのが一番嬉しいです笑)


 余談ですが……パスタの話は私の体験談でもあります。他にも“オルキエッテ”や“セダーニ”など、ややこしい名前がたくさん……難しいですよね。


 次回は鯨井さんと律くんがとうとう水族館でばったり会って!?というハラハラな会となる気がします。未だ『雨の魚』が出てこない件もきっと解決。


 それではまた次回「第五話 雨の日と雨の魚と。③」でお会いしましょう!


 いいね・コメント・レビューなど大歓迎です!

 とても力強い応援になります。これからも【鯨井さんはお魚がお好き】をよろしくお願いします🍀


 ※次回「第五話 雨の日と雨の魚と。③」は6月12日更新予定です。

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