第二十話:希望くん

 今朝から予期せぬトラブルに見舞みまわれたリンロだったが何とか事を上手く収めた彼は、現在自信を取り戻したトゥーチョと共に再び昨日偵察に来た場所までやって来ていた────────────


 (…………昨日来てて良かったぁ~~っ!!!)


 とリンロがこの場所にやって来て早々そんなことを思っていたのは、到着後直ぐにモチャオーチに即バレ(実質リンロだけ)&アイコンタクトを送られていたからである。


 昨日はリスクもあったけどトゥーチョに言われたとおりモチャオーチさんに接近した甲斐かいもあった。そのおかげで今モチャオーチさんの俺達へ対する警戒が薄くなっていることは確かだし、モチャオーチさんから警戒されずにこの距離を確保できたことはトゥーチョの話通りなら今回の作戦にとってはとても大きなことになるはずだ。


 「それでトゥーチョ、こっからどうするんだ? まだモチャオーチさんは店の前で作業しているみたいだし、突入するには難しそうだけど……」


 「チョはぁー、全くこれだからリンロっチョは……。作戦が進められないんならっ、おやつタイムにするっチョにするに決まってるだろっチョ!」


 「え」

 (作戦を進められないとはいえ、そんな呑気なことしてていいものな───っ!!?)


 そう思いかけたリンロの視界に飛び込んできたのは、お店の前からこちら側にさわやかな笑顔を向け手を振るモチャオーチの姿だった。対してリンロは咄嗟とっさに愛想笑いを浮かべ手を振り返した。


 (危ないっ……油断しちまってた。確かに警戒は薄くなったが完全に解けたわけじゃないもんな……。トゥーチョの言う通り、この状況なら確かにおやつタイムでくつろぐのが警戒されずに済む対応としては無難ぶなんそうだ……)


 「……ごめんトゥーチョ、やっぱり俺ももらってもいいかっ?」

 

 俺がそう聞くと口いっぱいに果実を詰めこんだトゥーチョは、険しい表情を見せながら両手で果実を抱え込み、その場でピッタリ180度回転し背を向けてきた。


 少ししてその背の向こうから聞こえていた果実を頬張ほおばる音が止まり。ほぼ無い首をらせながらリンロに言葉を放とうとしたトゥーチョだったが、自身のイメージ通りに可動してくれぬその体は無念にもそのまま仰向けに倒れ込んだ。


 ずテンっ


 「ぐへッっチョっ」 


 それから何事もなかったかのように仰向けに寝転んだ状態でトゥーチョは話を続けた。


 「イヤだっチョねっ。おやつタイムに対して「え」なんて言うおやつタイム反逆精神はんぎゃくせいしんティブ食糧調達男はなー、どこぞの【え集団しゅうだん】にでも属してそこら辺のありとあらゆるものにひたすらに疑問を抱いとけばいいんっだっチョよ!」


 「……え、ひどっ。そんなこと言われたら俺、何もすることなくて挙動不審になっちまうぞ? あーでもそしたらモチャオーチさん俺に目が釘付けになっちまって、もしかしたらこっちまで来ちまうかもしれないな。そうなってしまったらごめんっ」


 「チョぎぃーっ!! 

 チョ、チョへっ、そんな【え集団】のネガティブおどしに誰が屈するっていうんだっチョかぁっ~~? チョえ~~~~ぇっ? 安心しろっチョ。お前が挙動不審になる前にオレ様がダンボールに変えて、お前が自分自身に疑問を抱ける場をちゃんと用意してやるっチョ」


 ばっ!


 ひょいっ


 ばっ!


 ひょいっ──────────────────


 ウーポシュックスの力でリンロをダンボールに変えようとしたトゥーチョの手をリンロがひたすらかわし続けると。


 「チョはぁっ、チョはぁっ、チョはぁっ……。

 どうやら今日のオレ様は腕が短くなってるみたいだっチョ……運が良かったっチョなっ……リンロ……」


 諦めたトゥーチョはそう言いながら果実を乗せた手をリンロの前に伸ばした。それからは二人はそろって今朝リンロが調達してきた果実の残りを食べ、おやつタイムを黙々もくもくと過ごし─────────

 

 「あのっ……トゥーチョ。さすがにこの状況から急に即突入・作戦開始なんて言われたら俺の頭が追いつきそうにもないから、一応一連の流れみたいなのを教えてもらえないかっ?」


 沈黙の中、不意にリンロの不安がこぼれた。


 「チョ? 何だっチョかそれっ、そんなものは別にないっチョよ。お前はお前のっオレ様はオレ様のっ、己に与えられた使命を全うする事だけ考えていればいいんッだっチョよ。過程なんてものは考えただけ無駄なんだっチョ。仮に考えたとしてもしその通りにいかなかった時、その後事が良い方・悪い方どちらに転んだとしても最初に計画した過程通りにいかなかったショックが全ての判断を鈍らせる足枷になってしまうんだッチョ。

チョんないらないものを背負うくらいなら、初めからその場で出たとこ勝負をしていた方がましだっチョっ」


 計画を立ててもいつも崩れる派のリンロは、トゥーチョの意見に半分納得した様子を見せていた。


 「チョれ見てみろっリンロぉ~~ッ!! 

 今まさにっ! 全くもって予想だにしていなかった新たな良い兆しがオレ様達の前に現れたッチョっ!! 希望くんがッ!! それに2WCCも店の中に戻っているというこの好機を逃す訳にはいかないっチョっ!! 過程を考えていないからこそオレ様は今っ、ここで突撃を試みるっチョォォォォーーーーッッッ!!!!」 


 (…………希望くん? え? え、トゥーチョっ?)


 言ったそばからトゥーチョに急な突入を見せつけられたリンロは只々その状況に固まっていた。


 リンロが見ていたトゥーチョの背中は、お店から少し右へ反れて傾斜を下っていった。トゥーチョが向かった先にいたのは、齢8歳の黒髪ストレート、水色ストライプのYシャツ・サスペンダー・赤の星模様が入った黒い短パン姿の裕福そうな小柄な少年だった。


 「やぁっ! こんにチョはっ!希望くんっ! チョっといいっチョかいっ?」


 トゥーチョに声を掛けられ一瞬驚いた様子を見せた少年だったが、その後動揺もなくむしろワクワクとした楽しそうな表情を見せトゥーチョに言葉を返した。


 「うわァぁ~~っ、青いクマの雪だるまさんに話しかけられるのなんて初めてだよォ~~っ。

 あっ! でもごめんなさいっ、青クマ雪だるまさんっ。残念だけど僕、君の探してるキボウくんじゃないんだ。僕の名前はねっ【是都ぜつぼう】っていうんだっ」


 「…………ゼツ……………ボウっ…………チョひっ!」

 (やっぱりこの少年に頼むのはやめようっチョ…………一時撤退いちじてったいだッチョッ!)


 それから何も言わずにトゥーチョは是都・貌と目を合わせたまま後退あとずさりを始めた。その時、現場を目撃していた【え集団】呼ばわりをされていた彼はトゥーチョの行動から何かを察して心の中で思った。


 (え……、あいつ多分、俺の次に最低じゃないか?)


 傾斜まで後退りをしてきたトゥーチョに、傾斜の上からリンロは軽蔑けいべつの眼差しを落とし口を開いた。


 「えっ!!!」


 

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