第八話:再会は酷い

 

 ケホッケホッ


 リンロの後方こうほう、サーカスゾーンにあるカラフルなクッション椅子いすが並ぶ観覧席かんらんせき

 そこでカウリに心配そうに見守られていたミハリが、意識を取り戻しき込んだ。


 半信半疑はんしんはんぎで息をんでいたリンロはホッと息をつく。

 

 (……良かった)


 「ありがとう……カウリ君」

 

 一部記憶いちぶきおくのなかったミハリはカウリが救ってくれたのだと思い込み、カウリにお礼を言った。 


 「……うん」


 (助けたのは僕じゃないんだけどな………)

 そう思いつつもカウリは、リンロからの口止くちどめもふくめここで自分から話すのは違うなと一旦いったんミハリからのお礼を預かった。

  

 カウリはなるべくリンロ達に触れないようにと気を使っていたが、それに反して向こうの騒がしさはいちじるしく目立っていた。


 「チョーチョー。ネガティブ・逃げティブに続き、棒読みティブときたっチョか。

 お前……俺様のことまだ信頼してねーだろぉっー!!」

 

 (ティブとは一体………)

 「いや……本当に助かったと思ってるぞ」


 「だったらもっとちゃんと言うっチョーっ!! 


 こうひざまずいて、神々こうごうしいものを見るようにまぶしそうな目をしながら感涙かんるいを流して『ああ……信頼しんらいかみっチョ、トゥーチョゴッドゴッドゴッドトゥーチョ3スリーゴッドサンド様ぁ~。最早もはやあなた様以外誰も信頼できなくなりましたっ!!』って言えぇぇぇーーーーっ!!」

 

 「あの人達は?」

 

 必然的ひつぜんてきにミハリからそう問われたカウリは困ったように答えた。


 「……えっ……と……。

 あの人達は、ミハリちゃんを助ける時に力を貸してくれたなぞの人達だよっ」


 ミハリが謎の人達とされた二人を見つめる。 


 「……………」


 その時突ときとつとして、どこかなつかしいような雰囲気ふんいきが風のようにミハリへ向け流れた。


 5秒……10秒……とミハリがリンロの後ろ姿を見つめ続けていると、その瞬間しゅんかんだけまるで氷がけていくかのようにミハリの頭の中のリンロ以外の記憶きおくが消えていった。


 ミハリの記憶から鮮明せんめい抽出ちゅうしゅつされたリンロの面影おもかげがその後ろ姿にかさなっていく。 

     

 ────!!!


 「あっ……あのっ!」


 「!!」


 「!!」


 ミハリが突然大きく出した声にびくつくカウリとリンロ。


 「リンロ? ……………………ですか?

 あっ……間違ってたらごめんなさいっ」


 「ン? 何だあの当てずっぽう女。何かお前のこと呼んでるみたいだチョ?」


 リンロはあせを流していた。


 「………………」


 おいうそだろ。7年も会ってねー奴を後ろ姿見ただけで分かんのかよ……。

 やばい、まずぎて声が出ねえ。

 とりあえず何か言わねえと………。


 「俺──」



 ゾヒッ!!



 顔を左に向けた直後ちょくご。リンロの身体の正面、目線よりも下から彼に向けられ殺気さっきが飛ばされた。

  

 「分からないなぁー」


 そこに立っていたのは移動した勢いのまま両腕りょううでを後ろでなびかせ、左足を前に大きく足を開き両膝りょうひざを曲げ前屈まえかがみに姿勢しせいを落としたネユマ。

 

 「!!」


 リンロはすぐさまネユマの方へ視線しせんを落とした。


 「リャンガである君が何故人間なぜにんげんを守ろうとするんだい?

 人間は僕たちが普通に生きようとしているだけで、平気へいきでそれを否定ひていし存在を否定し傷つけ殺しに来るようなやつらなんだよ?」


 キュッ


 ネユマは左足をじくこしひねった。


 「そんなやつら守る価値かちもないだろうっ!!」



 メキメキメキッ



 右足で風をき込み竜巻たつまきごとり出されたネユマのまわりは、リンロの右脇腹みぎわきばらに強くめり込みくの字をえがいた。



 でュボゴッ!!!!

 


 リンロは子供に投げられた人形のように自身の左手側ひだりてがわへと勢いよくばされた。


 「人間とリャンガは共存きょうぞんできないよ」


 ────────────


   

 (ミハリにずっとうそつき続けて心配かけて…………。

 その間ずっとカウリに支えてもらって迷惑めいわくかけてきて…………。

 さっきまで動けずにいた他人の俺を、トゥーチョはここまで連れて来てくれた…………。


 やっとここまで来れたっつうのに、結局けっきょくこのまま何も守れずじまいで終わんのかよ……)


 「ほんと最低だな…………俺」



 リンロの身体ははしら花壇かだん・ベンチ・転落防止柵付てんらくぼうしさくつきの腰壁こしかべとぶつかるものをことごとくやぶり、そのままリポムファンカースの屋上外おくじょうがいへと飛び出た───────


 やがて横へ飛んでいたいきおいが止まり、今度は遠く下に見える地面へ向け落下を始めた。


  

 (ごめん………トゥーチョ…………カウリ……………ミハ───『………じゃん』



 その時走馬灯ときそうまとうのようにかんだのはリンロが8歳の頃、図書館の解体工事現場かいたいこうじげんばでミハリと出会った時のこと。


 『死んじゃ……ダメじゃんって……言ったん……だよ。

 ちゃんと聞きなよばかっ!!』


 (なんで今更いまさらこんな記憶……)


 …………あれ? もしかして俺、自分で思ってるより生きたいとか思ってんのかな?

 いやそんなことねーか。あってないような命だったし……。

 きっとミハリへの罪悪感ざいあくかんからだろうな。

 

 「ごめん、無理だミハリ………。俺はもう……」


 ポタッ


 リンロの左の目の下に1てきの水が落ちた。


 あったけえ………雨…………。


 そんな雨にふと、今どんな空をしているのか気になったリンロはゆっくりと目を開き始めた。

 余程よほど光景こうけいなのか彼の目はどんどん大きく広がっていく。



 ミハリがいた───



 彼女の目からこぼれたなみだふたたびリンロの顔に落ちる。


 「死んじゃダメじゃんっ! バカっ!!」


  は? 


 口をぽかんと開けたまま力のけたような顔でリンロはミハリのことを見ていた。


 「ミ……ハリ……何で……お前………」


 「手をばしてリンロっ!!」


 「…………何……来てんだよ……俺はっ」


 その瞬間俺しゅんかんおれはカウリに言われた言葉を思い出した。

 俺はミハリに何も言ってない…………。


 言っておくべきだったとリンロは後悔こうかいした。

 

 「俺はもう人間じゃねえっ…………。リャンガっつう化け物なんだっ! 一瞬いっしゅんでも俺にれれば、お前は死んじまうっ!!」


 俺がそう言うとミハリは一瞬驚いたような表情を見せて、それから優しく笑った。


 「うん、分かった」


 何だよ…………その反応。

  

 「…………。分かったんなら、まずそのこっちに突っ込んでくる今の体勢たいせいを変えてくれっ。少しでいいから上着とかも使って空気抵抗くうきていこうを増やしてくれないかっ?

 

 俺が何とかするっ。昔に約束しただろっ? 支える番交代ばんこうたいだって……だから今度は俺がっ」


 (ミハリと出会ってから支えられていたのはいつも俺ばっかりだった。俺は一度だってミハリのこと支えられてねえのに)


 ミハリは何も聞こえていないかのようにそのままリンロを目掛めがけ落ちていく。


 「おい……聞こえてんだろっ! 俺にさわった瞬間死ぬんだぞ!? んなことしても何も意味ねえんだよっ!!」

 

 (俺なんか生きてる価値もねえ最低な命なのに。

 俺はずっとお前を心配させて傷つけて。お前の人生奪じんせいうばおうとしてんだぞ? そんな奴助けに来る必要なんてねえだろっ!! 何でだよっ!!)


 「死んだ後の私の身体を使えば、リンロならきっと助かれると思う」


 「…………何……言ってんだよ……んなことできるわけ……。


 ………やめろ─────

 

 



 やめろおおおおおおおおおぉぉぉぉーーーーっ!!!!」


 のどけそうになる程にリンロは大声でさけんだ。

 ミハリの手が俺に見えている空を少しずつ消していく。


 「たのむから…………やめてよ……」


 「リンロはこれからも強く変わっていける。だから最後までちゃんと変われないと思った自分越じぶんこえて生きなきゃダメだよ?」


 「いやだ」


 「ごめんね……バイバイ、リンロ」



 ぐッ!!!!!!



 それ以上はこわくなり俺は目をじた。


 (ああ終わったな……。


 もう目開けたくねえな…………。

 次目つぎめぇ開けてミハリのいない世界を見ちまったら俺、きっとすげえ泣きさけんじまうんだろうな。そのまま失神しっしんとかして死んだり出来んのかな。


 でも今さっき、それはミハリに駄目だって言われちまったんだよな…………。

 

 とりあえず……生きねえと……)──────

 


 《目を開くとそこには、普段ふだんなんら変わらない平凡へいぼんな青空が広がっていた》


 

 それを見ていたのはミハリ──────

 


 「え?」


 「ほんとリンロの言ったとおりだったね」


 その声はミハリの下の方から聞こえる、だがリンロの声ではない。体勢たいせいも変わっていた、さっきまで下を向いていたはずなのに今は仰向あおむけになっている。


 下に目を向けミハリは、自分が屋上おくじょうよりも上に高く上がっていることに気が付いた。


 声がしていたのは屋上からだった。


 リンロが転落防止柵付てんらくぼうしさくつ腰壁こしかべやぶった屋上のふち、そこに立っていたのはカウリ。

 左肘ひだりひじを上げた彼の手はキラキラと光る空色の風をまとっていた。そしてそれはミハリの左手へとつなががっている。 

 

 「ねえミハリちゃん。

 君の気持ちも分かるんだけど、今のは少しムチャし過ぎかな。


 このさいだから言うけど。リンロはね、今みたいになるのが嫌だったから君に生きてることを隠してたんだよ。彼の気持ちみ取ってあげてもらえないかな?


 ミハリちゃんを傷つけたくない、ミハリちゃんに生きてほしいって想ってるリンロの気持ちをさ」

 

 「…………」


 目を開けると俺は屋上からびている、まるで雪が日に反射はんしゃしたようなキラキラとかがや空色そらいろの風で作られた太い糸に左手をつかまれちゅうるされていた。


 何が……起こったんだ? なんでミハリはあんなとこに……。 

 

 涙がまりうっすらと開いたリンロの左目は、それが現実げんじつなのか区別くべつができずにいた。反対の閉じた右目からは一本線いっぽんせんの涙がれている。

    

 スッ


 カウリが左手を下ろすとミハリがゆっくりと降下こうかした。そのままカウリに手をとってもらいミハリは地に優しく足を着けた。


 タッ 


 カウリは右手を前に出しそこから繋がるリンロを屋上から見下ろす。


 「僕だって二人に死んでほしくない……二人は大切たいせつ存在そんざいだから。

 それに今まで僕が過ごしてきた君達は自分をし殺した君達で、一度だって本当の二人のことを支えられていない」


 カウリがリンロに明るい笑顔を見せる。

 

 「僕はまだまだ君達とは全然生ぜんぜんいりないよっ」


 

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