第七話:待ち望まれた光景

 リポムファンカース8階─────

 

 一階から順に上がりミハリを探していたカウリは、ここに来ていた。

 

 (ここにもいないか…………)

 「あとは……」


 残すは先ほど爆発のあった屋上だけ。


 「うわあああっ!!」


 「!!」


 この階に誰もいないことを確認したばかりだったカウリは、不意ふいの背後からの声に反射的に振り返った。

 振り返ったカウリの後ろでは、屋上へ行くための階段から足を踏み外したラルムが前屈まえかがみになり倒れ落ちそうになっていた。


 タッ


 ラルムのその姿が目に入ったと同時に飛び出したカウリ。


 倒れゆくラルムの目に階段の角が映る。


 「─────っ!!」

 

 ラルムは目をギュッと閉じ、歯を食いしばった。


 ぱしっ


 「…………」


 (…………あれ? ……痛く……ない)


 ラルムが恐る恐る目を開けると、そこにはラルムの初めて見る顔があった。印象はかわいらしい顔をした太陽の妖精ようせいみたいなお兄さん。

 ラルムはカウリにがっしりと両手で腰を支えられ、大事なものを置くようにそっと階段の上に立たされていた。

 

 「怪我けがはないかい?」


 そうラルムに聞いたカウリは、自身の腕にかすかかな痛みを覚えた。

 腕を見てみると、自身の力の感覚が分かっていないくらいに震えていた小さな手に強くにぎられていた。


 「お願いお兄ちゃん…………」

 

 震えて今にも泣き出しそうな声だ。


 「?」


 「ミハリお姉ちゃんを……助けてっ…………」


 その言葉にカウリは目を見開かされた。


 少し前のラルムは、ミハリも一緒に来ているとばかりに思い必死に走っていた。

 屋上出入り口手前ら辺。ラルムはふと違和感を感じ、ミハリから言われたことを破り振り返った。


 その時ミハリはまだ、まるで西部劇せいぶげきゾーンの所にいた。銃のようなものを怪物に向けて構えて、自分を逃がすために時間をかせいでくれていた。


 ラルムは一度戻ろうと考えたが、自分を逃がすために体を張ってくれているミハリの姿を見てそれができなくなってしまった。それは自分の非力ひりきさを分かっていたからでもあった。


 ミハリを助ける力のない自分が今戻ることに意味はなく、むしろミハリがしたことの意味まで無駄むだにしてしまうことになる。

 ならばとラルムは自分にできることを考え、急いで助けを呼ぶことにしたのだった。

 そのタイミングでのカウリ……すがる他はなかった。

 ミハリを助けたいというラルムの気持ちは涙としてあふれ出していた。


 「そのお姉ちゃんはこの上にいるのかい?」


 「……うん」


 涙をぬぐうラルムの頭の上にカウリが優しく手を置く。

 

 「そっか……。教えてくれてありがとう」


 それからカウリはラルムの横を通り過ぎて階段へと足を進めた。


 「外も危ないし、ちょっと恐いかもしれないけどここで待っててくれるかい?

 お姉ちゃんを助けたらすぐにむかえに来るよ」


 状況が分かっていないからそんな顔ができる。そう言いたくなるような横顔をラルムに見せていたが、目元をうすく赤らめたラルムは何も言わずただ不思議そうにカウリを見ていた。  


 まるでミハリと一緒にいた時と同じようにラルムは、根拠こんきょのない安心感に包まれていた…………。





 リポムファンカース屋上──────── 



 (昨日もだったけど……殺せば殺すほど強く思う。

 こんな脆弱ぜいじゃくなものに僕は大切なものを奪われ、変えられてしまったのかと…………。こんなちっぽけなものでさえ影響力を持ってしまうのかと…………)

 

 転がる死体を落ち着きすぎた表情でながめながらそんなことを考えていたのは、元の顔をそのままに右の目の周りからあごまでをエメラルド色の石におおわれたネユマ。


 胸元むなもとを開け、全身は硬くいびつな金属のよろい赤黒あかぐろい毛に覆われている。

 肩からひじにかけて形状がそれぞれ違う白いリングを3つ付けており、肘下からは大きな太いとげをトンファー状に生やしている。腰の両脇りょうわきには厚く大きい赤い小判のようなものがぶら下がり、太ももには水車のような模様がある。


 異形いぎょう彫刻ちょうこくのように呆然ぼうぜんと立ちつくすネユマの手には、ミハリの右腕がつかまれていた。

 

 掴まれれていたミハリの右腕は挙がっていたが、その先の手首には力が入っていないのかれていた。両膝りょうひざを着く彼女の下げた顔の色は非常に良くない。意識も朦朧もうろうとしていた。


 「君はこの状況を理不尽りふじんに思っているだろう。


 でもこれはね、只の命が他の心も理解せずにはしゃぎすぎた結果なんだ」

 

 ネユマが言葉を止めると、出入り口からの足音が良く聞こえるようになった。その中で3歩分の音が響く。


 タタタッ────


 その音の最後に屋上へと勢い良く走り出たカウリは、首を左右に振りミハリの居場所をぐ様確認した。


 「ミハ───────!!」


 屋上へ出て秒でカウリの目にまったのは、ネユマに触殺しょくさつされているミハリの姿だった。


 「ミハリちゃんっ!!」


 カウリは血相けっそうを変え、ミハリとネユマのいる場へともの凄い勢いで飛び込んでいく。


 「彼は、君のことを大切に思っているんだね……。

 

 なんだかむなしいな、昨日の自分のこと見てるみたいでさ。

 間に合え間に合えって大切なもの守るために必死になって…………。


 だけど──────


 結局最後に大切なものを失っちゃうんだ」


 「やめろ」

 

 そう言いカウリはミハリの方へ手を伸ばす。そんなことをしても距離は縮まらないというのに……。

 ミハリは既に気を失っていた……命が途切とぎれる手前だった。

 心ないことを言うがこの距離では多分間に合わないだろう……。

 

 ミハリの死の一歩手前、今から自分と同じ道を辿たどらんとするカウリに対しネユマは親しみを感じ話しかける。


 「そうだ。良かったらさ、後で感想聞かせてよ。


 ね──」



 メキメキメギッ!



 言いかけたネユマの左のほおには強くにぎり込まれた拳がめり込んでいた。


 「──え?」


 ドガァンッッッ!!!!!! 


 ネユマは何が起こったかもは分からぬまま身体を宙に浮かべていた。

 何故かほおが痛む……脳がれる……目に入ってくる風が痛く目が開けない……飲み込む唾液だえきは血の味がする……身体の自由が利かない……。


 ブワッ


 一瞬驚き目を見開いていたカウリの右を、大砲たいほうのようにネユマは吹っ飛んでいき横風よこかぜを吹かせた。

    

 そしてネユマをなぐり飛ばし着地しようとしていた男とのすれ違い際、カウリはやわらいだ表情を浮かべ優しく微笑ほほえみ嬉しさをこぼしていた。


 それはカウリの待ち望んでいた光景だった。

 出会ってから3年……ずっとロコイサ王国という廃国はいこくに引きこもり続け自分の道を止めていた彼が今目の前にいるのだ────────錬寧想れんねいそうリンロが。


 そのままカウリは意識なくリンロの足元へと倒れかけていたミハリをお姫様抱ひめさまだっこでキャッチ。


 タッ


 少しリンロと距離をとった所で止まった。

  

 タンッ


 同時にリンロは左膝ひだりひざ右手拳みぎてこぶしを地面に着き着地。 

 

 するとリンロの肩に乗っていたトゥーチョは、ものすごい勢いでリンロの前に飛び出した。


 「チョッチョッチョ~っ! どうだ見たッチョか!? 

 さあ、約束通り言ってもらおーかよっ!!」


 「…………。

 …………信頼度しんらいどひゃくぱーせんと……トゥーチョちゃん……」



 錬寧想リンロ&トゥーチョ到着っ!!!!


  

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