第九話:変われる気がする

 「……カウリ……お前一体……」


あいつも……リャンガだったのか? でも今まで一度もそんな素振り……。

 

 「あっそーいえばっ。いつも近づいた時の君の反応が面白くて言ってなかったんだ……。


 驚かせちゃってたらごめんっリンロっ!

 すぐに説明したいところなんだけど……後でもいいかな?

 今はあまり時間がないんだ」


 思い出したようにそう言った後、カウリが振り向き気にしていたのは風流あるゾーンの奥。

 アメジスト色の灯が灯され、蝶が満面に描かれた超特大の石造りの屏風びょうぶの方だった─────


 そこには威嚇姿全開いかくすがたぜんかいで歯をしばるネユマが大の字に張り付けられていた。


 ネユマのどう四肢ししのそれぞれを、カウリの手にまとっているものと同じものがもやのように形を変え固定していた。

 よく見るとキラキラと光る空色の微粒子びりゅうしが無数の流れ星のようになり、ひたすらネユマの身体を押さえる方向へと流れ続けている。


 「という訳で。

 あとはミハリちゃんのことお願いします、トゥーチョさんっ」


 「おう任せるっチョ」


 リンロが落ちている間に何があったのか、カウリとトゥーチョ二人の間には友好関係が築かれていた。

 さっそくカウリのお頼みを遂行すいこうすべくトゥーチョは両手を前に出し、ミハリの方へと小走りをするゾンビのように駆け寄っていく。


 「ほれほれいッ。俺様に触殺されたくなかったら早く避難するっチョよ」


 「ちょっ……と待って、カウリくんとリンロはっ?」


 トゥーチョから身をかわしミハリが背を向けるカウリにそう聞くと……カウリは。


 「残るよ。


 今彼を野放しにして他の誰かが止めてくれるのを待っていたら、きっともっと多くの犠牲が出ると思う。


 それにリンロと約束したんだ。

 変わりたいと思ったその時も全力で支えるってね。

 だから僕は──────」


 答えの途中、彼は右腕を高く振り上げた。

 

 ぐんっ!


 カウリの振り上げた右腕からキラキラと輝く太い糸を通してリンロまで伝わった力は、情報処理しきれずに思考停止していた彼の意識をはっきりとさせ我へと返した。


 我へ返った直後、全てを一旦置き去りにしたリンロの第一思考はこれだった。


 (そーいえば昔空を見ててたまに、鳥みたいに自由飛んでみたいとか思ったことあったけど……これは何か違うな。

 どちらかというと紙飛行機になった気分だ。

 俺が幼少だった頃飛ばした紙飛行機はこんな気分だったんだろうか……。自由の効かないままどこぞへと飛ばされてさぞ不安で恐かっただろう。

 いつかまた紙飛行機に出会うことがあったら、今度は丁重ていちょうに扱おう)


 そんなことを考えていた彼は、目をかっぴらき驚いた表情を見せ屋上よりも高い所で仰向あおむけに浮いていた。


 その下でカウリが言う。


 「今ここでリンロと一緒に戦うよ!!

 

 



 ……って僕は思ってみたんだけど……ダメかな?」


 活気ある顔で啖呵たんかを切るやいなや、カウリは自信なさげに俺に聞いてきた。


 「フッ。

 ったく……ほんとお人好し過ぎんだろお前は。

 今更こんな俺なんかに何も聞く必要なんてねえよ」


 というか現状、カウリは俺が変われるための最後の一本道を繋いでくれている訳で。その上その道を一緒に進んでくれようというのだから……むしろ感謝でしかない。

 

 リンロはカウリに感謝の眼差しを落とし、少しだけほころんだ口元を動かした。


 「来んぞカウリっ」

  


 神妙な様子になったネユマが冷めた視線を二人に向けていた。


 「…………今日はもう少し除染したかったんだけどな」

 

 (細胞の回復に費やす時間は惜しいけど、彼らを確実に消すためには仕方がない。一人一発……残り2発に全てを注ごう────)


 「うんいいよ……手を抜いて足元をすくわれても困るからね。


 今日は君達で終わりにするよ」


 宣言後、ネユマの全身からオーロラのようにリャンガ細胞が溢れ出した。その全てがネユマの目の前に流れ集まっていく。


 ジュゴギュグドゥゴグギュジュドギュゴドジュゴジュ


 ネユマの前へと集められたリャンガ細胞はにぶく複雑かつ不気味な音を鳴らし、腐敗した肉のような色と質感を持った金属へと変化した。その金属が植物のようにうねり更に形を形成していく。

 

 この攻撃でのネユマの狙いはカウリだった。


 残りのネユマのリャンガ細胞が10だとすると、おそらくこれには8は注がれている。それが現時点でのネユマが判断したリンロとカウリ二人の実力差であった。


  

 「……何だよ……あれ」 


 見るからにヤバそうだ。


 (まずあれがこっち向けられたとする……俺は身動きとれないからカウリ任せになっちまう。

 そんでカウリに向けられたとして………カウリはあの攻撃避けきれんのか? 勿論もちろんあいつが運動能力高いのは知ってるけど………正直不安だ。


 てか今の俺……宙に浮いてるだけの只の役立たずじゃねえかっ!! 早く降ろしてもらわねえとっ!!)


 「カウリっ! 早く俺を降ろし────」


 「落ち着きなよリンロ。

 君はまだそのままで大丈夫だよっ」


 緊張感の欠片もない言い方だった…。

 加えると一人焦って心配になっていた俺をよそに、カウリはひじを曲げ外側に向けた両掌りょうてのひらを胸の前で重ね堂々と構えてまでいた。


 ヒュリンヒュリンヒュリンヒュリンヒュリンヒュリン


 カウリが構える手の前で、口笛を短く切って繰り返すような音と綺麗な鈴の音が混ざり合った音が鳴り始めた。

 そこにはキラキラと輝く空色の2つの輪が上下に並び、車輪のようにそれぞれ左右別々の向きで高速回転していた。


 ドゥゴプッ


 その音を最後に不気味な音を止めネユマの前に顕在けんざいしていたのは、一見しただけで脅威だと断定できる圧倒的異形だった。


 《プロペラ状に付いたトマホークのような尾。

 蛇のような下部に赤黒い毛でおおわれた中部。 

 上部となる人の僧帽筋そうぼうきんの形をした黒い塊からは、ネユマの身体から出た状態のままで形成された左右非対称の長さの緑色にき通ったオーロラの鎌が出ている。

 その上に繋がるのは、さそりの尻尾のような触角しょっかくをライオンのたてがみ状に生やした舌を出すのっぺらぼうのような頭》


 放つプレッシャーは近くにいる者達の気分を悪くさせた。


 

 間もなくネユマがそれをカウリに向け放つ────

 

 

 【敵意の昇華カグリテンタ─────腿壮咆哮たいそうほうこう艶束えんぞくッ!!】


 

 ゴヴァッ!!!!!



 感情を持たないそれに慈悲じひはない。只カウリの命をるためだけに迫り来る。 


 

 ゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ



 カウリを信じた手前平然をよそおい一部始終を見ていたリンロだったが、内心凄まじい罪悪感にさいなまれていた。

 異形がカウリの目前に到達した時、リンロの罪悪感はピークに達した。


 ブワッ


 異形の押し込む風がカウリの肌に触れた──────



 ジィンッ!!!!!!!



 それはカウリが異形を受け止めた音。

 


 ジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジ



 二つの輪がネユマの攻撃を削り左右にかき分けエメラルド色のミストを流すと同時に、カウリの踏ん張る足は少しずつ後退していく。


 気を抜くことが許されない攻防の中ネユマの攻撃の勢いが弱まった一瞬、カウリは踏ん張る足に思い切り力を込め約1秒間その場にとどまり次の動きへ繋げる余裕をつくった。


 ぐるんッ!!!


 その一瞬を使いカウリは身体を地面と平行に右へと捻り翔び、そのままネユマの攻撃を上空へと受け流す。


 バフォォーンッ!!!


 受け流された攻撃はリンロを横切った。


 「ぬおっ!?」


 予想だにしていなかった事態にネユマは言葉を失っていた。



 スタっ

  

 回転を終え右足が地面に着いたと同時、カウリがそこから一気にネユマに向かい一直線に走り出る。



 タッ   タッ  タッ タッタタタタタタダダダダダダダダダッ



 次の一歩を踏み入れるごとに、カウリの加速がどんどん重なっていく。

 

 風流あるゾーンに差し掛かった緋毛氈ひもうせんの手前、そこでカウリの加速は止まった。

 カウリは自身の足に急ブレーキをかけ摩擦まさつで煙を上げながら足を止めると、まだ前に進もうと勢いを残した右腕を力いっぱいに左へと手繰たぐり寄せた。


 グイッ!!


 「うおっ!」


 引き寄せられた俺は何かを考える暇もなく、あっという間にカウリの隣まで来ていた。俺の左手とカウリの右手を繋げていた糸はこの瞬間に消えた。


 カウリを越えたリンロは疾風しっぷうの如く前に飛んで行く。

  

 「いけっ! リンロっ!!」


 「おうっ!!」

 

 ──────────

  

 リンロの目掛ける先にさっき彼を蹴り飛ばした、あのよろいを纏った屈強くっきょうな男の姿はなかった。


 先程の攻撃でリャンガ細胞を大きく消耗したネユマの身体は、人の肌身と変わらぬそれに戻っていた。


 着ている衣服もボロボロで上はほぼ裸に等しく、長かったズボンも短くなっていた。

 非力そうな見た目のネユマが、壁に張り付いた自身の身体を引きがそうともがく。

 

 ミシミシミシ


 既に耐久たいきゅうの限界を迎えていたのだろう。壁は容易にヒビ割れていく。


 「本当に分からないなあっ………君はっ……。

 さっき教えてあげたのにっ!!!」


 バゴオォンッ!!!!


 屏風の一部を爆発の如く破壊し、力が入ったままの両上肢りょうじょうし両下肢りょうかしで屏風の破片を前に飛ばしながらネユマは前に飛び出した。


 「!」


 どぉんっ!!


 生身で着いた彼の足は地面を3センチ潰していた。


 「なのにっ! 何で君はっ生き方を変えないっ!!

 そんな生き方をしたって生きにくいだけじゃないかっ!!」


 髪を逆立てるネユマの右上肢には、費やせる限りのリャンガ細胞が全て注ぎ込まれていた。

 上肢の輪郭を失ったそこから放出されているのは、放電され樹状に枝分かれしたように次々と形を変える翡翠色ひすいいろの金属。 

 

 「…………どんな生き方したって生きにくさはあんだろ。

 それに生き方を変えたから俺はここにいるっ」

 

 堪忍袋かんにんぶくろを切らしたネユマが飛び出す。


 バッ!!!!


 「この生き方なら守りたいもんを守ろうとすることができるし、大切な人に嘘つかなくて済む。

 んでもって俺自身の本当の気持ちで進みたい道を進んで行ける。

 だから俺にとっちゃ、こっちの方がよっぽど生きやすい。

 俺は───」


 先に相手の間合いに入ったのはリンロだった。


 ビュッ!!!!


 ネユマの貫手に込められた渾身こんしんの一撃がリンロに襲いかかった!!

 


 ぷしゃっ 

 


 飛んだのはまぎれもないリンロの血────


 血が散ったのはネユマの伸びきった腕とリンロの右のほおの間────

 

 ネユマの貫手を右頬にかすめるも、リンロは身体を左へ反らしギリギリのところで身をかわしていた。

 

 「もう逃げんのもっ! 生きるためだけに生きんのもっ! 俺はやめたんだっ!!


 どうでもよくねえもんがどうでもよくなるまで黙ってんのはもう嫌なんだよっ!!!」

 

 (生きるためだけに生きるのをやめた? なんだよそれ……)


 「ふざけるな」


 (僕にはもうそれしかないのに……同類の君にそんなことを言われたら僕は────────)



 ふァさッ



 ネユマの目の前で丸い形をしたハンカチ程の大きさの布が広がった。

 さぞ大事にしまっていたのだろう、こんなに身ぐるみがボロボロになってようやくそれは出てきた。


 それが目に入った瞬間、何かを思い出したかのようにネユマの表情は大きく変わった。


 !────────────


 《人間のみんなと仲良し普通に生きよう大作戦》と書かれた一枚の布。


 二年前だっただろうか……あの子が僕の誕生日だと言った日にそれを貰った。


 ネユマにそれをあげたのは昨晩亡くなったオレンジ色の短髪の小さな少年──【シノリカ】。



 《木でできたボロボロの荷小屋で暮らしていたネユマとシノリカ。彼らがいつものように仲睦なかむつまじく過ごしていたある日の晩のこと》───────


 晩食後食器を洗っていたネユマの元に、少し顔を赤らめニヤニヤしながらシノリカはやって来た。

 そこでシノリカがネユマに贈ったのは、お誕生日おめでとうの言葉とゆがんだ円の形をした布だった。


 『えぇっと……これは…なんだろう?』


 一見ハンカチか何かに見えたが、その後布に書かれた絵と文字に気付きネユマはそれが何なのかシノリカに問いかけた。


 問われたシノリカがからかうようにネユマに聞き返す。


 『え~~見てわかんないの~?』


 『……ゴメン』


 『ふふんっ、なんてねっ。

 そりゃネユマお兄ちゃんからしたら、それ見せられたってなんのこっちゃだよね……謝らせちゃってごめんなさい。

 

 それはね……僕の夢だよ。


 ネユマお兄ちゃんなんかいつもつまんなさそーだからさ、僕の夢分けてあげようかなって思ったんだ…。

 きっと夢があった方がつまらなくないだろうし、少しは生きるの楽しくなると思うよっ。


 まぁ実際、僕は毎日夢を目指すので急が楽しいからねぇ~。

 昨日もねっ二人の人間さんと喋ったんだっ。どうっ?凄いでしょっ?』


 シノリカが楽しそうに話すのをネユマは優しく微笑み聞いていた。


 『……………ありがとう。

 …………それじゃあ……僕も一緒にシノリカの夢叶えさせてもらってもいいかな?』

 

 『うんっ! 一緒に叶えていこうっ!! 今日からこれは、僕たちの夢だからねっ!!』


 ──────────────────────────



 (いや…………あった)


 「本当バカだな僕は……」


 (あの子の……あの子がくれた夢に傷をつけてしまった──────)


 リンロの拳の色がネユマの視界を埋めつくしていた────

 

 それは自身の敵意テンジャ敵意の昇華カグリテンタも使えたことがなかった彼の渾身の一撃。言うなれば─────


 

 【重力じゅうりょく絶対服従ぜったいふくじゅうただの全力パンチ!!!】



 土壇場どたんばに立ち火事場の馬鹿力が出たのか瞬間的にリンロの拳には彼の持つリャンガ細胞が集約しゅうやくされ、今までの彼では出しえなかった爆発的な威力を生んだ。



 ずッドォンッ!!!!


 

 リンロの拳がめくれ上がる瓦礫がれきを作り上げながら、ネユマの身体を地面に沈める。


 振り切った拳がネユマの身体から離れると、リンロは自身の攻撃の衝撃波によりそのまま後ろへと弾き飛ばされた。

 頭頂部を地面に向け天地逆転していた彼の視界に、砂煙や瓦礫の隙間すきまから見えていたネユマが映る。


 戦いの中ネユマの言葉を聞く度に、リンロには感じていたことがあった…………。


 「そんなん誰でも振るえんだよ」


 きっとあいつも自分と同じなんだと。

 あいつは大切なものを誰かに奪われ失くしてしまったのだと。

 どこの誰かも分からないやつがあいつを不幸の上に立たせ、今回の争いが生まれたのだと。


 皮肉にもネユマの不幸がなければ……この争いがなければ一生動けなかったかもしれないという不条理な現実に、リンロの心の隅には消えそうにない言葉にならない痛みがかすかに残った。


 「でもどうせ振るうんなら──」


 (痛みを知った俺たちにしか振るえないもん優しさを振るえよ)



 バッ



 リンロの身体は再び屋上から外れた───────



 本日二回目のダイブにデジャブを感じていた一方、彼の心は不思議なくらいに落ち着いていた。

 ただそれはリンロの頭の中がミハリやカウリ・トゥーチョを失わずに済んだ安心感でいっぱいになり、一時的に危機感を感じる余裕が無くなっていただけだった。


 リンロがネユマにとどめの一撃を奮った直後。飛んでいく彼を追いミハリは、遮二無二しゃにむにに走り出していた。


 「リンロっ!!」


 まあカウリが居れば心配はいらないだろう。ミハリが走って行く様子は安心して見ていられた。

 

 うん。そろそろ来るであろう。

 

 依然ミハリを止める者は現れない。



 ん?──えっ?──あれっ?───まだ来ないっ!?



 緊急事態発生だ。《屋上にカウリの姿が見当たらないっ!!》


 非常にまずい状況だと思われたその時──


 「デジャブ追加阻~~~~~~止ッッッ!!!」

  

 危機一髪、ミハリを追い抜かし彼女を止めた救世主はトゥーチョ。

 

 「あいつはオレ様が100チョーパーセント助けてやるっ!! だからお前はここで待ってろっ!! 落ち切ったらちゃんと無事は伝えてやるっチョからっ!!」

 

 トゥーチョは何の躊躇ちゅうちょもなく屋上から飛び降りた。


 チョうっ!!─────────────────────



 


 移り変わりリンロが落ち始めてすぐの現在─────────────


 「見直したぞリンロっ。お前なかなかやるっチョじゃねえかっ」


 「………………」


 両手両足を軽く広げ仰向けに落ちるリンロの腹の上に、トゥーチョが乗っていた。


 「で、この後はどうすんだ?」


 「………いや。

 もう守るもん守れたし……とりあえずは帰りたいかな」


 「そうか。んじゃ──」


 トゥーチョが着地の準備に取り掛かっていると。


 「……トゥーチョ」


 「?」


 「ありがとなっ」

 

 「……チョッ。 いいってこチョよっ」


 トゥーチョは少し照れくさそうに言葉を返し、その後ウーポシュックスを発動させた──────



 ボスンッ!!


 「わっつ!」


 高さ5メートル程のダンボールとして見事な着地を見せたリンロ。トゥーチョの能力解除により一旦彼の姿は元に戻される。

 

 「サイズ変更し直すからちょっと待ってろッチョ」

 

 リンロがトゥーチョの言うこと聞き、大人しく身体を休ませながら待っていると。



 「大丈夫ーーーっ!? リンロっ!! トゥーチョちゃんっ!!」


 屋上から顔をのぞかせミハリが叫んでいた。 


 「あっ そーだっ。落ちきって無事だったら伝えるって言ってたの忘れてたっチョ」


 せっかくリンロから取り戻した信頼度を再び失うわけにはいかなかったトゥーチョは、今思い出したことをミハリに悟られぬよう咄嗟に自身の身体とリンロの身体を全力で動かしミハリへ無事をアピールした。


 「……よかった。

 ちょっと待っててっ。今から降りてそっちに行くから、そしたら少し話───」


 「ごめん……今日はもう帰る」


 サっ


 ミハリの顔も見ずにそう言い残し、リンロはゆっくりと歩き始めた。



 「チョ!?」


 

 やっぱそう簡単には変われねえもんだな。

 ミハリにちゃんと話さねーといけねえっていうのは分かってるけど、それすらできねえ。

 さっきみたいになった時に今の俺にはもうそれに対処するための余裕が、心にも反射的に動くことにも残ってない。それが恐くて結局また逃げちまってる。 


 またミハリに心配かけちまったかな……。


 それからカウリにも。帰ったらきっとまた迷惑かけちまうよな……。


 「多分もう大丈夫じゃないかな。これからはあんまり待ち過ぎなくても、またすぐに会えると思うよっ」


 ミハリの後ろから声を掛けたのは、ラルムを肩車して戻ってきたカウリ。


 「…………」


 以降ミハリは、無言のままリンロ達の立ち行く後ろ姿を見守っていた。



 正直今日で変えられたことなんてのは、俺の抱えている問題からすればたかが知れたことだ。変えなきゃならない事は山ほど残ってる。

 それらを変えていくまでの当分の間は、また今まで通りの生活が続いていくんだろうな……。


 タッタッタッ


 後ろから追いかけて来たトゥーチョが俺の進路をふさいだ。


 「おいっ勝手に行くなっチョ! 落ち着きないティブヤローは運んでってやんねーぞっ!


 今すぐお前をここに置き去りにして先帰って、お前が人にプルプル震え怯え帰ってくるまでの間メチョメチョに休んでやろうかっチョ!!」


 リンロはトゥーチョを見下ろし黙視もくししていた。

 

 「…………」


 「?」


 (ああ──変わりてえな)


 変わりたいという衝動に駆られた。

 俺は無性にそうしたくなり、トゥーチョを両手で抱え上げ自分の右肩に乗せた。

  

 「チョッ!?」


 「帰りは俺が送るよっ」


 その後空を見上げたのはいつもの癖だった。



 《こうやって広い景色を見ると自分を見つめなおせる──》



 「運ばれる側もなかなか悪くないっチョね。


 チョ~しっ! これよりトゥーチョ様一番弟子認定試験を開始してやるっチョーっ! 

 さあ! 受験No.1番リンロよっ! 俺様を丁重に扱い運ぶのだっチョーっ!!」



 《んでもってそれで今自分がどんな命か分かれば───    



 ──変われる気がするっ》


 

 

 (今日は少しだけど変われた。

今まで死んだみたいだったからな………生き物くらいにはなれたかなっ)


 

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