第四話:普通に生きたかっただけ

 ここはハレタカヨ東部の街外れに位置する【トンロワラグ】と呼ばれる区域──────

 


 パァンッ!! パァンッ!! パァンッ!!



 リンロが一人感傷ひとりかんしょうひたっていた同時刻。この曇りがかった上空に3発の銃声じゅうせいが響いた────



 銃声が鳴らされたのはトンロワラグに有一ある小さな密集みっしゅう住宅地じゅうたくちから少し離れた所。両脇を大きな青いコンテナにはさまれた路地を抜けた所にある、屋根の付いた廃材置はいざいおからだった。

 

 そこには怪しげな二人の男の姿があった。


 一人は鉄骨てっこつの上に座り、先程空に向かって発砲していた18歳の男だ。

 彼の名前は厚加屋あつかやニタン。

 チャラそうな顔つきにへの字の触角を付けたような髪型をし、額には銀色のヘアバンドを巻いている。

 フード付きの白いコートを羽織はおっており、その下に見えるのはミハリの着ていた制服に付いていた校章こうしょうと同じものが付いた制服。


 ニタンはミハリと同じエンクローターズ育成学校に通う、ミハリより二年上の訓練生だった。



 そしてニタンから見て、右前方に立っているもう一人。

 ニタンが先輩と呼ぶこの男の名は、ヤーダラ・エッグ(24歳)。

 190cmの長身でそこそこ鍛え上げられておりがたいが良く、肌黒でほおは少しこけている。 

 目は常時寝ぼけ眼で耳には謎の虫のピアスを付け、長い髪は後ろで一つに束ねられ編み込まれている。

 着ている虫柄の独特な衣服は身長に合ってるとは思えない丈の短さだ。

 

 この似ても似つかない少し年の離れた二人の関係を一年前に繋いだのが、エンクローターズが世に導入している制度【ロクエンリスト】だった。


 【ロクエンリスト】とはエンクローターズ配恵支部はいけいしぶ【シャウヤマンテン】が依頼主との仲介役ちゅうかいやくを務める、一般の民間人でも稼ぎ口として依頼を受けられよう設けられた制度である。


 依頼はシャウヤマンテンが各地に設置している窓口やインターネット・【永遠風チャニューポ】によって飛ばされているリクエストボードなどから受けられ、依頼達成後窓口に報告することで報酬を得ることができる。


 依頼内容のほとんどは成果報告制せいかほうこくせいの調達系・簡単な探索や捜索系・素材採集などで、一般人でも無理なくこなせるものが多かった。

 受注資格は誰にでもあり参加自由だが、依頼実行中のケガや事故・トラブルに関しては全て自己責任とされている。

 

 一年前小遣い稼ぎがてらにロクエンリストの依頼を受け始めていたニタンと出会ったヤーダラは、誰よりも早くニタンの高いポテンシャルに目を付けすぐに先輩風を吹かせながら近づいた。


 ロクエンリストに関してあまり知識がなかったニタンにいくつかの依頼を通しながら、ロクエンリストの仕組みやルール・効率の良い稼ぎ方などを教えていった。


 それからある程度関係を築けたところでヤーダラは、二人の方が楽してより稼げるとニタンに共に活動することをすすめた。

 面倒事が減り稼ぎも増えることはニタンにとってメリットでしかなかったため、ニタンは秒で同意した。


 その時に築き上げられた関係性が今にいたる────




 今日も二人は稼ぐためにとあるものを探していた。


 ただこの日二人が探していたものは、ロクエンリストに掲示されている依頼の中には記載されていないものだった。


 それはシャウヤマンテンではなく、エンクローターズ本部が直々に指名手配している中に記載されていた【リャンガ】という存在だった。


 指名手配においては、確かな情報であれば情報提供だけでも現在の二人の月の稼ぎをゆうに越える。ましてや捕縛ほばく討伐とうばつとなるとその更に10倍は越えていた。

 

 そんな今までこなしてきた依頼とはずいぶんかけはなれたレベルのものを急に二人が挑戦し始めたのは、この日偶然リャンガを見つけリャンガに対するイメージが変わったからだった。



 この日中、ヤーダラはたまたまトンロワラグの市場におつかいにやって来ていた───────


 案の定、ヤーダラはおつかいを全てミスった。

 

 間違って買ったものを全部食べきるまで帰って来るなと祖父に言われショックを受けたヤーダラは、瞬間移動の練習をして現実逃避をしていた。

 その際に彼は誤って、8歳くらいの少年とぶつかってしまったのだった。


 すかさず転びそうになった少年の手を掴んだヤーダラ。だがその瞬間、ヤーダラは自身の身体へ違和感を覚え反射的に少年から手を離していた。

 直後その違和感はリャンガに対する浅い知識を持っていたヤーダラに、目の前にいる少年がリャンガではないかという疑いを生ませた。


 もう一度確かめようとヤーダラは少年に触れようとしたが少年は身をかわし、足早あしばやに離れていった。


 しかし諦めることを知らないヤーダラはすぐに全力疾走で少年を目掛けて走って行き、気づかれないように少年の肌に触れそのまま少年を追い越してどこかへ走り去って行った。



 ヤーダラがいたのは、市場を抜けたところにある橋の下の川。

 走っている途中で足を滑らせてしまったようだった。

 


 自身の[転びそうになったところを助けた少年がリャンガ説]に充分な確信を得られたヤーダラは、満面の笑みで浮いていた。



 初めて目の当たりにしたリャンガの姿は自身の想像していたよりもはるかに弱々しい生き物で、ヤーダラは捕縛や討伐は造作もないことだと考えを改め直していた。


 川から上がったヤーダラは、早々とそのことをニタンに伝え彼を呼び出した。


 その後ヤーダラは少年に触れた際に付けた発信器を頼りに少年を見つけ出しニタンが到着するまでの間、少年の居住地きょじゅうちや仲間の有無を確かめようと隠れながら少年を追跡することにした。 


 結果辿り着いたのは、木でできたボロボロの荷小屋だった。

 そして小屋の中からは気弱そうな若い青年が優しい笑顔で少年を向かえていた。


 ニタン到着後、奇襲をかけた際にその青年もリャンガだと判明した…………。

  



 現状リャンガの捕縛や討伐を容易よういだと踏んでいたヤーダラの思っていた通り、彼らはリャンガを追い詰めていた────



 「あー全然見つからねーわ。

 コレ、もう逃げられたんじゃないすか? こんだけ探しても見つからないんだからこれ以上は時間の無駄っすよ。

 てか雨降ってきそうだし、濡れんのも嫌なんでそろそろ帰りません?」


 「ふざけるな、まだ逃げられてから1分しか探してないだろお前。

 今逃げてる一匹もあの手負いだ、もう一匹を抱えたままそう遠くへ行けるとは思えん。必ずその辺のどこかで身を隠しているはずだ。

 それにいいのか? お前がさっき撃ったガキの死体、あれを持ってかなきゃせっかくの高額報酬が受け取れないんだぞ?」


 「ん~そりゃそーなんですけどね~…………

 でも……高額報酬より俺の面倒くさがりパワーの方が勝っちゃってるんすよね~……。


 もう今日はボランティアでも何でもいいっす。とりま疲れたし濡れたくないんで帰りますっ。


 サヨナラ先輩っ」

 

 予想外にあっさり帰ろうとするニタンをヤーダラが呼び止める。


 「おい待て。お前、俺をこんな夜道に一人置いていく気か?」


 「え……何か問題でもあるんすか? 

 まさかとは思いますけど……先輩……自分が襲われるとか思ってませんよね? 乙女じゃあるまいし大丈夫っすよっ! 


 なんせ先輩は、あのホラー映画【満腹まんぷくはら腹太鼓叩はらだいこたたいたらほぼ悪魔あくま復活ふっかつした・とりあえずげろ・わ~】に出てくるほぼ悪魔にそっくりなんすから。朝だろうと夜だろう襲ってくる人なんていやしませんよ。安心して夜の道を走り回って下さい」


 「いや違う……逆だ。一人にされたら俺がお前を襲いに行く」


 「こわっ、何すかその理不尽極まりない八つ当たりホラーみたいなやつっ」


 「さてどうするっ! 今ならまだ間に合うぞっ!!

 なんならこの傘も雨が降ってくるまでは貸してやるし、プラスで帰りに俺の屋台のわた餅も買わせてやろうっ!!!」


 「……………………どこまでも理不尽な……」

 (あ~でも追いかけられて逃げんのも疲れるしなぁ……)


 


 二人がいる所から右側の少し離れた場所に見える時計台、そこにある広い公園───────

 

 円形階段えんけいかいだんを降りた先にある小さな噴水広場。二人の探しているリャンガはそこに身を隠して居た────



 一人は月のような黄色い瞳をし、左右非対称の緑髪で灰色のローブをまとった青年。

 もう一人はその青年に抱き抱えられている、オレンジ色で短髪の小さな少年だった。


 青年も少年も体に数発の射たれた跡があり、小さな少年の方は既に息がなく青年は酷く悲しみ泣いていた。

  

 「うぅっ……うぐっ……なんっ……で…………何で……何でだよ……」

 (僕達が一体何をしたって言うんだよ!!)


  


 ニタンは悩んだ末、なくなく重い腰を上げていた。


 「はぁ~分かりましたよ…………

 一応ついては行くっすけど、あの緑髪のアシンメトリーヤローは先輩に任せましたからね。

 俺はもうさっき殺したガキにメンタルやられて、ホントのところ動く気力もねーんすから」

 

 「ザコザコザコザコザコ…………あぁ……このままお前にザコって言い過ぎて我を見失いそうだ」


 「イヤイヤ、さっき先輩も見てたでしょ!

 あのガキが死に際で『僕達は普通に生きたいだけなんですっ!!』って泣きわめいて俺にしがみついてきたところ。


 まあ百歩譲ってあんなゴミでも生きたいって思うことは自由だと思いますよ?


 でも生きられる環境っつーのは自由じゃないでしょ。

 事実エンクローターズ様にあいつらの存在が指名手配されてることが全てを物語ってるわけじゃないですか。

 それなのにあいつらリャンガは自分達の立場をまったく分かっちゃいない。


 人間の世界じゃ価値をもつこともできない可哀想かわいそうなガキに、俺はこっちの世界での価値をつけてやったんですよ? 俺の収入っていう価値をっ!

 あのガキにとっちゃ光栄でしかないことなはずのに、その恩も分からねえであの阿保あほガキは俺を悪者扱いしてきたんすよっ!? 

 そりゃ傷つくでしょ!!」


 「いや……お前は悪者だ。 

 現にさっき、その価値を放棄しようとしてたじゃねーか」

 

 「……………………。でも結果来てるんでギリセーフっすよ…………はい」


 

 


 青年の脳は現状を繰り返し噛み続け、どんどん彼の悲しみは強まっていた───────

 


 「ごめっ……ごめんっ……ごめんなあぁぁ…………守っで……やれなぐで」


 ぎゅうッ

  

 青年は少年を優しく抱き寄せて涙まみれの顔を少年にうずめると、そのまま自分が逃げていたことも忘れ悲しみのままに泣き叫んだ。

 

 「ぅぅぅぅううあああぁぁーーーっ!!」

  

 その叫び声はトンロワラグ中に響き渡り、公園とは逆方向に進んでいたニタンとヤーダラの耳まで届くのも一瞬だった。

 

 「!!」


 「!!」


 「………………フッ。向こうの公園の方か」


 「ふぃ~ラッキぃ~っ!!。

 まったく自ら居場所教えるなんて、やっぱリャンガっつーのはどいつもこいつも知能が足りてねー阿保なバケモノばっかなんすかね?

 まあおかげで俺は先輩の理不尽回避りふじんかいひできるし、早く帰れるんでありがたいっすけど。 


 うしっ! 気分最好調だし特別ボーナスで先輩が仕留めた後二匹の頭でもでてやろっかな」


 叫び声を聞きつけた二人が公園へと向かって来る中、青年は逃げる様子も見せずにずっと少年を抱いたままうずくまっていた。

 

 ただ青年の様子が少しおかしく、彼の後ろ姿は少しずつ元々の後ろ姿からかけはなれていくようだった。



 バギッ……バキバキバキッ



 「僕のせいだ……」


 



 それから少し時間が経った頃、辺りはすっかり雨に包まれていた──────



 サァァー



 少年は濡れないよう屋根がかかった時計台の下で寝かされ、上からは青年が羽織っていたローブがかけられている。


 ピチャッピチャッピチャッ


 そう音を鳴らすのは腰が抜けて立てず水溜まりの上を溺れたように這い回り、必死に何かから逃げようとしている様子のニタンだった。

 

 「ハァッ ハァッ ハァアッ ハァッ……………ンっっだよぉっ! アレエェぇーっ!!


 あんな能力あるとかっ聞いてねえぞっ! 触られなければ大丈夫? は? 運動能力がちょっと高いだけの人間モドキを狩る楽な仕事? はァッ!? どこがだよぉッ!!


 俺はバケモノ狩りじゃねえっつーんだよっ!! 知ってたらこんな無理ゲーなんか始めからやるつもりな────」


 ガシッ

 

 硬くいびつな金属の鎧と赤黒い毛に覆われ、肘下から大きな太い棘をトンファー状に生やした悪魔のような手がニタンの髪をつかんだ。


 「うあっ!!」

 

 (普通に生きようとして大切なものを失うくらいなら……)


 「クソッ!! さっき帰りたいっつったのに…………最っ悪だ。雨でずぶ濡れだし、訳わかんねえ理不尽な目に合わせされてるしよぉ…………。


 オイっ!! 全部お前のせいだぞっ!! このクソ理不尽たまごヤロウッ!! 早く責任とって俺を助けやが─────」


 ニタンはヤーダラに助けを求めようと振り向いたが、その途端自分の目に写った光景に言葉を失った。



 (始めから………普通に殺して生きるべきだった)



 ニタンの目に写っていたのは……反対側の悪魔のような手に持たれる頭部だけになったヤーダラ。


 「うわあああぁっ!! 

   

  待ってくれっ!! 頼むから見逃してくれっ!! えっッと……ああッ……そうだっ! ハァッ ハァッ あんた人間の世界で普通に暮らしたいんだろっ? よければ俺がさ──────



 ────…………ハハっ」


 必死に命乞いをしていたニタンだったが目の前に立つ人の言葉など到底通じるとは思えない姿と、それから向けられる1ミリたりとも揺らぐ様子のない殺気に次第に自分のやっていることがアホらしく思えてきて呆れて笑い出した。



 「それを望んでた子はもういない。…………だからもういい、除染してやる」



 青年はニタンを掴んでいた部分を髪から肌の露出している顔面に変え、彼を近くに合った柱に押し付けた。

 

 ニタンを押さえ付けている青年の手には逃げられない程度の最低限の力しか掛かっていなかったが、何故かニタンは今にも死にそうな苦しい表情をしている。


 その理由は、リャンガが皆同様みなどうように持つ【触殺しょくさつ】と呼ばれる能力によるものだった。

 肉眼だと緑白色のオーロラのように見えるリャンガの細胞が、人間の身体にうねるように流れ込んでいるのが確認できる。


 この時対象の体内では人間の細胞がリャンガ細胞に喰らわれており、危機察知した人間の身体はリャンガ細胞を無理矢理排出しようとするのだ。

 その際に一部身体の機能が停止するなどの拒絶反応が起きる。始めは目眩めまいや脱力・思考能力の低下程度だが、徐々に筋肉の硬直・運動機能の麻痺・損壊・吐血・身体の枯渇・意識消失などの症状が現れやがて死に至る。


 その際に見られるのが、人間の細胞を喰らったリャンガ細胞が赤色のオーロラのように変色し体外へと排出される光景だ。



「お前らみたいな人間の汚れた心も、その汚れた心で作り上げてきたこの腐った世界も……


 全部……お前らの血で洗い流してやるッ!!」



 グシャッ!!



 触殺能力で死ぬ寸前、青年は自身の手でとどめをさした。


 青年の目から流れていた少年への涙は一滴残らず雨に流されていた。

 そこに残り死体になったニタンを見下ろしていたのは憎悪と復讐心・残虐性の灯った、変わり果てた青年の姿に良く合う恐ろしい目だった。  


 

 少年を失い変わり果ててしまったこの青年・リャンガの名前は──【ネユマ・テタバンフェ】 

 『触殺時間』約2分

 『?』不明


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