第三話:守れない約束

 実を言うと俺は、元からリャンガだった訳ではない。


 7年前までは普通の人間として、今日眺めていたあのハレタカヨという街に俺も住んでいたことがあった。



 それから更に一年前……当時8歳だった頃─────

 

 

 その時俺が過ごしていた日々は、状況は違ったが今と変わらず大概たいがい良いものでもなかった。


 なぜならその年の始まり俺は自分にとって大切だった唯一のものを不慮ふりょの事故で失くし、既にそこから先の人生に生きる意味を見出だせなくなっていた……。

 

 物心がついた時から父親の姿はなく、俺の家は母と妹の三人暮らしだった。

 三人で過ごす日々はほのぼのとしていて温かく幸せなもので、そんな日々をくれた二人が俺の大切な唯一の存在だった……。

 

 以降そこに生きているという感覚はなく、俺は心に大きな穴を空けたままただ生きるという作業を繰り返す日々を送っていた……。

 


 そんな中、生前の母との約束を守るために仕方なく通っていた学校の帰り道───────


 「ほら、あの子よ」


 「えっ……と……どの子かしら?」


 「もーほらっ、いるじゃないの。

 あの女の子たちの後ろ、あの一人ぼっちの子よ」


 「ああ……あの子が……」


 「ほんっと、まだこれからだって言うのに可哀想よねぇ……。


 私たちも気を付けなくちゃね。自分達の子供達があの子みたいにならないように……」

 


 一人になってからたまに聞こえるようになったその雑音の前を通りすぎ少し歩いていると、不意に前で止まってる人の影が俺の視界へ入ってきた。


 不図顔を上げ見てみると、十字路になっている横断歩道の手前でさっきまで俺の前を歩いていたと思われる少女二人の内の一人が手を振りもう一人の方を見送っていた。


 「……」


 たまたま目に入っただけのどうでもいい光景を見た俺は、そのまま何事もなかったかのように角を曲がりミハリの後ろを通り過ぎた。

 

 帰り道ずっと後ろにいたリンロのことが気になっていたミハリは、振っていた手をゆっくりと下ろし心配そうな表情で一人徐ひとりおもむろに歩くリンロの後ろ姿を見つめていた。


 こんな素振りを見せているが、実際ミハリはリンロと一切の関わりを持ったことがなかった。

 

 ミハリにとってこれまでのリンロは、学校や外でたまに見かけるくらいの存在で。見かける度に人や動植物の手助けをしていたり、友達と遊んでいたりと優しくて元気な子だなと印象を抱いていたくらいだった。


 それが変わったのは、リンロの家族が事故で亡くなったことを聞いてからのこと。


 始めは周りの人達もリンロに対し惻隠そくいんの情を抱き声をかけたり手を貸そうとしたりと気を使っていたが、だがその度にリンロは「大丈夫」そう言って辛そうな姿など一切周りに見せることはなかった。


 そんな姿を見てか、大丈夫だろうと気にかける者はしだいに減っていた。

 

 それでもミハリがリンロを気にし続けていたのは、彼が以前とは明らかに違っていた様子に気付いていたからである。


 困ってる人を助ける優しい姿は変わらなかったが、そういう時以外リンロは人に関わろうとはしなくなっていた。


 最近のリンロはいつも独りでいた……


 独りになってから余計近きづらくなったが独りになってもまだ遠くに離れ続けている感じがして、このままでは手が届かなくなってしまうんじゃないかとミハリは気が気ではなかった。


 今日こそ声を掛けてみようとミハリは、気合いを入れリンロの後を追った……。



 二人の進んだ道の脇には、この先工事中と書かれた看板があった。この頃は丁度、街の発展計画が進められていた真っ只中であちらこちらで頻繁ひんぱんに工事が行われていた。

 

 



 二人の通った道の先では過去指名手配されていた男、【ウォガット・ジラヘホイ】という貴族が昔に建てたとされる図書館の解体工事の準備が進められていた───────

 

 なぜかそこでミハリはリンロへと声を掛けていた。


 しかもその掛け方は、彼女自身が思っていたものとはずいぶん違うものだった。


 「リン……ロくんっ……ねえ……あぶっ……ないからっ……」

 

 ミハリは防止柵の上に立つリンロのリュックを両手で引っ張り、工事現場に侵入するのを止めようとしていた。


 お互いに引き耐える中、しだいにリュックのヒモがリンロの手先へと近づいていき……次の瞬間。


 バッ!!


 リンロの腕から勢いよくリュックのヒモが外れ、その外れた勢いで二人はお互いに前後へと吹っ飛んでいった。


 ドサッ


 ドザァッ

 

 ミハリは自身が背負っていたリュックがクッションになったおかげで特にケガはなかったが、顔面から落ちていったリンロは、顔に擦り傷をつくり鼻血を流していた。



 少し離れた場所で簡易椅子に座っていた監視員の中年男【モシー】は音に気付き、持っていた双眼鏡で様子を確認した。


 「おっ、鼻血少年発見っ!」

 

 モシーがリンロのことを見つけた丁度、無線からの通信が入った。


 ピピッ


 「そろそろ起爆の方に移ろうと思うが、付近の安全はどうだ? 異常はないか?」

 

 「えっと……たった今、防止柵乗り越えた鼻血少年を発見したところです。直ちに鼻にティッシュブッこんで帰してやるんで問題はありません。

 異常はそれくらいなので、そのまま進めてもらって構わないっす」


 「了解した。それじゃあ今から10分後爆破を開始するから、少年の対応と安全確認の方を引き続きよろしく頼んだぞ」


 「イエッサーっ!!」


 無線が切れるとすぐに、モシーは自分の持って来た荷物の中からポケットティッシュを探し始めた。


 「ったく……チョコレートの食べすぎか?」


 そう言ってモシーが取り出し出てきたのは、ポケットティッシュ型の容器に入ったチョコレートだった。


 「まあ、チョコレートはウマイもんなっ。気持ちは分かるよ同士」

 

 その間リンロはうつ伏せで倒れたまま鼻血を垂らし、解体が行われる図書館の方をじっと見ていた。


 「…………」


 「おっ、あったあった」


 ようやくポケットティッシュを見つけたモシーが再度リンロのいた方を向くと、そこにリンロの姿はなかった。 

 

 「あれ?」


 その時リンロは図書館を目掛け勢いよく走り出していた。


 もしやと思いモシーは急いで辺りを見回したが、丁度付近にあった木や乗り物や建物などと重なりリンロの姿を捉えることはできなかった。

 

 そしてモシーは落ちついて状況整理を始めた。

 

 「………………!」

 

 

 タッタッタ……


 少ししてそこへやってきたのは、口元にご飯粒30粒程つけたモシーの後輩【ヒケ】だった。


 「先輩、休憩交代なんで。どーぞ」


 ヒケが監視役を代わろうと無線と双眼鏡を求めるもモシーはそれを強く拒んだ。

 

 「俺はついに見つけてしまったぞ、ヒケよ……」


 いつもながらどうせ録なことではないだろうと思いつつも、ヒケは聞き返した。

 

 「何を見つけたんですかぁ~?」

 

 「見ろ、このっ! 鼻血少年が見える双眼鏡だぁぁーっ!!」


 「……………………。


  早くその…………双眼鏡貸して下さいっ!!」


 あきれ果てたヒケが力づくで、モシーから双眼鏡を奪おうとすると。


 「おぉっい! こらっ! 髭ご飯っ! やめろぉーっ!!


 俺はな、今この【鼻血少年が見える双眼鏡】をオカルトオークション通称オカオクに出品してる途中なんだよっ!!

 邪魔を……ん? 画像を載せて下さい? よぉしっ! ヒケこれを持ってちょっとそこに立っててくれ」


 双眼鏡を受け取りとりあえず手に入れることができたと安心するヒケ。


 カシャッ


 「よしっ! 出品完了だっ!! さあ双眼鏡を返せ」


 双眼鏡を奪われないように抵抗しつつ、ヒケは出品画像に自分が写ってないか気になり念のため確認した。


 「ちょっとっ! なんすかこれっ! 俺の顔しか写ってないじゃないすかっ!!」

 

 超絶焦ってるヒケの指摘を受け、モシーは急いで出品画面を確かめた。

 

 「あっほんとだ……興奮しすぎてお前の顔画像で出品しちゃってた! あれ? しかも入札されてるぞ? コメント……人の頭の形をした双眼鏡なんて初めてです……入札します。どーすんだこれ?」


 監視員の二人が争っていた頃、リンロは爆破解体まで5秒前の時点で図書館の前まで来ていた。

 

 必死に辺りを見回し何かを探しているようだった。


 「3…………2………………1」


 ドォンッ!!


 爆発の音が幾度か続いた直後、上を向いていたリンロの目の前には瓦礫の破片が降ってきていた……



 ドシャアァーンッ!!!!


 

 図書館は崩壊し一瞬で辺りは砂煙に包まれた。

 



 それから少し時間が経ち砂煙が止んでくると、そこには瓦礫の手前でミハリがリンロへ馬乗りになっている姿があった────


 リンロが飛び出した後すぐミハリも後を追いかけ、降ってきた瓦礫からリンロを守ろうとミハリが庇った結果がその状況だった。


 そんなミハリをリンロは睨みつけ言った。


 「おい……何してんだよお前……」


 「…………じゃん」


 「ア? 聞こえねぇよ。何言ってんだよ」


 ミハリは泣きながら震えた声で言った。


 「死んじゃ……ダメじゃんって……言ったん……だよ。


 ちゃんと聞きなよばかっ!!」


 「は?」

 

 勘違いでも自分のことを心配して来てくれたのだと知ったリンロは、歯を食いしばり自分のとろうとした行動を止めたミハリへの感情を圧し殺した。


 別に死ぬつもりなんてなかったのに……そう思いつつ、一呼吸置いてミハリに言った。


 「人の生きてきた道も辿たどれねえやつが、勝手なこと言ってんじゃねえよ……。

 

 ……てか、お前がいなけりゃ……俺はあの猫を……」

 

 そう言ってリンロが崩れた建物の方を見ると、瓦礫の隙間からケロリとした様子の一匹の猫が出てきた。

 

 「ニャー」

 

 猫は生きていた。 


 (良かった……)


 それだけで良かった……それだけで安心できるはずなのに、なぜか俺の中にはまだよく分からないモヤモヤが残っていた。


 それは同時に、ミハリの言葉を聞く度に少しずつ消えていってる気がしていた。

 

 「……リンロくんの生きてきた道を辿れないのなんて……そんなの……当たり前じゃんかっ……。


 だけど……辿れないからって……この先ずっと何も言えないまま、今みたいなリンロくんを放っておくのなんて……そんなの……できないよ……。


 今のリンロくんに……何も言っちゃだめなんだったら……せめてこれからのリンロくんには……何でも言えるようになりたいっ。

 お願い……これからのリンロくんの道を一緒に辿らせてもらえないかな?」


 そこでモヤモヤが完全に消えてやっと俺は気付いた。


 俺はただ自分の死に何か理由を付けたかっただけだったんだと……。


 無意識に死を望んでいた俺をミハリは救ってくれたんだと……。


 何か懐かしい感情を取り戻したような気がした俺の目からは、涙が流れ出ていた。


 泣いているリンロにミハリが手を差し伸べると、リンロはすがるようにミハリの手に掴まった────────


 


 そのままミハリに連れられ俺はミハリの家へと来ていた。


 俺がミハリの家の前で待っていると、玄関から出てきた彼女の母親にミハリは必死に何かを訴えていた。


 数分経って二人の会話が終わるとミハリは俺の方に向かって走ってきた。それからまた俺の手を引っ張り、今度は家の中へ連れていこうとした。


 玄関の前まで行くとそこに立っていたミハリの母親は、俺に優しい笑顔を見せ頭を撫でて優しい声を掛けてくれた。

 

 「いらっしゃい」


 家の中へ入るのを躊躇ちゅうちょしていた俺の背中を優しく押して家へと招き入れてくれた。


 まずはお風呂に入るように言われ、お風呂に入れさせてもらった。お風呂から上がると他国に留学中らしいミハリの兄のお下がりのパジャマが用意されてあり、俺はそれに着替えた。


 着替えたあとミハリに連れられリビングに入ると、ミハリの母親が晩ご飯を用意してくれていた。

 久しぶりに温かいご飯を食べて少し感動した。


 それからテレビを見て、ミハリが俺に気を使って始めた遊びに付き合った。 

 ミハリの母親にそろそろ寝る時間だと言われミハリに連れられ寝室へと向かっていたが、そろそろ帰らなければと思っていた俺は切り出すタイミングを伺っていた。


 そうしてる間に寝室に着くと、そこには布団が川の字に敷いてあった。


 俺はそれを見て、母と妹との昔懐かしい記憶を思い出していた……。


 リンロは昔の生活に似た今が少し恋しく浸っていたくなり、帰るのを止めた。

 夢を見ていたのか夢を見ているのか、そんなフワフワした感覚のままその日は過ぎていった。

 


 次の日の朝、俺はミハリの母とミハリから一緒に暮らさないかという思いもよらぬ提案を受けた。


 俺には毛頭そんなつもりはなく、すぐに断ろうとした。


 「お気持ちはありがたいのですが、遠…………遠……遠…………遠っ……………………」


 遠慮しておきますの遠の字を言う度に、二人から発せられる無言の圧に俺は押し負けた……。


 「こんな迷惑の塊みたいな自分で申し訳ありませんが、どうかよろしくお願いします」

 

 こうして俺は半強制的にミハリの家に、お世話になることになった……。


 



それから日々ミハリやミハリのお母さんに支えられ続け、一年が経った頃───────


 「いってきまーすっ!!」


 「行ってきます」


 「いってっらしゃい」

 

 いつものように二人はミハリの母に見送られ、学校へと向かうため家を出た。

 

 「ほらっ行こリンロっ」


 ミハリに笑顔でそう言われたリンロは優しい顔で答えた。

 

 「ああっ」


 (おかげで俺は少しずつ変わることが出来ていた。

  

 そして自分でも……)




 学校の帰り道、二人はリンロがよく立ち寄る山の山端さんたんにいた。


 「俺……戻るよ」

 

 「え?」


 唐突とうとつなリンロの宣告にミハリは呆然ぼうぜんと立ち尽くしていた。


 「心が落ち着くようになってからずっと考えてたんだ……。 


 俺はミハリの生きたい道を邪魔しちまってるんじゃねえかって。

 このままミハリやミハリのお母さんに支えられっぱなしなのは、違うよなって」



 ミハリはすぐにでもそんなことはないと伝えたそうな様子だったが、その反面変わろうとしているリンロを見てないがしろすることもできず口をつぐみ黙って聞いていた。

 

 「それに生きる心取り戻してきたらさっ、急に今の自分が恥ずかしく思えてきちまったんだよ。


 だからもう俺に構わなくてもいいから、お前はお前の好きな道進んでくれ。

 んで良かったら、今度はお前のその道を俺に支えさせてほしい」


 リンロは立ち上がりミハリの方へ足を進めた。


 「本当に今までありがとなミハリ……」


 そしてリンロはミハリの向かいに立ち、手を差し伸べて言った。


 「こっからは支える番交代だっ」──────────


 


 「………………」


 俺はミハリへと差し伸べたその手を見ていた。

 

 (そう言ったのに……約束したのに…………)

  

 「こんな身体じゃ……もう……」


 リンロはミハリとした約束を隠すかのように、強く拳を握りしめた。


 それから俯き握りしめていた拳を額へと当てた。

 

 トンッ


 「くそ…………」



 

 ガサガサッ


 そう音がしたリンロの近くにある木の上では、謎の光る目がリンロを覗いていた……。

 

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