第一話: 動けない傍観者


 【ハレタカヨ】この街には少し風変わりな場所がある。


 例えばここ、エンクローターズ育成学園とか。


 放課後、そこの屋上に一人の少女がいた。

 綺麗な薄柑子色うすかんじいろのショートボブの髪にオレンジジュース色の瞳をした齢16の彼女はそこに通う訓練生、声木ミハリだ。


 彼女は一人空を見上げ、幼い頃の記憶に返っていた。


 

 《とある山の山頂────

 山端さんたんに座り景色を眺める少年と、その少年を見守る幼き頃のミハリ》


 「ほんと、リンロは景色を見るのが好きだね」


 ミハリがそう少年に話かけると、少年は少し反応が遅れてから答えた。


 「ん? ……ああ………別に景色が好きな訳じゃないよ。

 こうやって広い景色見てるとさ、自分を見つめなおせるんだ。 

 んでもってそれで今自分がどんな命か分かれば………

 


 ……変われる気がするんだ」



 ばッ!!


 「!?」


 急に視界が真っ暗になり我に帰るミハリ。


 「ほんっと、好きですなぁ~ミハリはぁ~…………」


 一瞬驚いた様子のミハリだったが、毎日のように聞き慣れたその声を聞いた途端一切動じなくなった。


 「…………」


 ミハリの背後にいたその少女は、ミハリの目から手をどけると大きな一歩を踏み込みミハリの前へと出て言った。


 「宇宙人っ!!!!」


 このミハリの目の前に立つ水色のチューリップのような髪にタンクトップ姿の天真爛漫てんしんらんまんな少女はミハリの親友、水庭みずにわトヨニである。


 「さてさてぇ~~~っ。そんな宇宙人大好き声木ミハリさんのためにっ! 私水庭トヨニが昨晩TVショーにて会得した、宇宙交信術をお披露目ひろめして差し上げましょーーーっ!!」


 (今日は宇宙人……一体何をするんだろう?)


 度々開かれるこの水庭トヨニの勘違いショーを、ミハリはひそかに楽しみにしていた。


 「ご覧くだチュン」


 次の瞬間、トヨニの目からは謎の光線が空を目掛け発射された。


 「チュンチュンチュンチュンチュンチュンチュンチュン………」


 始めは唖然あぜんとしてその様子を見ていたが、次第にその意味不明な状況がミハリのツボに入った。


 「なんかスズメみたいっ」


 そんな平和な二人の空間の上空に突如、小型UFOに乗った貫禄かんろくのあるスズメが現れる。


 「チュン?」


 (おや? おかしいぞ? このあたりから世界中のスズメ達の助けを呼ぶ声が聞こえたはずなのだが………まあ何もないならそれでいい。ワハハハハハハっ!!)


 「ノルナーノルナーノルナー」


 (おかしいな? このあたりからの通信があったんだけど途絶とだえてしまった。確かにあれはムチャオッチャン星に探索に行って、帰ってこなくなったオヤジーからの通信だったのに……カナシ)


 日々誤解ひびごかいを繰り返すトヨニにミハリがついに言った。


 「違うよトヨニ。これはただ自分調整してるだけだよ」


 不思議そうな顔でミハリを見つめるトヨニ。


 「ほい?」


 既にトヨニは理解できていないようだったが、ミハリは説明を続けた。


 「いつも時間がある時にね、こうやって広い景色見て自分を見つめなおしてるの。それで今自分がどんな人間か考えて、ダメなところを変えるようにしてるんだ」


 するとトヨニは驚愕唖然きょうがくあぜんな表情を見せ、その後すぐに何かを悟り言った。


 「まったくもう……私にいつもバレて恥ずかしいからって、そんなバレバレな嘘つくんじゃないよっ。


 だって私にとっちゃミハリはね、才色兼備さいしょくけんびっ! 温柔敦厚おんじゅうとんこうっ! ペキッ《完璧》ちゃんなんだからっ!! それにっ! 今までミハリに変えてほしいと思ったところなんて1個もないよっ!」


 そう親友にほこらしげに自分の事を語られたミハリは、嬉し困ったような表情で言った。


 「あるよ………いっぱい……」


 (私がこれをするようになったのは7年前………。

 私にそれを教えてくれた少年が、行方不明になったあの日からだ。


 どこにいるんだろう…………リンロ……)




 場所は街より幾分いくぶんか離れ、立ち入り禁止区域とされる森を抜けた先にある小さな山々に囲まれた大きな廃国はいこくへと移り変わる。



 廃国の名は――――――【ロコイサ王国】



 ロコイサ王国内、一の目が描かれた領地の一角にかつて演舞場えんぶじょうとされていたとされる広場がある。

 そこのもっとも眺めのよい最上席では、ロコイサ王国の紋章が刻まれた旗が風になびいている。


 よく日の当たりそうなその場所には朝から口の付けていない少し乾いた一個の果実を手元に置き、遠く街の見える景色を眺める少年の姿があった。


 「あーーーー。

 

 ほんと、この世界で一番最低な命だな………俺」


 (この景色を見ると、いつもそう思わされる)


 俺の名前は、錬寧想れんねいそうリンロ。


 俺がここに来てからずいぶん長くなるが、ここに居座るようなやつは俺以外誰もいない。人間もリャンガも。ちょこちょこ来るやつはいるけど……。

 まあその分、気も使わずにいられるこの場所の居心地は悪くない。      


 ただ俺の人生の終着地としてこのまま止まったままここで人生を終える分には、少々息がまりそうなところはある。

 別にリャンガだからといってこんな場所で一生を終える必要もないんだが……そこは俺がおかしいだけだ。


 世に認められていない存在とはいえ、気を付けて生活していれば人々と遜色そんしょくなく馴染んで生きていけるだろうし、リャンガという自身の存在を割りきれば力を使って自分の居場所だってつくることも可能だろう。

 考え方が違えば、その力を振るって人々をおびやかすようなやつらだっているはずだ。


 そんな生き方だってあるのは分かる。

 それでも俺がこんなところにいつまでもいるのはきっと、俺が人間だった頃にできちまった人間性のせいだ。

 そんでそれをより強固きょうこなものにしているのが、今の俺の存在。

 俺は……ほんの一瞬触れただけで人を殺せるだけのリャンガの細胞濃度を持ってるリャンガだ。

 

 それが過去の俺に教えられた現実……。

 向き合うこともできず、傍観ぼうかんすることしかできない俺の現実なんだ。





 

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