第6話 番外編 利衣太が残したかったもの…の件

 僕の名は理衣太りぃた。何人かの飼い主を経て今はかやちゃんと住むことになって2年が過ぎた。


『理衣太』それは僕の小さい頃からの呼び名。最初の飼い主がつけてくれた名前は『りい』。かやちゃんは、それを知ってて最初に出会った時から僕のことを『りぃた』って呼んでた。それも勝手に漢字に変換してた。

かやちゃんに会ったのは12年ぶり。本当に仔猫の時に会ったきりで久しぶりの再会だった。久しぶり過ぎて、かやちゃんのこと忘れてたけど『りぃた』って呼ばれて思い出した。


最初の飼い主が猫アレルギーになって知り合いに託した、託された人とは長く暮らした。その人は長期休暇の時には新幹線や車を使って実家に連れ帰ってくれた。実家の人達も可愛がってくれて楽しい思い出が一杯あった。


でも楽しい思い出だけじゃなかった。その人は仕事で毎日朝から夜まで留守にしてたから、1人で待つことが多かった。寂しかった…。それ以外にも留守番してる時に泥棒が入ってきたり、猫嫌いなお客さんが来てゲージに入れられっぱなしになったこともあった。

でもさ、休日には遊んでくれるし僕のことを嫌ってしたことじゃないって分かってるから、それで良かったんだ。


楽しい時間だったんだけどさ、その人の相棒が猫アレルギーになったんだ。その人は僕より相棒を選んだ。10年一緒に暮らしたけどあっさり手放すことが出来るんだ。その人にとって僕はどういう存在だったんだろうね…。


僕は行き場を失った。とりあえず、最初の飼い主のところに戻されて新しい飼い主を探してくれた。最初の飼い主はアレルギーがあるから長居はできない。新しい居場所を探してくれたけど…。


大人になった猫を引き取る人も少なくて、里親がなかなか見つからなかった…。

どうにもならなくなって、里親ではなくてお金を払って面倒をみてくれる人のところに預けるって話が決まりかけた時だった。


最初の飼い主は、愛猫と愛犬を亡くして凹んでるかやちゃんに相談した。かやちゃんはまだ亡くなった犬猫への気持ちの整理はできてなかったらしい。でも仔猫の頃から知ってる僕が行く場所がないと聞いて即決で里子に迎えてくれたんだ。


かやちゃんと暮らし始めた時は、ばあちゃまとかやちゃんと3人暮らし。

自由に過ごせるし、猫にとって必要なものも揃っててなに不自由ないご機嫌な暮らしが始まった。

時々気に入らないことをされるので、その時は爪で抵抗した。

かやちゃんの手は僕の爪の犠牲になって毎日何本もの爪の跡が残ってた。そんな時でも、かやちゃんは痛そうにしていても僕のことを叱ることはなかった。ただ僕のことを凶暴猫と紹介するようになってたけどね。


そんな僕が外に行くと色んな人と仲良くできることが分かってから、かやちゃんは僕専用のカートを用意してくれた。このカートで病院も行ったしカフェも行ったよ。

カフェでは他のお客さんが可愛いって言ってくれてチヤホヤされた。おやつを貰ったり、ナデてもらったり、まるでアイドルみたいだった。楽しかったなぁ。


3人暮らしに慣れた頃、突然ばあちゃまの姿を見なくなった。

しばらくしてばあちゃまの写真と小さい白い箱が来た。その箱はばあちゃまの匂いがする気がした。

こんな小さな箱にばあちゃまが入るわけないし、不思議に思った僕は何度も何度も匂いを確かめたけど懐かしいばあちゃまの匂いだった。


その日から、かやちゃんと2人暮らしになった。2人になってからは

「2人で仲良く生きていこうね!」

いつもは強気のかやちゃんが懇願する様に僕に話しかける様になった。その言葉は、かやちゃん自身を鼓舞するために言ってる気がした。だから僕もかやちゃんと2人で生きていきたいと願った。


その頃のかやちゃんは仕事で外に出ていくことが多くて1人でお留守番することが多かった。これまでばあちゃまが居たから寂しくなかったけどお留守番が増えた。前の飼い主のところで1人でお留守番には慣れてた。慣れてたと思ったのに…。

かやちゃんちに来てからは、ばあちゃまがいたから1人でお留守番することがなくなった。慣れてたはずの1人でお留守番がとても寂しく感じる様になってた。

でも休日には一緒にお出かけも増えたし、おうちでも遊んでくれたし楽しい時間も増えた。凶暴猫と呼ばれることも減ってきた。


かやちゃんと仲良くネンネしたり見つめあうこともするほど仲良くなったんだ。

これからも一緒に仲良く長く暮らすつもりだったんだ。


でも…。なんだか変なんだよ。今朝までは元気だったのに。息苦しい…。何が起きてるの?かやちゃん…まだ帰って来ないよね。


僕がここに来てまだ少ししか経ってない。でもすごく仲良くなれたと思ったのは僕だけかな。

かやちゃんにはどう思ってたんだろう…。僕が来る前20年一緒にいた先代の猫とサヨナラしたった聞いた。すごく仲良くしで一緒に寝てたし、怪我させることもない出来た猫さんだって聞いた。以心伝心で本当の親子の様だって言われてたみたい。


僕とは正反対。

今になってやっと心が通じてきたと感じ始めたところだったんだ。これからもっと仲良しになって先代猫に追いつこうと思ってたのに…。かやちゃんの心に残る子になれたかな?

僕のせいで一杯怪我したよね。痛かったよね…。怒ってない?許してくれる?


まだ帰る時間じゃないよね。でも、かやちゃんに苦しんでるところを見られなくて良かった。驚くと思うけど、何も出来ずに苦しんでる姿みてることの方が辛いよね?


なんだか暗くなってきたなぁ。ん…もう動けない…。

逝かなきゃだ…。

ごめん、かやちゃん。もう一緒に暮らせないみ…た…ぃ…。



「ただいま~!理衣太帰ったよ~」僕を探す声がする。

「どうしたの?変なところで寝て…」

僕を見た瞬間、かやちゃんの顔色から血の気が引いて動きが止まる。

茫然自失のかやちゃんは僕を抱きしめたまま動かなかった。

「理衣太…。理衣太。約束したのに。一緒に暮らそうって言ったのに。1人にしないで!」

かやちゃんの嘆きが伝わる。僕、愛されてたんだね。良かった。


ありがとう、かやちゃん。

短い間だったけど、僕…幸せだったよ。

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