11



side.Subaru





「…はぁ……ッ…」


一度深呼吸し、覚悟を決めて玄関のドアを開ける。



一歩中へ踏み入ると…

室内には、何故か異臭が漂っていた。







「円、サン…?」


それが何か焦げた臭いなんだと気が付いて。


はっとして俺は、急ぎ靴を脱ぎ捨て…

奥へと向かおうとした矢先に────…





ガシャ─────ン…!!!



『あっ…つッ……!』



キッチンから、けたたましい金属音が響いたかと思うと。すぐさま円サンの悲痛な声が耳に届いた。







「円サン…!!」


勢い良くリビングのドアを開け放ち、

キッチンへと駆けつけると…





「つぅ……ッ…」



床に散乱した鍋には、

もくもくと蒸気が立ち込めていて。


そのすぐ横で苦しそうに蹲る…

円サンの姿があった。







「円サン…!大丈夫ですかっ!?」


「…昴くっ……」



エプロンを身に着けた円サンは、

俺の声に気付いてこちらを見上げると…


バツが悪そうに顔を歪めたかと思えば。

途端に目尻に涙を浮かべ始めた。






「…ごめッ…オレっ……」



何か告げようとする円サンを遮り、

俺は赤くなった手を取って、シンクへと導く。





「昴クンっ…」


「…いいから、先に冷やして。」



水道から水を出し、

円サンの火傷した手を冷やす。



手の甲全体がうっすら赤くなってはいたが…

大事には至らないようだった。








「他に…怪我は?」



顔覗き込むと…節目がちにも首を横に振って答えた円サンに、ホッと胸を撫で下ろす。




改めてキッチンを見渡せば…

辺り一面なんとも悲惨な状態で。


床は水浸し、シンクには焦げた鍋幾つかが放置され…

まな板上には皮も剥かずぶつ切りにされた、野菜らしき物体が散らばっていた。







「急に…どうしたんですか…?」



不器用だからと、今までまともに台所へ立つことなんてなかったのに。



元気なく項垂れる円サンに問えば、

小刻みに肩を震わせて。


ぽたぽたとシンクの中に、涙の粒を落としていった。







「ご飯っ…作りたくって…」


嗚咽混じりに、

必死で答える円サンを黙って見守る。





「オレだけ何にもしてあげられないしっ、昴クンも忙しそうだから、何かお手伝いしなきゃって…」


「……………」


「オレなんにも取り柄ない、しっ…バイトのオーナーさん美人で、昴クンとスッゴくお似合いだったから…俺不安で、怖くなって…」



本格的に泣き出してしまった円サンを見て。

堪らなくなるオレは、頭を抱き寄せくしゃりと撫でてあげる。


すると円サンは躊躇いながらも、

俺の胸へと擦り寄ってきてくれた。



それは久し振りの、恋人からの接触だった…。









「ごめっ…オレ、結局何にも出来なかった…ごめんねっ…」


「円サン…」


「キライにならないで…オレ頑張るからっ!だから────」



耐え切れず、その唇を塞ぐ。


無我夢中で口内に侵入し…舌を絡めれば。



流れっ放しの水音に混じって、

荒々しいキスの音がキッチンに響き渡った。

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