第34話 三つ巴

 崩れたビルの中から現れたオーガは一体だけだ。しかし、その一体が規格外。あっという間に能力者であるマサオの首をはねてしまった。


 オーガとカオル、そして俺の三つ巴だ。


 巨大なオーガは俺とカオルに睨みを効かせたまま動かない。一方のカオルは──。


「燃えなさいッ!」


 右手から青白い炎を放出し、俺とオーガに向かって薙ぎ払う。飛び退いて躱すがそれは蛇行しながらどこまでも追ってくる。クソっ! 厄介な。


「オラッ」


 苦し紛れにカオルに向かって投石をすると、左手で炎の盾を形成し、防いでしまう。なんでもありじゃねーか。あの炎。


 ──ドシャッ!


 巨大な瓦礫がカオルに向かって投げられる。オーガだ。流石にカオルも今度は飛び退く。これはチャンスか──。


「セルフ・リミッター解除リリース!!」


 俺の身体が青い光に包まれた。そして、タガが外れた。


 一気に飛び込み、体勢が崩れたままのカオルに迫る。


 ドンッ! と俺の右の拳がラバースーツにめり込んだ。


 ──仮面の奥の瞳が光る。


 とたん、俺の拳が青白い炎に包まれた。


「チッ!」


 慌てて飛び退き炎を払う。クソッ! 何処からでも炎は出せるのか?


 ──ドシャッ!


 今度はこちらに瓦礫が降ってきた。オーガにとって人間は全て敵か……。


 距離を取り、ニコから渡されていたリュックを漁る。何か、この状況を打開出来るようなバフアイテムはないのか? 俺の最低限の勝利条件は、スマホとアクションカメラをカオルから取り返し、ニコと一緒に離脱することだ。これを達成出来る何か……。


 これだ!!


 八本足の嫌われモノ。こいつを食えばきっとあのバフ効果があるはず……。


 俺は魔物化した女郎蜘蛛をリュックから取り出す。そして、勢いよく齧り付いた。


 上品なレバーのようなまったりとした旨味にたまに苦味が混ざる。生のままだし、下処理もしていないからな。多少の雑味は仕方がない。


 巨大なオーガは相変わらず瓦礫を投げつけ、カオルはそれを躱しながら青白い炎で応戦している。お前等、待っていろよ。俺がこの状況をひっくり返してやる。


 身体に力が漲る。バフの効果が現れてきたようだ。そして、何故か臀部、そう、お尻の方が熱くなってきた。一体、どういうことだ? ス○イダーマンよろしく、手から糸が出せるようになるのでは?


 ──ドシャッ!


 ──ブワァッ!


 オーガの投擲とカオルの炎が益々激しくなり、こちらにもやってくる。そして、俺の尻は熱をもって、限界だ……。


 正常な状態なら、躊躇ったかもしれない。しかし今はセルフ・リミッター解除リリース状態。タガは外れている。


「お前等、覚悟しろ!!」


 俺の怒声にオーガとカオルの動きが一瞬止まる。今だ!


 俺はズボンを脱いで尻を二人の方に向けた。


「ウオオオオオオオォォォォォォー!!」


 俺の臀部から射出されるのは蜘蛛の糸。しかも、とんでもない量だ。中空を糸が舞い、オーガとカオルの悲鳴が響く。


 出る。出る。まだまだ出る。


 やがて、悲鳴すら聞こえなくなった。



「……打ち止めか」


 五分ほど経ってようやくバフの効果は切れ、俺はズボンを穿いた。


 夜が明けようとしていた。白んできた空により、残酷な風景があきらかになる。


 光沢を持った糸が辺り一面を覆い、あらゆるものが囚われていた。オーガやカオルさえも。


 糸に絡まり、地面に転がっていたカオルに近づく。どうやらこの糸には能力を封じる効果があるようだ。カオルは炎を出せないでいる。


「気分はどうだ?」


「……わ、私をどうするつもり?」


 仮面の奥の瞳に怯えがみえた。


「ふん。お前みたいなカタチから入るタイプの変態には興味がない。何もしない。いや、してやらない」


「な、なんですって!」


「スマホとカメラを返してもらうぞ」


 カオルの首元からアクションカメラを外し、腰のサコッシュを漁ってスマホを取り返す。


 さて、問題はオーガとニコだ。


 ニコはマサオの死体の近くで気を失ったままだ。近寄ると血の臭いが鼻をつく。


 俺はニコを抱き上げた。大丈夫だ。呼吸している。


「おい、ニコ」


「……」


「ニコ、大丈夫か」


「……ルーメン?」


「そうだ」


 目を開けたニコは眩しそうに俺を見る。


「どうなったの?」


「お前を襲った男は死んだ」


「ルーメンが?」


「いや、俺じゃない。ビルの瓦礫の中から現れた馬鹿でかいオーガがやった」


「オーガ?」


 そう言うと、ニコは自分の足で立ち、辺りを見渡した。そして、糸に絡まり地面に転がっているオーガにゆっくり近寄る。


「ルーメン、ナイフかして」


「どうするつもりだ?」


「糸を切ってあげる」


「危険だ。襲われるぞ」


「大丈夫」


 振り返ったニコの瞳は真剣だ。じっとこちらを見つめて、譲らない。


「……分かった。俺がやる」


 オーガに近寄ると、その様子がおかしい。怒りに満ちていた目は、ひどく頼りないものになっていた。


 少しナイフで糸を切ると、オーガは自力で振り解き立ち上がり、後退りをするように距離を取った。そして、無言でニコを見つめている。


「……オ、オ前ハ……」


「ニコだよ! 人間とオーガの間に生まれたの。あなたは?」


「……オーガダ」


 そう言うと、オーガは俺達に背を向けた。そして、大きく跳躍して瓦礫の向こうへと消えていく。


「ニコ、あのオーガがお前の……」


「わかんない! でも……」


 朝日が一瞬、ニコを照らした。


「ちょっとだけ優しい目をしてた」


「あぁ。そうだな」



「……ルーメン、渋谷集落の男達が戻ってきてる」


 ニコの視線の先には人影が見える。遠巻きに俺達の様子を窺っている。いつまでも現れないカオルとマサオに異変を感じて見に来たのだろう。


「この女の処分はあいつ等に任せよう。ニコ、行くぞ」


「うん!」


 もうとっくに明るいのに、ニコは暗闇の中をいくのと同じように俺の手を握り、何処かへと歩き始めた。

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