第33話 夜行

 ニコに手を引かれて十五分。かつて、若者で賑わっていた渋谷の街はただただ瓦礫の山だ。


「あれ!」


 暗闇の中、松明の光がゆらゆらと揺れながら列をなしている。


 オーガ討伐隊が明治通りを下り、渋谷駅跡に向かって進んでいるのだ。


「ルーメン。あいつら、車と一緒だ」


 夜目も効き、目が異常によいニコが驚いたように言った。


「どんな車だ?」


「でっかくて、長い。なんかイモムシみたい!」


 ……イモムシみたいな車。なんのことだ? まさか、タンクローリー?


「縄をつけてみんなで引っ張ってる。何してるんだ? あいつら」


 ……タンクローリーを爆発させるつもりか? オーガのいるビルに突っ込んで……。


「ニコ、あの一番高いビルにオーガ達はいるんだよな?」


 お前の父親も……。


「そーだぞ! オーガは高いところが好きだからな!」


 大江山の酒呑童子を気取ってか? もう竣工して百年近い高層ビルだ。ボロボロになっていてもおかしくない。近くで爆発なんてあったら……。


「ニコ、仮面をつけた女はいるか?」


「うーん? 見当たらない……。あっ! 車がビルにぶつかる!!」


 にわかに松明の灯りが乱れ、蜘蛛の子を散らすようにビルから遠ざかって行く。そして──。


「あそこ!」


 ニコが指差した先、宮益坂交差点に青白く輝く巨大な火の玉が出現した。カオルの能力か? それは人魂のようにゆらゆらと揺れながら宙を漂い、ビルへと近づく。そしてタンクローリーを照らす。


 ──最初は控えめな音がした。


 その後、大気が破裂し、熱風が明治通りを抜けた。


 月の光に照らされたビルはゆらゆらと揺れ始める。


 それは次第に大きくなり、自壊が始まった。


 地面がぶれる。


 炎が粉塵を飲み込んで舞い上がり、ビルが……ゆっくりと沈む。


「ルーメン! ビルが!!」


「……あぁ」


「行かなきゃ!」


「待て!」


 ニコが急に走り始めた。


「止まれ! 巻き込まれるぞ!」


 ニコはこちらを振り返りもせず、ぐいぐい加速していく。必死に追い掛けるが、離される。バフは効いているのに……。



「あらっ? ルーメンじゃない?」


 ビルまであと百メートルというところで、女の声とともに青白い炎が走り、俺の行手を阻んだ。


 月光が照らすのはラバースーツの男女。女はアクションカメラを崩れ落ちるビルに向けている。


「今、急いでるんだが?」


「あら、あの女の子に用かしら……? マサオッ!」


「はいっ!」


 マサオの身体が青い光につつまれる。


 ──ヒュン。


 馬鹿な。消えた……?


「きゃあああ!」


「ニコッ!」


 ビルの炎がニコとマサオを照らす。不意をつかれたニコがゆっくりと崩れ落ちた。


「テメェ!!」


 ──ヒュン。


 渾身の拳が空を切る。ニコの姿もない。


 振り返ると、マサオと呼ばれる男がニコを肩に担いで笑っていた。こいつ、高速移動の能力者なのか?



 ──ヴォォオオオオオオオオオオー!!


 突然、咆哮がビルの炎の中から上がった。その場の全員が何事かと息を呑む。


 炎を割ってビルの残骸から現れたのは、一際体の大きなオーガだった。額の角は長く天を突き、怒りに満ちた赤い眼が強く光る。


「くるわよっ!」


 カオルの声と共に巨大なオーガの姿が消えた。そして、次に現れたのは──。


「マサオッ!」


「──なっ」


 それがマサオの最後の言葉だった。軽く振るわれたオーガの右手が呆気なくマサオの首をはねた。頭部はくるくると回転しながら宙を舞い、落下と同時に身体も倒れ、ニコが地面に投げ出された。


「貴様ラ、許サンゾオオオオ!!」


 俺はポケットからハリガネムシを取り出し、それを噛み締めながら覚悟を決めた。

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