第20話 いかれてる

「少しいいか?」


 一条院はまた、食堂でカレーをかきこんでいた。この集落は香辛料の栽培が盛んだ。食堂ではカレーが出ることが多い。


「……なんだ?」


 俺がテーブルにつくと、一条院は少し眉間に皺を寄せた。しかし気にしない。配信者ってのは図太いのだ。


「そう警戒するな」


「また、人の食事中に虫を食い始めるんじゃないだろうな?」


「それは……振りか?」


 ベストの中から最近捕まえたカメムシの乾物を出そうとすると、「やめろっ!」と本気で一条院に止められた。カメムシ、美味しいのに……。


「……で、何の用だ?」


「オークについてだ」


 カレーを食べる手が止まる。そして頭を掻いた。


「討伐隊は組まないぞ。狩猟チームや漁業チームからは何の報告もない。わざわざ奴等のテリトリーに出向くようなことをしなければ、被害はない。前回の討伐ではこちらにも大きな被害が出たんだ。迂闊なことは出来ない」


「心配するな。討伐隊なんて望んでいない。映えないからな。ただ、情報が欲しい」


「また配信の話か。気楽なもんだな。ルーメンは。……で、オークのどんな情報がほしい?」


「奴等の集落の場所や規模、それに組織について知りたい」


「……何をするつもりだ? まさか一人で乗り込むつもりか?」


 カレーは一向に減らない。


「危なくなったら逃げるよ。この集落に迷惑がかかるようなことはしない」


「いかれてやがる……」


「褒め言葉として取っておこう。で、どうなんだ?」


 一条院は諦めたようだ。深く息を吐く。


「三年前に討伐遠征に出た時の情報だ。今はどうなっているかは分からんぞ。それでもいいか?」


「もちろんだ」


「奴等の集落は蒲田の下田中学校。当時は約100体のオークが住んでいた。ボスは片目の潰れたハイオークだ。前回の討伐ではこいつに逃げられた」


「そいつが戻ってきて、また活動を再開したと」


「その線が濃厚だろうな」


「有益な情報、感謝する」


「……本当に一人で行くのか?」


「その方が盛り上がるだろ?」


「いかれてやがる……」


 一条院はまたそう言って、冷めたカレーを食べ始めた。俺は虫を食べることなく、席を立った。



#



「あれ? ルーメンさん! こんなところで何をしているんですか?」


 大井町集落の外に流れる川のほとりに座り込み、オークの集落について考えていた時のことだ。聞き覚えのある女の声がした。


「……なんだ。世奈か」


「なんだ。って、地味に傷付くんですけど! もっと優しくしてください!!」


「無理だな。視聴者はそーいうのを求めてないんだ」


「もう! また視聴者とか言ってる!!」


 世奈の周りには十人ほどの男達がいた。大きな猪を棒に縛って運んでいる。狩猟の帰りのようだ。


「今日は狩か。精が出るな」


「はいっ! 私、弓が上手みたいで!! 凄いんです!!」


 そう言って肩に掛けた弓を誇らしげに見せる。何かしらの成果を上げたようだ。


「周りが待ちくたびれてるぞ。早くいけ」


「あっ、はい!! 失礼します!!」


 世奈は既に動きだしていた男達の後を追って小さくなる。そしてやがて、見えなくなった。


 ──静寂。と、それを破るモノ。カサカサと音がする。


 土手の草を掻き分けて出てきたのは猫ほどの大きさのあるカマキリだった。こいつはデカい。鎌に挟まれたら大怪我をするかもしれない。


 しかし相手は一匹。バフがなくても大丈夫だろう。腰のホルダーからサバイバルナイフを抜いて構える。


 カマキリがこちらに気付く様子はない。酩酊したように怪しい足取りで川に向かって歩いていく。水を飲むつもりか?


 カマキリはいよいよ淵に辿り着き、水面を睨んだ。そして──。


 ポチャン。


 川の中で弱々しく動く。もう諦めたように。


 カマキリ……川に飛び込む……まさかっ!!


 俺は慌てて川に飛び込み、既に死にかけていたカマキリを水から上げた。その尻からは何かがニュルンと出てきている。まるで黒い針金のようだ。


「こいつは面白いバフが期待出来るぞ!!」


 ふふふ。見ていろよ。最高の配信をお届けしよう。


 俺は足取り軽く大井町集落へと戻った。

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