第21話 偵察と……

 午前七時。双眼鏡の視界の先には中学校の校庭がある。そこでは、オークの集団が等間隔に広がって体操をしていた。数えると百体はいる。この組織力……手強いな……。


 体操が終わると五体で一つの組となり、それぞれでミーティングを始める。いわゆる朝会だろうか? 規律正しい会社の朝の光景を見ている気分だ。大井町集落より、よほど組織立っている。


「お前も朝の体操をやっていたのか?」


「……イエス。ボス」


 俺の隣に立つ豚面のモンスター、オークがぼんやりとした表情で答えた。


「流石に二対百だと勝負にならないな」


「……イエス。ボス」


「何体か連れてきてくれ」


「……イエス。ボス」


 抑揚のない声で答えると、オークは中学校に向かって歩き始めた。……とても忠実だ。駒としては申し分ない。


 小さくなるオークの背中を見送ると、俺はまた双眼鏡を構える。


 校庭の台に上がって何やら偉そうに指示するオークが見える。その体は普通のオークよりも一回り大きく、左眼に大きな傷があった。……ハイオーク。こいつがボスか。


 右手に持った重厚なハンマー。こいつで叩かれると、カブトムシのバフでも危ないかもしれない。


 しかし、リスクのないところに視聴者は集まらない。俺はこの戦いで同時接続数十万を目指す。最高の絵を見せてやる。


 俺はベストから黒く細長い虫の干物を取り出し、ゆっくりと噛み締めた。そうすると、バニラのような甘い香が広がる。アルコール成分はない筈なのに、カッと身体が熱くなる。まるで上等なウィスキーを飲んだような感覚。


 俺は、この虫に命をかける。



#



「皆さん! おはようございます!!」


 早朝六時だというのに、配信と同時に接続数は五万人を超えた。今もその数字は増え続けている。


「本日は予告した通り、オークの集落を襲います!!」


 地面に書いた『オークつぶす……』の文字をカメラに映すと、コメント欄が加速した。


 しかし、盛り上がるのはこれからだ。カメラは次の文字を映す。


『with オーク』


 コメント:オークをつぶすwithオーク!?

 コメント:どゆこと!?

 コメント:えっ、オークを食べたの?

 コメント:ルーメンさんが変になったー!!

 コメント:ルーメンはいつもおかしいから……

 コメント:まともなルーメンは死んだルーメンだけだ


 凄く失礼なことを言われたぞ! 糞コメント欄の住人どもめ! この絵を見て驚け! ──ドンッ!!


 コメント:オークがいっぱい!!

 コメント:十体以上いるぞ

 コメント:なんでオークと一緒に!?

 コメント:なんか、目が死んでない?

 コメント:目が虚だな。このオーク達……

 コメント:ルーメンさんよ、何したんだ?


 ふふふ。気が付いたか。流石は俺の視聴者達だ。目敏いな。俺がこのオーク達に何をしたかって? それは──。


『ハリガネムシのバフで洗脳!! ※ハリガネムシはカマキリの体内に寄生してカマキリを操作します』


 コメント:えっ、なんて?

 コメント:ごめん……もう一回

 コメント:んな馬鹿な。

 コメント:いや、引くわ

 コメント:やることが全部悪役なんよ

 コメント:ウオオオオオオー! 面白そう!!


 なんだよ!! 引くなよ!! 十体のオークを集めて洗脳するの、めちゃくちゃ大変だったんだぞ!! この一糸乱れぬ動きを見て驚け!!


「ルーメンオーク隊、気をつけ!」


 ビシッ! とオーク達が体を正し、音が響いた。


「ルーメンオーク隊、回れ右!」


 コメント:おお、めっちゃ動き揃ってる

 コメント:洗練されてる!

 コメント:いや、洗脳だろ……

 コメント:で、こいつらと一緒に戦うってこと?

 コメント:ルーメンを敵に回すと最悪だな

 コメント:うひゃひゃーおんもしれええ!!


「ルーメンオーク隊、前に進め!!」


 この道の先にはオーク達の集落、下田中学校がある。そこに向けてルーメンオーク隊は二列になって進み始めた。軍靴の音が聞こえた……。

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