第10話 因幡の国忠臣 木島吉嗣02

「木島殿、待つのじゃ」

 その手は平手殿の手だった。

 大殿の時は四天王の一人に数えられていた武人だった。

 ただ、歳には勝てず、最近は戦場にでることはなく、若殿の教育係をしていると聞いている。

 それと若殿が猫になっているのと同じく、平手殿も猿の獣人となっていた。

 

 わたしは遠征をしていて獣化しなかったが、この城にいたものは全員呪いをかけられている。

 これも若殿がついていないところ。

 このタイミングで獣化の呪いをかけられるとは。

 

「しかし、若殿だけでも逃がさないと。

 因幡の国は滅びてしまいます」


「いや、若は民を見捨てて自分だけ逃げるなんてできる人ではないのじゃ

 若はもう覚悟を決めておられるのじゃ」


「それでは、九里と戦うと…」


「もし、やつらが攻めてくるとなると、そういうことになるじゃろう」


「わかりました。

 わたしも大殿に恩がある身。

 ともに戦い、立派な最期を迎えましょう」


「死ぬのもいやだし、たたかうのもいやニャン。

 そろそろお昼寝の時間にゃん」

 いや、全然覚悟を決めているとは思えないが。

 こいつは猫だ。

 たぶんなにも考えていない。


「わかりました」

 そうだ。この状況をひっくり返す手段なんてない。

 だから、考えること自体無駄なのかもしれない。

 なるようになる。そう考えるしかない。


 この城の者たちもみんなうなづく。

 そう、いろいろ無駄なことを考えるのは人間だけ。

 獣たちはそんなことを考えないのだ。

 すべて運命に、自然に身を任せるだけ。

 それでいいのだ。


 よし、わたしも最期に大きな花火をいっぱつあげてやろう。

 木島吉嗣、この因幡の国のことを世界に知らしめよう。

 どうせ死ぬ命、ここで派手に散らすのもいいじゃないか。

 わたしは笑う。


 その前で若殿は丸まって、自分の身体を枕にして目を閉じる。

 そのまま、静かに若殿は寝息を立て始めるのだった。

 

 九里の軍がここに到着するまで、あと数時間。

 わたしは、若殿を起こさないようにゆっくりと守るべき門の方に向かうのだった。

 


 

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