第16話 みんなでお人形を飾り立てよう(副題 惜しげもなく光るプロの技)
不安に押し潰され、青ざめた
「どうしよう。私、蓮に嫌われたら、蓮が心変わりしちゃったら、どうしよう。ねえマオ、私、どうしたらいいの」
雨音は顔を覆って泣き出してしまった。
俺は懸命に雨音を慰めようと、体をこすり付けたり、顔を覆う手の甲を肉球でぷにぷにしてあげたりしたが、全く泣き止まない。
何やってんだよ、蓮。
さっきのエステティシャンが何事かとやってきた。雨音は店の電話を借りたらしく、その時から様子がおかしかったので見に来てくれたのだ。
いつもなら人見知りをしてしまう雨音が、もうそんな余裕もなく泣きながら訳を話した。
もともと他人と話すことに慣れていないのに泣いていてきちんと考えられないから、雨音の話し方は順序も何もめちゃくちゃだ。しかしエステティシャンにも伴侶の行動が不審なことと、せっかくきれいにしてもらったのに見てももらえなかったことは伝わったようだった。
雨音は泣きじゃくりながら何度もせっかく胸がぷるぷるになったのに、今見て欲しいのに、と繰り返した。
それはエステティシャンの手腕に非常に満足し、その結果を披露したいくらいなのに見せられず、残念でたまらないということだ。泣いてしまうほど。
エステティシャンは俄然雨音の肩を持った。もとより彼女はこの後暇なのだ。彼女は同僚を呼び、泣く雨音を慰めながら経緯を説明した。もちろん同じく暇な同僚の女性たちもひどく雨音に同情した。
彼女たちは雨音を慰め、代わりに怒り、一矢報いるべく相談を始めた。彼女たちがみんな優しく、親切なことは言うまでもない。それはそうなのだが、彼女たちはこの後暇なのだ。
その暇を有効に活用したら助けることができるかもしれない、虐げられて泣いている女性が目の前にいて、しかもすこぶる美しいときたら。
雨音は絶好のお人形だった。
「やっぱり、見返すならきれいにならなきゃ!」
「肌は任せて、午後からのコースはすごいわよ」
「爪は?ネイルもした方が可愛いわ」
「ねえ、私の友達がうちの旅館と提携してる貸衣装のところにいるんだけど、うちに泊まるお客さんなら」
「私の友達が美容師だわ!ちょっと連絡してみる」
雨音がみるみる勝手にまとまっていく話に驚いて、きょときょとしている。涙は止まったようだ。それだけでも良かった。女が集まると強いな。
エステの面々は雨音への気遣いは細やかなまま、自分の仕事をし始めた。
それはさながら、謎の特殊部隊のような、洗練された動きだった。
小さな町のことにしたって、すごいフットワークだ。みんな暇過ぎだ。
また台に乗せられて施術されている雨音に、貸衣装屋の女性がカタログを見せる。
「本当は振袖だとインパクト強いんですけど、予約していただかないとご用意ができなくて。すぐにできるのはこちらのはいからさんコースです」
「それでしたら、髪型の定番はこちらですが……でも、本当にきれいな髪ですね。いっそ、もっと華やかにしませんか?」
「あの、はい、今より素敵にしてもらえたら」
雨音が施術されながら答えると、集まった女性たちはわっと盛り上がった。
「あなたは十分素敵よ!こんなに肌が白くてすべすべなのに」
「そのくらい細かったらどんな衣装でも着られるし、そんなに美人なら何だって似合うわよ」
「こんなに真っ白できれいな髪、扱えるだけでわくわくするわ!」
雨音はあの、その、とおどおどしている。既に手はハンドケアの専門家がマッサージを終え、そのはいからさんとやらにふさわしいネイルを検討している。
「私の友達で、今はスナックに勤めている子なんだけど、メイクアップアーティスト目指してる子がいてね」
「呼ぼう呼ぼう!」
雨音はまさにお人形、いじられるばかりだ。
「見てろよ旦那、腰抜かすからな!」
「おーっ!」
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