第17話 はいからさんが通れない

 エステのコースが終わって三十分とかからずに、はいからさんができあがった。


 生成りに渋い紅の矢絣、きりっとした紺の袴は少し丈を短くして、ハイヒールのブーツが足元をきゅっと締める。


 通常であればストレートに仕上げる髪を、あえて毛先をくるくるに巻いてシンプルな着物に華やかさを足し、ハーフアップで凛々しさを、大きなリボンで可愛らしさを加えた。

 リボンに添えられたメインの花は造花だが、小さいけれどまわりに生花をあしらうことにより全体に瑞々しくなる。その花はエステ店から失敬したものだ。


 着物がすっきりしているので、メイクとネイルは甘めに仕上げる。雨音あまねがあまり使ったことのないピンク系を多く使って、ともすればきつく見えがちな雨音の大きな目をふんわりと彩った。

 リップも上品な可愛らしさを感じさせる、落ち着いているけれど華やかなピンク系を使った。


 以上、全部作業中の女性たちの受け売りだ。俺がそんなことまでわかる訳がない。

 しかし、雨音は見たことのないほど甘く、少し頼りなく、とんでもなく可愛らしく、華やかな出来栄えになった。


 ついでに俺も着飾った。貸衣装屋の女性が手早く作ってくれた、白い襟付きの赤い蝶ネクタイ風の首輪を着けた。

 手足の先だけ白い俺は、その首輪を着けるとまるで気取ったスーツを着ているようで、なかなか洒落ていて気に入った。


 一番揉めたのは傘だった。洋風の日傘か、和風の番傘か。

 女性たちは雨音に俺を抱かせ、それぞれの推薦する傘を持たせて意見を交わし合った。すぐに画像として見ることができる写真機で何枚も写真を撮って、大きなモニターに並べて検討した。

 この一連の傘論争が最も時間がかかった。時間の限られる中、十五分以上をつぎ込むくらいに。それだけ傘という小道具の与える印象が強いということなのだろう。


 結局、私物の洋風日傘、フリルとリボンたっぷり、を提供してくれた女性の推薦が力強さで他に勝り、通った。淡い色の可愛らしい日傘をさすと、雨音は本当にお人形になったようだった。

 雨音が指示されるままあちらをむき、こちらをむく。女性たちは一同仕上がりに至極満足した様子だった。


 こうした装いを依頼する時、通常であれば特急料金などがかかりそうだが、今回は通常料金でいいことになった。雨音は財布をはたく覚悟だったようだが、全部合わせても(共感と励まし、親切はプライスレス)リーズナブルな価格だったようだ。

 その代わり、と雨音は店の前で言われるままに写真を撮られた。店に掲示するだけにするから、宣伝に使いたいそうだ。雨音は俺を抱きしめて苦笑した。

「私みたいな人でもこんなにきれいにしてもらえますよ、ってことかしら」

 俺も苦笑できたらしていただろう。

 君がそれだけきれいだってことだよ。


 当初の予定よりは遅れたが、それでもこれだけの大変身をした割には遅れた時間はわずかだった。

 雨音は期待と緊張で頬を紅潮させながら、待ち合わせた旅館の正面玄関前に立った。


 れんはいなかった。


 雨音は旅館の中に見える時計を何度ものぞいた。待ち合わせの時間はやはり過ぎている。

「どうしたのかしら」

 蓮は少し時間にルーズなところがあるから、雨音はそれでも待ってみることにしたようだ。傘をさしたり閉じたり、俺を抱いたり置いてみたり。


「あら、やっぱりさっきのお嬢さんね!見違えたわ!」

 俺を抱いて、雨音は驚いて声の方を振り返った。

 山の公園で会った年配の夫婦が、今度は婦人の方が興奮気味で話しかけてきた。

「まーあ、まあまあ、可愛らしいわ!素敵ねえ」

 さっきからずっと褒められっぱなしで、雨音もまた少し自信がついたらしい。貸衣装なんです、ちょっと思い切ってみちゃいました、と小さな声で応じた。


「とっても似合ってるわ。マオちゃんもネクタイ可愛いねえ」

 雨音が勇気を出したので俺も応援する。俺はなるべく可愛らしくにゃーん、と鳴いた。

「洋風のはいからさんみたいだな。お嬢さん、良かったら写真を撮らせてもらえないかい」

 おじさんの趣味は写真なのだろう。大きなカメラを手に、うずうずしている。

「私で良かったら」

 応じると思わなかったのに、雨音は恥ずかしそうに答えて、俺を抱いて微笑んだ。すぐにシャッターが切られる。

 きれいになれたと思えたのがよほど嬉しいのだろう。普段はあまり写真に映りたがらない雨音が、恥ずかしそうな笑顔ではあるが、笑って写真に収まっている。その写真、俺もほしいくらいだ。


「何かの撮影ですか?」

 あんまりおじさんがすごいカメラで熱心に撮影しているので、旅行者らしい若いカップルが声をかけてきた。この男性も写真が好きなようで、首から大きなカメラを下げている。

「いえ、何でもないんです」

 雨音はあわてて答えたが、その男性にも写真を求められ、流されるままにカップルの女性の方と一緒に撮影された。


 人は人が集まっていると気になるようで、多くはないはずの通行人がどこからともなく集まってきた。

 まわりに人垣ができ、雨音は戸惑って俺をきつく抱きしめた。

「モデルさんかな」

「映画か何か?」

「旅館の宣伝用の撮影かな」

 旅館もレトロを売りにした大正モダンな造りだから、はいからさんはぴったりらしい。旅館からも人が出てきて、雨音は完全に囲まれてしまった。


 雨音が震えている。俺もどうしていいかわからない。

 蓮、蓮はまだ来ないのか。

「はい、すみません、ここまでにしてください。こちら一般の方です、写真はご遠慮ください」

 人垣を割って現れたのはエステティシャンと愉快なその仲間ご一同だった。雨音は睨みをきかせた彼女たちに囲まれるようにして、エステ店に戻った。

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