幼馴染の「どうして?」が強すぎる

缶古鳥

「どうして?」が求める言葉

 

 彼女のことを異性として意識し始めたのは、小学四年生の時だった。

 家が近く、昔から良く遊ぶ幼馴染。それを異性として意識してしまうのは男子と女子で、明確にグループが作られるようになったからか。


 昔は皆で一緒に鬼ごっこをしていた気がするのに、いつのまにか区別されるようになる。男子と女子と言う、越えられない異性の壁で。


 しかしそんな壁を易々と越えてくるのが幼馴染、寧音ねねだった。

 学年全体でなんとなく男女で隔てられた壁も、彼女の前では意味をなさない。


「一緒に遊ぼ?」

「やだ」


 反射的に断ってしまうのは多感な年頃なのもあるだろう。

 それに、男女で混ざって遊ぶのはおかしいな、となんとなく思っていたのもあった。


「どうして?」

「え?」

ゆうくんと一緒に遊ぶのは楽しいよ?」

「でも、男女で遊ぶのはおかしい」

「どうして?」

「それは......性別が違うから?」

「でも、わたしと悠くんは仲いいよ?」


 そこで俺は反論をなくした。


 俺は大人しく遊ぶことにした。

 どうして、と疑問が込められた瞳に見つめられるのに耐えられなくなったのもあるが、別に遊んでやっても良いか、と半ば諦めたのもあった。


 それ以来、俺は寧音と学校でもよく遊ぶようになった。学校じゃなくて家で遊べば良いのに、と思わないでもなかった。でもそうすると『どうして?』が飛んでくるので、俺は諦めていた。まったくもって勝てる気がしなかったのだ。


 思い返せば寧音が頑なに俺の隣を譲らなかったような気がする。気がつけばいつも隣に寧音は居て、男女と言うには距離感が近すぎて。でも俺はそれが嫌ではなかった。


 成長するにつれ、女子と一緒にいる俺はからかいの対象になることがあった。


「お前いっつも寧音と一緒にいるよな! もしかしてアイツのこと好きなのか!」


 これは思春期の心理的発達に伴う過剰な姓差意識から来る、幼稚なからかいだ。しかしそれは俺の心にクリティカルヒット。図星を付かれたような気がしてならなかった。


「俺、寧音と一緒に遊ぶのやめる」


 学校からの帰り道、俺は寧音にそう告げた。


「どうして?」


 いつもの疑問を込めた瞳でこっちを覗いてくる。普段なら反論もできず撃沈するところだが、俺は今回確実に反論するだけの材料を持っていたのだ。


「女子と一緒にいるとバカにされるから」

「どうして?」

「男女で遊ぶのは変だから。寧音も俺と遊ぶとバカにされるだろ?」

「うん。......でも」


 でも、と続けようとした彼女に俺は少し驚いた。

 この完璧な材料に対し、寧音がなにか反論できるとは思っていなかったからだった。しかしだからといって、俺を説得できる筈もない。ふふ、と鼻をならして彼女が口を開くのを待つ。


「バカにされても、別にいいよ?」

「え?」

「悠くんと一緒にいるのは楽しいから。知らない遊びを教えてくれるし、足が遅いわたしに文句も言わずに今だって一緒に歩いてくれるし。......優しいし」

「......えっと」

「悠くんはわたしと一緒に遊ぶの嫌?」

「嫌じゃない」

「じゃ、これからも一緒」


 完璧に反論され、俺は言う言葉をなくした。

 実際、寧音と一緒に遊ぶのは嫌いじゃないし、別にバカにされても良いかと思ったからだった。一つ大人になった瞬間とも言うべきか。


 からかいは、あんまり気にならなくなった。

 そのことを寧音に笑いながら言うと、そういう積み重ねが人を大人にするのだと寧音は笑った。


 時折、どうしようもなく寧音が大人びて見える。

 女子は男子に比べて精神年齢の発達が早いらしい。

 よくよく考えれば、からかってくるのは男子の一部だしそういうものなのかもしれない。女子って大人だなあ。


 また一つ知見が増え、また一つ大人になった。



 中学生になると、からかいはなくなった。

 でも、その代わり好奇の目線で見られるようになった。


 若い男女が四六時中一緒にいるのだ。何かあると邪推されるのも無理はない。そもそも、顔立ちの整った寧音はただでさえ人に見られると言うのに。


 俺は寧音との関係を誰かに聞かれるたびに、ただの幼馴染であると返した。家が近くでよく遊んでいるから、学校での距離も近いのだと。


 そんなふうに説明すると、何故だか好奇の視線は強まったように見えた。

 なぜだろう。良く分からない。でもそれは俺たちを害するようなものでもなく、不快になるようなものでもなかったので、放置した。


「ただの幼馴染」

「ん? どうした」


 中学生になり、少しだけ長くなった帰路。

 小学校とは結構離れてるなあ、とかどうでも良いことを考えながら寧音と一緒に歩いていたときのことだった。


「悠くんとわたしは、ただの幼馴染なの?」

「違うのか?」


 今度はいつかの日とは違って、俺が聞く番だった。


「......違う、と思う」

「じゃあ、なんだろうな」


 この関係が幼馴染じゃないのならなんと呼ぶのだろうか。

 俺には良く分からず、なんとなく横目で彼女の顔を伺った。


 季節は夏。やけに夕陽が眩しいせいで、彼女の頬は赤に照らされていた。


「ねえ、悠、くん」

「ん?」

「これから名前で呼んでみても良い?」

「名前?」


 もう既に名前で呼んでるくね、と俺が疑問に思ったのもつかの間。


「......悠。どう?」


 反応を伺うように、彼女は問いかける。

 正直、今さらかというのが半分。改めて名前呼ばれるのもドキドキするな、というのが半分だった。


「いいんじゃないか?」

「じゃあこれから、悠は悠だから!」


 良く分からんが、そういうことらしい。

 楽しそうに俺の名前を呼ぶ寧音。それを見てるとなんだか俺まで楽しい気持ちになる。


「悠」

「どうした?」

「呼んでみただけ」


 そんなやり取りがその日の内でも二度か三度交わされた。

 累計に直すと何回になるんだろうか。


「どうしてそんなに俺の名前を呼ぶんだ?」

「どうして?」


 うーんと、少し考えるように顎に指を添えて寧音は言った。


「楽しいから?」

「......楽しい?」

「うん。楽しい」


 満面の笑みを浮かべる彼女。

 それを見て、ドキッとしてしまうのは異性の性というやつだろう。


「どうして楽しいんだよ?」

「どうして、ってどうしてだと思う?」


 小悪魔のように微笑んでこちらに聞いてくる。

 なんというか、幼馴染が強すぎる。



 高校生になった。彼女は華のJK。そして俺はDKである。

 どこぞのゴリラの頭文字と同じだな、とかどうでも良いことを考えつついつも通り彼女と一緒に帰る。


 もはや恒例行事と化した。小学校から高校に至るまでこれは欠かされたことがない。中学校より伸びた帰路。この時間は話題が尽きない。


「......もう一緒に帰らなくて良いのに」

「え、どうしてだ?」


 疑問に思って彼女に問いかける。

 最近、寧音の反応がそっけないような気がする。

 気のせいだと思いたい。


 変わったことは他にもある。

 俺は身長がかなり伸びた。彼女は相変わらずちっちゃいままである。彼女の顔を見るのに少し視線を下げる必要がある。逆に彼女はこちらを見上げる必要がある。首が痛くないか、すこし心配だ。


 身長差は二十センチと少し。

 さらに俺はここから伸びる可能性を秘めている。男の体ってすごい。


 そして寧音は足が早くなった。体力不足も克服し、人並みには身体能力を身に付けた。幼少期の彼女の運動音痴ぶりを知っている俺からしたらすごい感動ものである。


「別に、わたし一人で帰っても何の問題もない」

「悪い虫が付くかもしれない」

「付くわけがない」

「そうとも限らん。何があるか分からんからな。そもそもおばさんに頼まれてるから」

「......お母さんめ」


 恨めしげに寧音は呟く。

 今時女子高生が一人で歩いていたら怪しい男の一人や二人寄ってきかねない。おばさんの判断は妥当だと言えるだろう。


「それにしてもどうしたよ。もしかして反抗期か?」

「どうして?」

「最近目合わせてくれないだろ」


 拗ねたようにそう呟いてみる。ちらっと彼女の顔を覗こうとしたら、ぷいっとそっぽをむかれた。


 反抗期かも知れん。


「だって。......男女だから」

「今更感すごくないか」

「多感な時期なの」

「それはそうだが」


 顔くらいは合わせてくれても良いんじゃなかろうか。


「どうして一緒に帰ってくれるの?」

「悪い虫から守るためだな」

「どうして守ってくれるの?」

「幼馴染だからだな」

「......幼馴染だから」


 どうやら彼女の求める回答ではなかったらしい。

 頬を膨らませて、拗ねたようにそっぽを向ける。


 今度パフェでも食べさせるか。


 そして呆気なく、寧音の反抗期は終わった。

 甘党には甘いものが一番である。



 青い春が三回終わる頃にはすっかり彼女への想いを自覚するようになった。

 どうして、とあのとき聞かれたあの言葉。あれに対する回答を、ようやく俺は手に入れた。


 雪が降っている。


 伝えなければいけない筈なのに、いつになったら伝えられる日が来るのだろう。


 何でもない帰路を、今日も二人で辿る。


「それで、どうして一緒に帰ってくれるの?」

「いつか聞かれたな、それ」

「どうして?」


 相変わらず、そのどうしてが強すぎる。


 今度は、ちゃんとした回答を持っている。

 きっと、彼女の意に沿えるような。


「好きだからだ」

「告白するなら、もうちょっと言葉を付け足してくれないと」


 そういって、いたずらっぽく笑う寧音の顔をまともに見れないのはどうしてだろう。でも、なんとか彼女に顔を向けて、俺は言葉を続ける。


「付き合ってください」

「......30点」


 中々どうして手厳しい。

 しかし彼女は優しい声で、嬉しそうに笑ってた。


「これからよろしくね?」




 ◆




 どうしてだろうと、ずっと考えていた。

 なんでこんなに好きなんだろうと、ずっと。


 好きになった理由を考えるのは、いつだって好きになった後の事で、未だに言葉にできないけど。


 とにかく、彼の事が好きだ。


 一緒に遊んでくれる。遅いわたしに歩幅を合わせてくれる。かっこいいし、優しい。


 どうしても、彼の側から離れたくなくて、「どうして?」っていつも聞いた。


 なんでこんなに好きなんだろう。


「どうして?」なんて考えるのは後で良い。


 気持ち良さそうに、彼が寝ている。

 実は、大学生になって同棲を始めた。


 隣にはいつも、彼がいる。

 寝るときだって、いつも。


 わたしは彼の眠るベッドにもぐり込んだ。

 どうせ今日は日曜日。少し早く起きたわたしが、彼を起こす必要もない。

 もうすこし、ゆっくりしても良いわけだ。


「ふふ」


 彼の寝顔を見て、思わず笑いが漏れる。


 どうしてなんて、理由は特に求めてなかった。

 だってわたしは、どうしてもあなたの隣にいたかっただけなんだから。


 ちょっと気恥ずかしくなったこともあったけど。

 でも、やっぱり。



 ーー隣にいるのは、あなた以外考えられない。



 どうしてなんて理由はいらない。

 理屈は理由にならない。これは理屈なんかよりもっと大事な、感情の話だから。











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