謎の魔族3



 謎の魔族が現れたと噂されるダンジョン、もとい洞窟の探索から数日が過ぎた。

 あれからひしひしと感じる違和感、恐怖感は拭えないものの、どうにかこうにかトラブルと直面せずにこの時まで生きながらえたナカジマこと、中島咲なかじまさきです。


 世界の境目というのかな?

 とにかく、数日前のある日、唐突に何らかの境界を越えた感覚が領主様の調査団全体に行きわたった。


 私が調査に参加するまでは幾度となく妨害を受け、帰らぬ人となった騎士団員も多くいたというのに、S級冒険者である閃光のシーエと、そのオマケである私が参加しただけでここまですんなり境界を越えられるのかと、騎士団の人たちは調査の進捗ぶりに大盛り上がりだったようだ。


 とはいえ、私が何かしたわけではない。

 ただ誰かにずっと観察されているような奇妙な視線をどこかから感じつつも、本当に何もなくすんなりとこの洞窟を調査できてしまっただけである。


 罠も無し、特に目立った強敵もなし。

 嫌な予感だけがつきまとうだけで、障害となるようなものは何一つとしてなかったのである。


「不思議だなぁ……。私の直観だと、ぜったいによくない何かがありそうな気配なのに」


 そう呟くものの、いままで順調に来すぎたせいで騎士団の皆様はもうこれでもかと浮かれていて、誰も話も聞いてはくれない。

 やれこの先の世界の調査がはかどるだの、今回の成果は大きいぞだの、侯爵領での昇進だのなんだのと、そればっかりだ。


 唯一、耳をピクピクさせて私の独り言を拾っているのは、閃光のシーエちゃんと幽霊のデウスさんくらいなもの。

 これではいざ何かあったときに取り返しがつかない気がするんだけども……。


 そんな私の直観が悪い方向に働いたのか、いままで宴会でも開けそうなほどに騒がしかった洞窟内が、一瞬にして静けさを取り戻した。


 そう、まるで強大な何者かが強制的に外野を黙らせたかのように……。


「そうだね。君の考えは正しいよ。一見すると何も成すことのできないただの木偶を、なぜ我が父が送り付けてきたのかと思ったけど、いやはやどうして。……鋭いじゃないか」


 周囲を見ると、先ほどまでバカ騒ぎしていた騎士団の皆様方が床に倒れ伏して失神しているのが見える。

 あのS級冒険者、閃光のシーエですらも意識を刈り取られ、幽霊のデウスさんも苦しそうに地に這いつくばっていたのだ。


 そして、突如として変わったこんな異様な空間の中で、まるで何事もないかのように自然に歩いてくる人影。

 ……いや、異様な空間だからこそ不自然に映るその少年の姿を見た時、私は魂の底から悲鳴をあげそうになった。


「…………ッ!! …………ッ!!」

「叫ぼうとしても無駄だよ。僕は煩いのが嫌いだからね、少し口封じをさせてもらったんだ。でも安心して、……父から送り込まれてきた客人の君に、直接的な危害は加えないからさ」


 そう言ってにこやかに笑う少年の姿をした超越者は、私の前までくると「座りなよ」といって魔法で椅子とテーブルを用意する。

 煩いのが苦手というのは本当なのだろう。

 現にこれほどの制圧を成しておいて、誰一人として息絶えたものがいないのだから。


 ただ本当に、ちょっと静かにしてほしくて意識を刈り取っただけといった、そんな雰囲気なのだ。


 ヤバイ。

 ヤバイヤバイヤバイ。


 やっぱり嫌な予感が的中してしまった。

 いまのところ相手に害意が無さそうに見えるのが救いだが、こんなサイコパスみたいな超越者相手にどこまでこの感覚が通用するかなんてわかったものではない。


 いままで生きてきた中でとびっきりの大ピンチだ。

 助けておじ神!!


「はははははっ! そう怖がらないでよ。もう一度どいうけどさ、僕は君の言う、そのおじ神? っていう存在と君の関係を知りたいだけなんだ。今回は、君たちに何もしない。そう約束しようじゃないか」

「……っぷはぁ! ……はぁっ。……はぁっ! そ、それ本当?」

「ホントホントー。ボクウソツカナイ」


 うん、怪しい。

 怪しい、けど……。

 今の私に選択肢がないのもまた事実。


 それにこのやり取りの様子だと、心の中もある程度バレてしまっていると考えた方がいい。

 こんなヤバイ相手がいるなら、やっぱり調査になんか参加するんじゃなかったと思いつつも、私は冷静さを取り戻して席につくことにした。


「で、何が聞きたいの? えっと……、少年?」

「くはははは! 少年か、いいね! 僕のことをそんな気軽に呼ぶのは旧友か、ミゼットとかいうガサツなアホ少女か、全能な我が父くらいなものだ。いいよ君、その開き直り方気に入ったよ」


 そういうと少年はひとしきり笑い、じゃあ適当にジーンとでも呼んでくれとサイコパスな笑顔を見せる。

 私の直観でもそう悪い心象を与えていないと理解できたので、ある程度は冷静さを取り戻していたこともありその提案に乗っかることにした。


「じゃあ、ジーンくん。おじ神について話したいことって? 悪いけど、私もおじ神には命を救ってもらった恩があるから、裏切るような真似はできないよ?」

「うんうん。そうだね。裏切る必要はないよ。というか、君ごときが父を裏切ったなら、真っ先にこの僕自らが処刑するし。安心して」


 いや、まったく安心できねぇよファッキンサイコ!

 おっと、女子高生にあるまじき暴言を晒してしまった。

 落ち着け中島咲。


 クールよ、クールに交渉を進めるのよ。


 そうしてしばらくこのジーンとかいう、どうみても調査が必要だった謎の魔族とやらでしかない、このサイコパスな少年に尋問されながらも私は交渉を開始するのであった。


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