考察と調査


 中島咲を異世界に送り込んだ次の日、俺は彼女のサポート要員を用意するために戸神家へと渡りをつけ、無事黒子お嬢さんと鬼道君を異世界へと案内することに成功した。


 既に戸神家には俺が固有の異界を持つ事を説明しており、実は別の銀河系にある異世界であるとまでは説明していないものの、九尾のようになんらかの特殊能力で表にはでない空間を所持しているのだと理解されている。


 以前アプリ世界のダンジョンを体験した黒子お嬢さんの口からも伝わっている事だったので、黒子お嬢さんや両親にはたいした驚きはなかったものの、俺からの仕事の依頼とはいえ彼女と二人きりになる鬼道君の方は終始上の空だったけどね。


 異世界へと誘う文句としては深くは追及させず、ちょっと弟子として送り込んだ人間の面倒を見てやって欲しい、程度に留めておいた。

 この方が何かと融通が利くだろうし、九尾問題を解決した俺への借りが少しでも返せるならと、向こうもそれなりに乗り気になってくれているようだ。


 ちなみに黒子お嬢さんと鬼道君は既に異世界へと旅立っており、今は向こうの状況に四苦八苦しながらも中島さんと合流すべく異世界を放浪していることだろう。


「それにしても、中島さんは本当に優秀だなぁ。いや、これはむしろテンプレ通りの王道展開というのかな?」


 アプリを覗き彼女の冒険を眺めていると、なんと異世界生活初日で順調にレベリングしながらも降り立った森を抜け、魔物に襲われ窮地に陥っている商人の馬車を隠形と剣術の不意打ちで救い出し、傷ついた傭兵にGPをさらに費やした回復魔法で治療。


 さらには手助けした商人に気に入られた彼女は金銭的な支援を受けながらも、その商人のこれ以上ない程の推薦で冒険者ランクFからEまで昇格したらしい。

 その商人自体が町では顔の広い者だったそうで、目をかけられた彼女は既に期待の新人として名を馳せているようだ。

 それに嫉妬した町のゴロツキ冒険者も少なからず居たようではあるが、既に返り討ちにされている。

 ちなみにここまでが異世界と日本が連結し、時間の流れが同一化した一日の間に起きた一連の出来事。


 どれだけアクシデントを起こして、それを解決しているんだっていう話である。

 もはや異世界転移における主人公として生まれた来たかのような存在だ。


 これなら黒子お嬢さんや鬼道君を送り込まなくてもなんとかなったかな、と思わなくもないが、いずれ必ずジーンの奴から妨害が入ると分かっている以上、やはり戦力は大きい方が良い。

 この助っ人を用意した選択はどこかで活きてくるはずだ。


「それで、お前はこのあと余に何を望む? お前が良からぬ事を考えて動いている訳ではないのは分かっておるからして、もう少し力になるのもやぶさかではないぞ? あのバカ娘を立派に育ててくれた恩もあるしな」

「そうだな……。正直助かると言いたいところだが、次はちょっと厳しい調査になるかもしれない」


 俺がアプリにはじき返されてからクソアプデが始まるまでの間に、向こうの時間軸では既に二年の月日が流れている。

 アプデが始まり世界が融合されて以降は時間の進みが緩やかになったが、これ以上俺だってもたもたしてはいられない。


 向こうではシーエやデウス、勇者リオンがウチの世界の龍神と手を組んで世界の危機がとりあえず去った事を元の世界で触れ回り、一旦の収束を見せたようだが、それは一時しのぎでしかない事は本人たちも良く分かっているようだ。


 なにせ世界のマナが横流しにされ両者の世界の均衡を保ったということは、すなわちウチの世界のマナが半分になったことに他ならない。

 しかも、それを行使したのが魔神であり、アプリが警告を鳴らすレベルのハッキングによって成されたというのがとてもまずい。


 なにがまずいかというと、この問題を解決しないかぎり俺がログインできないというのが一番まずい。

 魔神ジーンのことをアプリが警戒している以上、俺は世界への干渉権が著しく制限され、そしてその状態が続くと創造神不在という状況に陥り、最悪の場合俺の持つアプリ世界ごとマナ不足になりかねないからだ。


 俺という存在にブロックが掛かっていなければ創造神が世界に干渉しているだけで大量のマナの生成が間に合うので問題はないんだけどね。

 だが、もしかしたら他世界の創造神も、こういう創造の破綻関連で失敗して自世界へのブロックをくらったのかもしれないな……。


 とはいえ、時間の流れがこちらの世界とリンクしたことで、時間的な余裕はまだまだある。

 とりあえず俺は一旦この問題を中島さんと戸神一族に任せて、こちらはこちらでもう一つ大きな問題である、他世界の創造神探しをしなくてはならないと言う訳だ。


 今のところ目星は全くついていないが、しかしこんな目星の無い状況でもやれることはある。


「という訳で玉藻、すまないがこのハリー・テイラーという男の足取りを追ってくれ。たぶんイギリスにいると思うんだが、できるか?」

「く、くくくっ……。できるか、だと? 余と余の一族を誰だと思っておる。天下の九尾一族様じゃぞ? どこにいようとも、既に出会った人間の匂いを忘れるほど耄碌しておらんわ」


 これは頼もしいお言葉で。

 紅葉を除いた一族の皆もにやにやと笑っているので、とりあえずハリーを探すのに手間はかからなさそうで何よりである。


 え、紅葉が何をしているかだって?


 今は実家に帰った時に食べ過ぎたおにぎりと御茶菓子で、お腹をぽんぽんに膨らませて「うぬぅ……」とか言って苦しんでるよ。

 自業自得である。

 さすがに紅葉にもおにぎり保有量の限界があったようだ。


 どんな方法で九尾一族が海を渡るのかは知らないし、海外には海外の妖怪とか魔物とか魔族とかが居そうだけど、俺の頼みを聞いた彼女らはすぐに紅葉を連れて旅立っていったので、相当自信があるのだろう。

 これは任せておいて大丈夫なやつだと思う。


「さて、俺達もやるべきことをやるか」

「そうね。久しぶりにケンジと二人だから、デートのついでに付き合うわ」


 と、ついに先日十四歳になったらしいミゼットがそんな事をのたまう。

 いや、悪いとは思ってるよ。

 色々とゴタゴタしていて誕生日祝いもできなかったから。


 とはいえミゼットから感じる圧力が凄まじいので、仕方ないから今日だけはケーキやショッピングを楽しむことにする。


 まあ、やらなければならない事っていっても、とりあえずは中島さんの冒険を逐一監視して、状況に応じて手助けをする手立てを整えるだけなんだけどね。

 俺には神託等の便利機能が解放されているので、最低限ウチの世界の亜神には連絡が可能なのだ。


「こ~ら。私とのデート中に他の女の事を考えないの。ほら、今日は貸し切りなんだから、こっち見なさい?」

「ふぉい」


 頬をムニムニとされながらも、なんとか返事を返すのであった。

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