閑話 娘が帰って来た
九尾である余の末娘が十尾になって帰って来た。
何を言っているのか分からぬとは思うが、事実だ。
あれは数日前に斎藤健二という奇妙な力を持つ青二才に末娘の紅葉を託し、奴との約束で営業する事になった異世界喫茶で店番をしている時の事だった……。
「あ、あの……。この創造の短剣という道具に、修行にまつわる成長補正がついているというのは本当ですか?」
「うむ、その通りだ。その短剣は確かに余の知人が『くりえいともーど』とやらで作り上げた成長の加護がついた短剣じゃの」
「は、はぁ……。そ、そうなんですね……?」
九尾である余の前で委縮し、説明の半分も理解できていない異能者の男がそう呟く。
まあ元々大妖怪などという人類の大敵を司っておった訳だし、こやつがこのような態度になってしまうのも無理はない。
人間基準で言えばこの委縮した男も相当な腕前なのだろうが、余やその娘、最低でも五尾あたりがその気になれば一瞬で蒸発してしまう程の能力しかないのだから。
とはいえ、そうと知りながらこの妖狐の集う店まで足を運び、自らを研磨し鍛錬しようとするその心意気は買った。
少しさーびすとやらをしてやろうではないか。
「不良品という訳ではないが、余の知人は失敗作だから試しにどんな影響があるのか売ってみるとか言っていたな。うむ、その程度のモノであるからして、貴様にその気があるなら短剣は譲ってやろう」
「え、ええ!? いいんですか!?」
「余に二言はない。しかし娘の八葉あたりにバレると怒られるのでな、内緒じゃぞ?」
「あ、ありがとうございます! それと俺、最初はこの店や妖狐に対して悪いイメージがあったけど、やっぱり勘違いだったんだって気づきました! また来ますお姉さん!」
余のあふれんばかりの優しさに感動し、笑顔で手を振りながら帰っていく青年。
これはいわゆる、こやつの将来を見越した投資というやつだな。
そもそも余は元々、前向きで努力家な人間が好きだ。
故にこうして恐怖を乗り越えてまで己を磨こうとする人間に対し、少し甘いところがある故、過剰に手を加えたくなってしまうのだ。
ただこれでも異世界喫茶とやらを運営していかなければいけないので、定価を大幅に割る形で値引き、それもタダで商品をやるとなると八葉にどやされる事は必至。
だからこそ、今回の事は内緒だという形で度々見どころのある人間をさぽーとしているのだが、中々どうして余の娘達はこういう事に関してだけは直感が鋭い。
「お母さま!!」
「むぐっ!? な、なんじゃ八葉、余は何も、し、しらんぞ!? 気づいたら短剣が消えておったのだ! あれー、おっかしーなー」
今回ばかりはうまくごまかせたと思ったのに、八葉のやつが一瞬で気づき迫って来た。
いったいどこでしくじったのだろうか?
せっかく娘達に勘付かれないよう、簡易的な結界まで使って密談を交わしたと言うのに……。
「何を馬鹿なことを言っているのですか、ボケるにはまだ早すぎます! それに、それどころではありません、紅葉が帰ってきましたわお母さま!」
なん、じゃと……!!
「なぁにぃ!? 余との繋がりを感じぬぞ! どういう事じゃ八葉! 家出か!? 家出なのか!?」
「分かりません! しかし、急に店の外にやる気のない妖力が現れました! この覇気のないゆるい感じは、紅葉です!」
確かに少し意識を切り替えてみると、店先に紅葉の妖力が感じられた。
なぜか眷属の繋がりは感じられなかったが、母である余が娘の妖力を間違えるはずもない。
このぬくぬくと育った気の抜ける妖力は、末娘のもので間違いがなかった。
「さてはあの男、娘を誑かしおったな! この玉藻御前から娘を奪うとは、どうやら死にたいらしいな」
そう確信した余は意気込み、娘を誑かした男、斎藤健二を一発殴ってやろうと思い店を飛び出すのであった。
◇
「……と、いうのが事の顛末だな。殴っていいかのう?」
「ダメに決まってるだろ親バカ妖怪!? あんたに本気で殴られたら大けがじゃ済まないからね!? 死んじゃうよ!? 俺死んじゃうよ!?」
現在は店内の客間。
喫茶店は一時閉店とさせてもらっている。
先ほど飛び出した先で紅葉とその夫である青二才、もとい婿殿と一悶着あったが、とりあえずバカ娘が相変わらず元気で幸せにやっているようなので許してやったところである。
「でもなぁ、昔から娘の婿殿に『娘はやらん』って一発殴るのが夢だったしなぁ」
「その夢の犠牲になる婿の事考えて!? 普通の人間が九尾に殴られたら蒸発するからね!? というか、婿は勘違いだから! それを踏まえて話し合いしようって事になったじゃん!」
なにやら末娘の婿殿がギャーギャー煩いが、ようは照れ隠しである。
なにせ娘は婿殿と信頼しあっただけで十尾にまで到達したのだから。
眷属としての繋がりを打ち消し、余を超える程の絆を見せつけておきながら、ただの友達という事もあるまい。
そんな事も分からないとは、さては童貞だな。
隣で茶をついでいる八葉も、婿殿の初心さ加減に呆れておるではないか。
「で、式はいつあげるのだ?」
「いや、もういい。この話はとりあえず置いておこう」
「そうか」
まあ、婿殿がそう言うのであればつつくのは止めておこう。
嫁にかっこ悪いところを見せたくはないだろうからな。
しかし結婚の報告ではないとすると、いったい婿殿は何をしに戻って来たのであろうか。
余がそう返すと婿殿が事情を話す。
するとどうやら眷属の繋がりを勝手に断ってしまった事への謝罪と、その報告に来たのが一番の目的らしい事が分かった。
どうやら婿殿の支配領域で強敵との戦いが控えているらしく、少しでも末娘の生存率を上げるために万全を期す必要があったとの事だ。
「ほほう、強敵との戦いとな?」
「ああ、それでここからはちょっとした相談なんだが────」
────玉藻御前、俺に手を貸してくれないか。
婿殿はそう言って、少し申し訳なさそうにしながらも向こうで起きている事の顛末を語り始めるのであった。
なるほどなるほど、婿殿の支配領域にそのような不埒な輩がのう……。
面白い、久方ぶりに血が滾って来たわ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます