もみじもみもみ
日本へ戻って来ると時刻は十四時。
真昼間だった。
アプリ内部へは九尾の運営する異世界喫茶の店前あたりで転移したから、再びそこへ戻って来たようだ。
さっそく挨拶しなくちゃいけないし丁度良い。
そう思っていると店内からバタバタバとした慌ただしい音を響かせながら、「紅葉が帰ってきましたわお母さま!」とか、「なぁにぃ!? 余との繋がりを感じぬぞ! どういう事じゃ八葉! 家出か!? 家出なのか!?」とかいう声が聞こえてきた。
やっぱり急に繋がりが切れた紅葉に家族が大慌てになってしまったらしい。
「紅葉お前、家族に愛されているな。みんなお前のためにあんなに必死になってるぞ」
「うむ、うむ。儂ってばいつも良い子にしてたから、きっと家出してグレてしまったと思われたのかもしれん」
そうこうしているうちに、異世界喫茶に訪れているお客をそっちのけで飛び出してきた九尾の玉藻が、目にもとまらぬ速さで俺の前に現れた。
その仁王立ちした立ち姿からは魔神もかくやという程の圧倒的なオーラを立ち昇らせ、般若のような形相で俺を睨んでいる。
はっきり言って超怖い、油断すると一瞬でチビる。
怖すぎて紅葉なんて一瞬で逃げて隠れしてしまった程だ。
九尾はたぶん俺が紅葉に何かしたのだと検討がついているのだろう、今にも掴みかかりそうな勢いでドスの効いた言葉を発した。
「おい青二才。余の家族に何をした? いくらお前といえど、事と次第によっては…………」
「ま、待ってくれ玉藻。ちゃんと説明するから! な? ちゃんと話し合おうお母さま」
気分は小学校の三者面談。
何かしらをやらかしてしまった担任の俺と、生徒の紅葉と、そのお母さまである玉藻だ。
ちゃんと説明しないと玉藻に殴り飛ばされかねない、そんなヒリついた空気を感じる。
「だ、誰がお母さまじゃ!? お前にお母さまなどと言われる筋合いは無いわ! やはりお前がバカ娘を誑かしたんじゃな! さっさと娘を出せ、今すぐに説教してやらねばならん! お前も逃げるでないぞ、余の神通力で一緒に折檻してやるわ!」
いや、そっちの意味でのお母さまじゃないです。
しかし幸か不幸か、今の言葉を明らかに別の意味で捉えてしまい動揺する玉藻を余所に、その一瞬の隙をついた紅葉が彼女の後ろから空間をゆらりと揺らし現れた。
「だめじゃぞ
「なっ!? いつの間にバカ娘が背後に! ……それにこの膨大な妖気は!?」
十尾となった事で圧倒的な隠密性を得た紅葉が死角をついて九尾を後ろから羽交い絞めにし、ついでに久しぶりに母親に会えたのが嬉しかったのか、頬と頬を合わせすりすりとこすりつける。
ナイスだ紅葉!
ファインプレー!
「こ、これ、すりすりするのをやめい。青二才の前じゃぞ。こ、こら……」
「やめないのじゃー。久しぶりの母様成分を補給しないと満足できないのじゃー」
娘の無事が確認できたからなのか、先ほどまでの怒りはどこへやら。
既に娘にデレデレの表情になってしどろもどろになっているようだ。
いやー、一時はどうなる事かと思った。
母の愛とは時に創造神すら超えかねないな。
「は、ははは……。これで分かってもらえたかなお母さま。紅葉はちゃんと無事ですよ」
「わ、わかったから! わかったからすりすりをやめい! 恥ずかしいだろう!」
「
「誓う! 誓うから!」
半ばヤケクソになりながら宣言すると、ようやく紅葉が力を抜く。
そしてその隙を逃さず「ええい、相変わらず心配をかけおって、たわけが!」と言って紅葉を背中からこちらに向かって放り投げた。
くるくると飛んでくるので、すかさずキャッチする。
「ないすきゃっちじゃ
「どういたしまして。お前こそファインプレーだったぞ紅葉」
玉藻の怒りを鎮めてくれたお礼に次元収納からシャケおにぎりを一つ取り出し、報酬として紅葉の口に突っ込む。
かなりいい働きだったからな、対価としては妥当だろう。
「バカ娘お前、その尻尾の数は……」
「もぐもぐ。増えたのじゃよ。儂ってば、今や十尾」
「バカな……」
にゅふふ、とおにぎりを頬張った紅葉が答える。
玉藻は状況に頭が追い付いていないのか、口をあんぐりと開けて固まってしまった。
まあその気持ちも分かると言うか、正直言って無理もない。
異世界へと信じて送り出した娘が数日したら、いつの間にか七段階も進化して帰って来たんだから。
俺が紅葉の親だったら失神している自信がある。
あまりの出来事に、周りで様子を伺っていた紅葉の姉達も「あいつ本当に紅葉か?」、「いや、偽物じゃない?」、「でも妖力は似てるけど」とかヒソヒソ話が始まってしまった。
「く、詳しく話せ青二才。一体娘に何が起きた?」
「ええと、それは話せばややこしい事になるんですが、とりあえず結果だけ言うと紅葉が一人立ちして俺の相棒となる契約を結びました。そうしたら急に進化したのです」
嘘は言っていない。
使徒とはいえ、俺はミゼットや紅葉を配下のように扱うつもりはないし、あくまでも仲間として契約を結んだつもりだ。
故に紅葉が自分の意思で一人立ちしたのも、相棒契約を結んだのも、急に進化したのも真実なのである。
「相棒だと……。そうか、人生の相棒か……。だからお前はさきほど余の事を母と呼んだのだな? なるほど、合点がいった。それにこのバカ娘の潜在能力は余にも計り切れんところがあるし、お前の驚異的な力と融合すればこうなるのも自明の理かもしれん」
いや、だからその言い方だと俺が使ったお母さんの意味が別の意味になってしまう。
俺は生徒のお母さんと行う三者面談のつもりだったのに。
なんとかして誤解を解かなければと思っていると、今度は先ほどファインプレーをした紅葉がドヤ顔で地雷を踏み抜いて行った。
「うむ、うむ。そういう訳じゃから、儂ってばもう
最後に食べ残しのおにぎりをアムッと食べて完食すると、ほっぺたにご飯粒をつけながら胸を張った。
ちがうだろ、紅葉お前、ちゃんとご飯が一杯食べられる環境から離れられなくなったって言え。
なんで言わなくても分かるじゃん、みたいな顔してるんだ。
お前以外に分かる奴なんておにぎりの提供者である俺しかいないからな?
しかし特大の地雷を踏み抜いた紅葉は退く事を知らず、妙な形で納得する母と姉を見渡して、自分の門出を祝ってくれているのだと思いにんまりと笑顔になってしまうのであった。
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