使徒4


 マウント紅葉が敗北してからしばらく、使徒の契約イベントを終えた俺達は作戦会議をする事にした。

 この作戦会議の目的は第一に大国アーバレストの脱出と勇者との合流。

 第二に勝手に眷属契約を破棄させてしまった紅葉の母親、玉藻御前への謝罪についてだ。


 俺の中では第二案件の方が優先度高いのだが、まあちんたらしてたらアーバレストを脱する機会も失ってしまうだろうし、全員の意見を統括した結果まずは脱出を最優先に行う事にしたのである。


「当然よ。紅葉の母親にはこちらの世界の事は感知できないでしょうし、気づくのは向こうに着いてからだわ。なら、謝罪ならその時にしても不都合はないわ。……ケンジが親子の絆に干渉してしまった事に、負い目を感じているのは分かるけどね」


 ごもっともである。

 確かに俺は紅葉を勝手に眷属、もとい使徒にしてしまったことに負い目をもっている。


 とはいえ、その事実が明るみになるのは日本に帰ってからなのだから、その時に連絡しても何の不都合もないだろうというミゼットの意見も的を射ていた。

 これは俺の感情の問題なので、今はミゼットの意見を優先する事にする。


「大丈夫かのおのこよ? そんなに気に病んだ顔をしなくとも、儂が幸せなら、たぶん母様かかさまは喜んで門出を祝ってくれると思う。母様かかさまってば、家族は大事にするけど形には拘らないし、そういうところかなりテキトーじゃから」


 と、紅葉のお墨付きも貰えた。

 じゃあ、もう気にするのはやめよう。


 とりあえず秘密裏にアーバレストを脱出し、勇者と合流する手前あたりで日本に戻ればいいか。


「じゃあ、作戦は夜中に王城を全員で脱走ってことで。今は恐らく昼頃だから、部屋に戻ってしばらくしたら作戦を決行しよう」

「「「さんせー」」」


 と、言う事になった。


 ……そしてしばらく休憩ののち、深夜。


 夕方頃に貴族達とのお食事会に呼ばれたり、その立食パーティーで尻尾の数を隠した紅葉がパワーアップした事を自慢したいのか、うずうずしてきたとかいってマウント紅葉になりかけたところを諫めたりしながら時間が過ぎて行った。


「じゃあ、早速作戦を決行する。紅葉、準備はいいか?」

「今なら儂、いけると思う」


 作戦の内容はいたってシンプル。

 ただでさえ逃げ隠れが世界一である紅葉が十尾となり、手に負えないレベルで進化した隠形と気配察知の力を以て王城を脱出し、そのついでに国外へと逃亡するだけだ。


 今の紅葉であれば、気配察知をこの王都全域まで広げ逃亡ルートを事前に計測する事ができるし、万が一人と接触するルートを選ばなくてはいけない事になったとしても、目の前を素通りしても気づかれない程の隠形を発揮する事ができる。


 その上、それを騎獣状態で俺を背に乗せた状態でも可能だと本人は言っているのだ。

 ここまでくればもう昼とか夜とかあまり関係ないと思うのだが、一応無断で脱出する代わりに王やユーグリンさん等の、世話になった人たちへ向けた手紙を用意する必要があったため、こうして時間を割いていた訳である。


 無断で居なくなれば、逃げたなと思っているであろう王も建前の為に誘拐を疑って捜索隊を出さなくてはいけないだろうし、余計な手間はかけさせたくない。

 確かに俺はこの国に留まれないが、別にそれは王や重鎮を過小評価している訳でも、また嫌っている訳でもないからな。


 お世話になった人への最低限の礼儀として、置手紙くらいは必須かなって思ったまでである。


 ちなみにミゼットとシーエは神殿内部に隔離して、無駄に目立つのを回避させてもらった。

 絶対に見つからないとは思うが、油断は禁物だからね。


「あとは宜しくな紅葉」


 うむ、と頷いた紅葉が十尾の騎獣状態になり、俺を背に乗せて王城の窓から飛び降りる。

 そして重さを感じさせない軽快な着地を見せ、パワーアップした身体能力でそのまま王都を駆け抜けていった。


 そして、その過程で分かったのが、やはり使徒となった紅葉は圧倒的な能力を保有しているということ。

 背中に乗っていて分かるが、もはや音速に迫るかどうかという紅葉の走行速度であるのにも関わらず、殆ど物音もしないし気配も感じられない。


 三尾の時は高速道路を走る車と同じくらいの速度が出ていたが、十尾となった今では飛行機に迫る速度だというのに、これでもまだ本気を出していないのだという。


 まじで亜神化というのは半端じゃないな。

 確かに魔神であるジーンや、龍神といった超常の者達と同じ次元にいるのだし、違和感がある訳ではないけども。


 それに思い返してみれば、創造神モードの俺も早い遅い以前に時間を止められるんだったな。

 であるならば、この程度は当然か。


 そもそも紅葉のステータスは逃げ足特化だし、これでもまだジョギングレベルと言われても納得できる。

 たぶん音速の壁を越えないのは隠形に影響が出る事を恐れての事だろう。


 さすがに音速を超えたらいかに紅葉といえど衝撃波で物凄い音がしそうだし、英断である。


 ……と、そんなこんなで一瞬にして王都を超えた俺達は、勇者リオンと別れる前に約束していた小国グンゲルの国境へと急いだ。


 なぜグンゲルなのかというと、勇者はそこで戦場にまだ出ていなかった魔神の手先である厄介なやつらに説得、もとい脅しを掛けるのと、それでも忠告を聞かないやつらをその手で始末する必要があるといって一度別れたからである。


 必要な事とはいえ、ちゃんと立派に勇者しているあいつに同郷の者を手に掛けさせるのは嫌だったのだが、本人がどうしても尻ぬぐいをさせてくれというので任せた。

 まあ、実際に再び戦争が始まったら目も当てられないし、効果的ではあるんだけどね。


 そして走り続けて十分程。

 紅葉の速度で走行すれば一時間もしないうちに目的地へと辿り着くんだろうけど、最終確認として追手が来ていない事を確認した俺は一度日本へと戻る事にした。


 勇者リオンには少し時間をくれと言われているので、せっかくだから時間軸の違う日本で一泊してから、こちらの時間基準で十日程経過したところで合流する事にしたのである。


「んじゃ、一度日本へ戻ってお前の母さんに報告しにいかないとな」

母様かかさまってばビックリするかのう。もしかしたら驚きすぎて、儂の頭をよくやったって撫でてしまうかもしれん」


 にゅふふ、とこれから起きるであろう親子の対面を妄想してにんまりする紅葉。

 相変わらずその姿からは亜神の領域に到達した威厳が欠片も感じられず、親の九尾と比べて小物臭が凄いのだが、まあこれが個性といやつである。


 マウントになろうが妄想しようが紅葉は紅葉だという事が分かっただけでも良しとしよう。


 そんな事を考えながら紅葉を収納し、二人で日本へとログアウトするのであった。


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