使徒3


 わっしょいわっしょいと踊る紅葉をスルーしつつもシートの項目にチェックを入れることしばし、ようやく最後の質問まで到達した。

 質問の内容は再び、【最後の質問です。あなたは使徒となるこの者に何を望みますか?】というものであるらしい。


 ミゼットとは違って紅葉は何を考えているか分からず、こちらがシートにチェックを入れても特に気にした風もなく祭壇の上でくるくると回っている。


 たぶん、いや恐らく信頼の表れだと思うのだが、もうちょっと危機感を持って欲しいところだ。

 もしかしたら余計な契約を結ばされるかもしれないんだし、いくら心を許している相手であってもこういうのは冷静に対処すべきだ。


 ……と、最後の項目に記入する前にそう伝えたところ。


「でも儂、おにぎりのおのこなら大丈夫だと思う。それよりもやっぱり、母様かかさまの庇護下から離れると言う事は、家出というよりも独り立ちと言えるかもしれないと思うのじゃけども、おのこはどう思うかえ? 儂ってば大人になっちゃうのかえ? そうだといいなって、儂は思う」


 と、やっぱり特に気にした風もなく大人の女性がどうのこうのと宣っていた。


 まあ、そこまで信頼しているのなら仕方がない。

 俺も誠心誠意こいつの期待に応えてやるとしよう。

 一度気を許したらとことん信じるその善性だけは裏切らないと、そう自分自身の心に刻み込む。

 きっとこいつは今、未来への期待で胸がいっぱいなはずだ。


 そして最後の質問に対し俺は────。


 ────紅葉が幸せならなんでもいいんじゃない?


 と記入した。

 質問の答えになっているかは知らん。

 でも自分の本心をぶっちゃけてしまったのを後悔はしていない。


 たぶんこの質問の内容で進化先とかに変化等があるのだろうけど、こいつに掛ける言葉として相応しいものがこれ以外に見当たらないのだ。

 なのでこれで良し。


 すると、最後の質問を終え契約が終了すると同時にログが流れ出し、紅葉が叫び声をあげた。


【契約条件を満たしました。土地神の娘、紅葉を創造神の第二使徒として設定します】

【創造神側と使徒、両者の同意により、既に結んでいる土地神との契約を強制解除します】

【種族進化の条件を満たしました。紅葉の種族を三尾から四尾に変更。さらに進化条件を満たしました。紅葉の種族を四尾から五尾に変更。さらに進化条件を…………】


 等々、どんどん進化していく。

 そしてその度に祭壇の上の紅葉が奇声をあげ、ポンッ、ポンッ、という音と共に尻尾が増えていくのだ。


 おいおい、これどこまでいくんだ。


「ぬわぁーーーーーー!? 増えた! 尻尾が増えたのじゃ! おっふ、ま、また! のわぁーーーーーー!!」

「うるさいわねモミジ。ちょっと静かにしなさい」

「しかり、しかり。常に心は明鏡止水。あなたはもっとワタシのように冷静であるべき」


 いや、テンションに落差がありすぎだろ。

 というかシーエはいつの間にそんな難しい言葉を覚えたんだ。

 どう訳せばこっちの世界の言葉で明鏡止水になるんだよ。


 そしてポンポンポンと心地よい音と共に増えて行った尻尾の変化もようやく落ち着き、最後にポポポンッ、と軽快な音をあげると変化が収まった。

 どれどれ、結局最後にはどうなったのかな。


【……の種族を九尾から十尾に変更。以上でアップデートを終わります】


「じゅ、十尾だと!」


 母親を超えた!?

 あまりの変化に慌てて紅葉を鑑定する。

 もしかしたら土地神の領域に届くかと思っていたが、まさかさらにその上を行く進化を起こすとは思わなかった。


 やばい、これはアカン!

 このままでは紅葉が調子にのる!


 案の定、あまりの出来事にポカーンとしていた紅葉だが、現実にちょっとずつ頭が追い付いてきたのか自らの尻尾の数を数えだした。


「ひぃ、ふぅ、みぃ…………」

「か、鑑定!」


【十尾の神狐、紅葉】

姿を隠す幻術と癒しの力を持ち、サポートが得意。

逃げ足が速く、その速度を捉える事は例え創造神でも困難を極める。

騎獣に変化する事も可能。


特に何をした訳でもないが、よく食べ、良く寝て、よく遊んでいたらいつの間にか亜神になってしまっていたラッキーガール。

本人にはあまり戦闘能力がないが、生き残る事に掛けては史上最強。

とはいえ戦闘力の低さも亜神基準であり、通常の生命の中ではその力は高水準で、中級の竜に匹敵する。

途方もなくしぶとい。


「なの、やあ、この、とお………。のう、儂ってば十尾になってしもうた」

「お、おう……」

「これってばもしかして、母様かかさま超えかの?」

「そ、そうかもな……」


 そう伝えると、紅葉はニチャァと笑いとてつもないドヤ顔を晒す。

 くっ、やはり力に溺れたかニート妖怪!

 今のお前は紅葉ではない。

 妖怪の道を踏み外してしまったマウント紅葉。


 そう、マウント紅葉だ!!!


 すると同じことを悟ったのか、ミゼットが動き出した。


「これはいけないわね。いまのうちになんとかしないと後々面倒だわ」

「ニチャァ……」


 ミゼットが鞘ごと剣を構え、紅葉に突きつける。

 道を踏み外したばかりの今ならば、マウント紅葉を正道に引き戻せると踏んだのだろう。


 しかし紅葉はそんなミゼットの姿を見ても圧倒的なドヤ顔を崩さず、余裕の笑みを浮かべる。

 これはもしかして、あらゆる面で進化したミゼットに対抗するための秘策が……?


「その怪しい笑みをやめなさい!」

「ニチャァ……」

「一発殴ってあげるから目を覚ましなさい。はぁっ!!!」


 鞘ごと剣を構えたミゼットが神速の動きを見せ紅葉に迫る。

 対する紅葉は特に構えるでもなく、そして逃げるそぶりも見せずにドヤ顔を晒すだけ。


 ば、ばかな!

 鑑定さんの言う通りならばこいつは逃げる力は途方もないレベルで進化したが、純粋な戦闘能力はミゼットの方が格上なはず!

 いったいその自信と余裕はなんなんだ!?


 多少混乱しながらも行方を見守ると、振り上げたミゼットの剣はそのまま紅葉の頭に吸い込まれて行き、そして────。


 ────ドゴン!


「ぐはぁぁあああーーーー!!」

「「「え?」」」


 そしてそのまま、紅葉にクリーンヒットした。


 え?

 いや、なんで?

 あまりの事に殴りかかったミゼットを除き、紅葉以外の全員が間抜け面を晒す。

 お前何か秘策があったんじゃないのかよ!



「きゅぅ……」

「ふぅ、やっといつもの紅葉の顔に戻ったわね。いくら嬉しいからってそんな変な顔で気絶してたら、ケンジに愛想をつかされるわよ? 戻してあげた私に感謝しなさい」


 ってお前、あのドヤ顔を晒しながら気絶してただけかよ!!

 あのニチャァって表情で固まってたのは喜び過ぎて意識が無かったせいなの!?

 え、嘘だろ!?


 あまりにもあんまりなオチに俺は驚愕し、いや、驚愕を通り越して呆れた俺は何も見なかった事にして、コントラクトモードイベントの終了を宣言するのであった。

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