勇者2
その後、俺達に向けて頭を下げた勇者リオン・バスタードは語った。
故郷である自分のいる世界が創造神不在によるマナ枯渇によって滅びかけているという事。
そのマナ枯渇をなんとかするためにこの世界に侵攻し、質の悪い亜神と手を組んでマナの略奪をもくろんでいた事。
そして最後に、そんな他者の犠牲の上で成り立つやり方に嫌気が差し、反旗を翻してこの世界の重要人物たる創造神、もしくはそれに紐づいた亜神や使徒に連絡を取ろうと思った事。
それらの事を語り終えると、勇者は再び頭を下げる。
「……本当にすまない事をした。こんな事をしておいて信用してもらえるかは分からないが、落とし前はきっちりつけるつもりでいる。こちらの世界に攻め込んだ亜神は責任を持って俺が討つし、その他大勢の奴らの手駒にだってこれ以上好き勝手はさせねぇ。……ただ、それでもこの情報をあんたらに伝えるまでは、俺も自由に動く事ができなかったんだ」
と、彼は言う。
正直難しい問題である。
まあ、自由に動く事が出来なかったという点に関しては、実際にそれはその通りなのだろう。
俺も真実を聞いて色々と思う所はあるが、彼が情報共有せずに一人暴れたところで良い結果を齎さないのは目に見えている。
向こうだって勇者一人が反旗を翻したところで、こちらに攻め込んだとされる龍神、破壊神、魔神の三柱をまとめて相手にできる訳がないからな。
であるならば、この世界の最も心強い協力者である創造神に紐づいた者達にアポイントメントを取るのは悪い手じゃない。
むしろ俺だってそうするし、この状況においては最善手だと言ってもいいだろう。
よくやった流石勇者と褒めてやりたいくらいである。
だがこの話を聞いて難しいと感じたのは、問題の本質がそこではない事に起因する。
「えーっと、まあ。勇者リオンさん、あなたの言いたい事は分かったよ。ただちょっと難しい問題だな。確かにこの世界だけならばあなたの言う通り他世界から侵略してきている者達を撃退するだけで済むが、それでは向こうも引くに引けないだろう。最悪増援を送られる可能性すらある」
「…………。確かに、あんたの言う事は尤もだ」
そう、問題はこの世界間の戦争が戦いでは決着がつかない所にある。
本来解決しなくてはいけないのは先ほど彼が語ったように、創造神不在によるマナ枯渇現象、そこから来る破滅なのだ。
そうでなくては、例え勇者が大勢をこの世界に転移させるつもりがなくとも、シーエの属する組織のような者達が現れ、別の手段で増援が送り込まれてくる可能性が高いからな。
その事を勇者である彼も分かっているのか、悔しそうに俯きながらも事実を認める。
きっと間違っている事と知りながらも何も止める事ができない己に打ちひしがれているのだろう。
俺から言わせれば、勇者だからといって成人したばかりにしか見えないたかだか一人の青年が、全てをなんでもかんでも背負い過ぎだと言いたいところだ。
とはいえ、それを今彼に言ったところでその心に響くことは無いだろう。
こう見えて、こちらの世界では俺もただの青年、というか十五歳の少年に近い方の青年だ。
説得力の欠片もない。
だから一先ずその事は置いておき、俺は彼からもう少し詳しい話を聞く事にした。
そもそも創造神が居なくなったとか、マナが枯渇しはじめたとか、シーエから受け取った情報には無いものであったからだ。
彼女の方を振り向くと、なぜか冷や汗をダラダラと垂らしながら「これは違う、誤解」だの、「有能な組員は失敗などしない」だのとうわ言のように呟いている。
あー、これはアレか。
情報の伝達に不備があった事を理解はしていたが、変に期待を裏切るのが嫌で隠し通そうとしていたパターンだな。
失望されるのが嫌で嘘をついてしまう、精神が未熟な子供にありがちなよくあるパターンだ。
というか、そんな事で責めたりはしないから安心して欲しいところである。
シーエを送り出した組織のリーダーならともなくとして、俺はそもそも情報を提供してもらっている側だ。
対価を払って得た情報ならともかく、向こうの善意で、しかもあらゆるリスクを払って任務を遂行しているシーエに文句を言うのは筋違いというもの。
嫌なら自分でなんとかしろ、という事になるからな。
他人から力を借りているだけの俺がデカい顔はできない。
「そう心配するなシーエ。お前からもらった情報は今まで最も頼りになった。もしお前の組織から何か接触があったら、その活躍ぶりを最高評価で伝えておいてやる」
「むっ! ワ、ワワ、ワタシは、その」
「これからもよろしく頼むぞ」
「うん……」
そう言って頭を撫でると、シーエはいつもの無表情を崩してにへらと笑った。
おお、こいつのこういう表情はレアだな、脳内フォルダに保存しておこう。
しかし、それにしても勇者は優秀だな。
こちらで言語の習得をしたシーエはともかく、この勇者は既に別世界の言語を操っているように思える。
最初紅葉が接触した時にも何を言っているか理解している風であったし、もしかして勇者専用の特殊能力か魔法なのだろうか。
自力で修得したという線も無くは無いが、こちらの住人とそう接触している訳でもなさそうだし、たぶん前者の線が濃厚だろう。
「……話はまとまったようだな。正直、あんたがどういう立場の人間か亜神かはまだ分からないが、悪い奴じゃなさそうでほっとしたぜ。これであの山脈で出会った魔神みたいなヤベェやつだったら、ここで命を落とす覚悟くらいはしておかなきゃなと思っていたところだ」
「お、ジーンにはもう会ったのか。そうか。まあ、あいつは結構過激だからなぁ」
「ああ。会ったというか、覗いただけだけどな。遠目から見ただけなのに生きた心地がしなかったぜ」
そういう勇者リオンも、遠目からとはいえジーンに気付かれずに観察するとは中々の腕前である。
というか、向こうは自己紹介を終えていたのにこっちの事はまだ何も話していなかったな。
これは失敬。
それじゃあちょっと遅れたが、こっちも自己紹介をするとしようか。
「よし、少し遅れたがこちらからも自己紹介といこう。俺はこの世界の創造神をやっている斎藤健二という者だ、呼ぶときはケンジでいい。こっちは聖騎士の相棒ミゼット、そしてこっちは連れの紅葉とシーエだ。そっちの事情はだいたい把握した。その協力関係の申し出、是非受けさせてもらおうかな。たぶんそのマナ枯渇の件、……俺の言い方だと創造の破綻っていうんだが、なんとかできると思うぞ」
「…………なっ!?」
「ぬっ!?」
そう自己紹介を終えると、勇者とシーエは面食らったように驚いたのであった。
さて、それでは勇者の話から創造の破綻の目途も見えて来た事だし、ここから先は二つの世界を巻き込んだ逆境からの巻き返しといこうじゃないか。
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