勇者1


 この世界に介入した侵略者を食い止める為、グンゲルとアーバレストとの戦争に参加し、無為に犠牲者を生まないよう戦いの流れを調整していると、急に辺りの景色が変わった。

 突然戦場から敵の居ない荒野に移動していたのだ。


 そして荒野には俺とミゼットと紅葉達、そして目の前には謎の剣士が佇んでいた。


「ばかな……、時空魔法の適性を持つ俺の魔力感知に存在しなかった者の介在だと……。なんなんだこのヘンテココンビは……」


 と、よく分からない事をのたまっているが、果たして彼はどこのどなたなのだろうか。

 一瞬だけ他世界の亜神かとも思ったのだが、態度からしてどうやら敵意は微塵もないみたいだし違うみたいだ。


 だとすると余計に分からないな。

 別に俺は推理のプロでもなければ知恵者でもない。

 こんな突拍子もない事態に巻き込まれて状況を理解できる訳が無かった。

 たいした争いもなく、平和な国で生きて来たただのおっさんを舐めてはいけない。


「ケンジ、あいつの力量はただの人間にしてはおかしいわ。恐らく私と同等以上ね。敵意は無いみたいだけど用心だけはしておいて」

「それはそうだな。といっても、向こうさんは剣すら抜いていないが」


 そう言いつつも、ミゼットは油断なく目の前の青年剣士を見つめる。

 剣士の方は依然として呆けた顔で、後ろに現れた紅葉とデウスと再び融合したシーエを見てぶつぶつと何かつぶやいている。


 うーん、この状況どうしようか。

 向こうにとってもこの状況が計画外だったのは分かるんだが、こうしていても始まらない。


 そう思ってふと後ろを振り返ると、今度はシーエが驚いた表情で青年剣士を指さしていた。

 なんだなんだ、どうしたどうした。


「どうしたシーエ、知り合いか?」

「む。知り合いではない。でもワタシは知ってる」

「というと、あの青年はお前の同郷か何かか?」

「そう。彼は勇者。善き心を持ち世界の危機に立ち向かうとされる、聖剣の担い手。人類最強クラス」


 とのこと。

 えっと、それはつまり、……どういうことだ?


 うん、分からん。

 よろしい、ならばまずは俺の頭を整理しよう。


 まずシーエがこちらの世界に来たのは他世界からの侵略者を食い止める為だと言い、そのために亜神を探していると言っていた。

 で、次に、亜神達の影響によりこの世界は実際に混乱していて、今回は他世界の魔神が裏で糸を引いていると予想される。

 最後に、この目の前にいる他世界の勇者はそんな戦争中の俺達を転移させ、なんらかの目的をもって接触してきたが、敵意はない。


 以上の情報をまとめると……。


「なるほど、魔神に対する敵対勢力か。異世界も一枚岩じゃないってことだな」

「ん? ああ、そうだ。さすがだな」


 と、言う訳になる。

 俺の言葉に謎の青年勇者も同意し、先ほどまでの呆けた顔はどこへやら、キリリとしたイケメン顔で頷いたのであった。


 そしてミゼットも意見としては俺と同一であったのか、特に意見を否定する事もなく、ただし油断はせず静観しているようだ。

 あの動物的な超直感を持つミゼットが攻撃的な行動に出ないところを見ると、本当に敵ではないっぽいな。


「それにしても驚いたぜ。この世界の事は良く知らないが、まさか勇者である俺の感知をすり抜けるどころか、全く気付かせないレベルで潜む事が出来るようなのが存在していたなんてな。最初はあんたら二人の隙を見て場所を移したつもりだったんだが、どうやら隙を晒していたのは俺の方だったようだ」


 そう語るのは異世界からやってきた青年勇者。

 だがそれは違うぞ。


 たぶん紅葉はこの勇者の存在に勘付いてもいたし、実際にこいつの隠形のレベルが高すぎて見抜けなかったのは事実だろうけど、それでもこの勇者には僅かな隙もなかった。

 なぜならこのニート妖怪は自身の感知にひっかかった勇者を敵として認識していなかったからだ。


 恐らくだが、「なんか変なのが隠れてるけど攻撃の意思は無さそうだし、たぶん自分と同じで怖がりなんだろうな」とか思っているはずである。

 故に勇者君の想定である、愚かにも隙を晒して実は自分の方こそが実力を見極められていた、というのは間違いになるのだ。


 そんな事を考えていると不意に紅葉が勇者に近づき、その背中を撫で始めた。


「な、なんだ?」

「大丈夫じゃぞゆーしゃとやら。戦争が怖くて逃げ隠れしていたのは知っておるが、おにぎりのおのこが居れば負けなしじゃ。きっと儂が頼めばしばらくは守ってくれると思う」


 困惑する勇者君をよそに、やはり自分の同類だと思った紅葉がうんうんと頷きながら訳知り顔をする。

 やっぱりこうなったか。


「ゆーしゃ? あ、ああ、そうか。まだ名乗ってなかったな。向こうの世界では俺の事を知らない奴は居なかったから油断してたぜ。……改めて名乗ろう。俺はこことは別の世界からやってきた勇者リオン・バスタードだ。そちらはこの世界の創造神に紐づいた重要人物とお見受けする。……勝手な事とは承知の上だが、どうか俺の話を聞いてはくれないだろうか」


 勇者、もといリオン・バスタードはそう言って俺に頭を下げたのであった。




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