閑話 慈しみの魔神


 大国アーバレストと小国グンゲルとの戦争の中心地。

 両者の国境付近の平原にて、たったいま起こっている軍同士のぶつかり合いを眺める魔神がいた。


「お~、やってるやってる。この世界の兵も結構しぶといね~」


 容姿は十五、十六歳程の少女で、斎藤健二が創造したこの世界の魔神に比べて髪の毛が黒い女性型であった。

 そんな女魔神は遥か上空から姿を隠しつつも両者間の戦いを見学しつつ、手を叩きながら人間同士のぶつかり合いを楽しんでいるようだ。


「これくらい順調なら、この世界の創造神が出しゃばって来るのも時間の問題かな~。あいつらって普段は大人しいくせに、世界が乱れると途端に破綻だ~とかいいながら動き始めるんだよね~。知ってる知ってる。……あ、そろそろ決着がつきそう」


 うんうんと頷いている間にも兵士同士の決着がついたのか、またもや小国グンゲルに敗れ撤退していくアーバレストに対し、挨拶のつもりなのか手をヒラヒラと振りながら見送る。

 そして女魔神はも戦いにより傷ついたお互いの兵を自らの力で癒すため、隠れて魔法を行使するのであった。


「はい、いっちょあがり~。でも、あんまり派手にやらかすと正面からじゃ~創造神に対して勝ち目はないしぃ? 正面から殺し合うなんてごめんだからねぇ。大事になり過ぎないようにアフターケアはしておかないとねぇ~。これやると龍神っちと破壊神たんに怒られちゃうんだけど、まあバレなきゃいいっしょ」


 一体何が目的なのか、彼女は周囲をかき回すだけかき回し、そしてアフターケアといいつつこの世界の創造神への配慮を怠らない。

 どうやら他世界から侵略にやってきた龍神や破壊神とは違い、マナの枯渇問題以上に個人的な目的があるようである。


 そして全てを見届けた彼女はこの世界における隠れ家、もっと言えばこの世界の亜神から目を欺くためだけに建設された時空間結界を持つ居城に赴いた。

 この時空間結界こそ自世界の勇者が残した、自分達に対する最後の義理といってもいいだろう。


「さて、今日のお仕事おわり~! 龍神っちらはまだ仕事中らしいけど~、あたしは定時で上がる主義なんでぇ~。うちの創造神も、『有能な社員は残業などせぬわ! キリッ!』 って言ってたしぃ? ……ぷっ」


 最後の『キリッ』まで細かく再現し、ドヤ顔を決める女魔神。

 そして何が楽しかったのか、まるで輝かしい思い出に浸るように薄っすらと涙を流しながら笑い転げた。


「あははははは、ふ、ふふふふはぶふっ! お、思い出したらお腹よじれそうになっちゃった。まったくもう、創造神ハロルドは存在だけで私を殺しにかかってるね……。冗談はあのいかつい顔だけにして欲しいよ」


 そう悪態を吐きつつも、その表情はなぜか愛や慈しみという感情に彩られていた。

 そして女魔神はどこからともなく異空間から写真手帳のようなモノを取り出すと、目を細めて呟く……。


「そういえば、あいつの子供はハリーっていうんだっけ……。俺の子供は天才だーって、毎日のように騒いでたな……。大きくなったらいつか私にも会わせてくれるって、約束してたのにね……。君は本当に、嘘つきだよ。あたしなんかとは比べ物にならないくらいの大嘘つきだ」


 そしてその手帳の裏側には、こう名が記されていた。

 『第一級エクソシスト、ハロルド・テイラー』と……。


 それから数時間、飽きる事なく手帳のページを一枚一枚眺めていた女魔神は、最後のページまで辿り着くと目を閉じる。

 そして、小さな独り言を漏らした。


「あたし、知ってるよ。君があたしたちの世界を見捨てたんじゃないんだって事。うん、知ってる。……どうしてもこっちに来れない理由があるんだよね? 分かってる。でもね……、もうそろそろあたしらの世界も、限界なんだよ。だから……」


 ────だから、こちらの世界を喰いつくしてでも、そっちに行ってあげる。

 ────マナを集めて、世界の壁を越えて、そして君に会いに行くよハロルド。

 ────さあ、このあたしが辿り着くまで待っていてよ。


 ────我が、愛しの創造神。


 そう語った女魔神は再びを目を開け、にやりと笑った。


「さて、感傷に浸るのは終わり! 『仕事の出来る社員の朝は早い』だったよね!」



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