大商人との交渉2


「大方のあらすじは理解できましたが……、ユーグリンさん、それであなたは俺達にどのような事をさせたくて相談が?」

「おお、そうでしたな。そろそろその話をさせていただきましょう」


 ちなみに、こうは言ったものの十中八九その戦争への参加かとかじゃないかなとは思っている。

 そうでなければ戦いの腕を見込んで話を持ち掛ける事もないだろうし、こうしてアーバレスト対グンゲルとの小競り合いを語る事もなかったはずだ。


 するとそこで、タイミングを見計らったかのように先ほど部屋を出て行った女性が、見た事のない何らかの魔道具をもって登場した。

 いや、見た事が無いというのは少々早計かもしれない。


 魔道具としての機能を確認したのはこれが初めてではあるが、そのには既視感があったのだ。


「む……」


 その魔道具を見たシーエは、自らの嵌めているを眺めて小さく唸る。

 そうか、やはり既視感の正体はソレだったか。


「ユーグリン様、例のモノをお持ち致しました」

「ご苦労、下がって良い」

「畏まりました」


 首輪の魔道具を持ってきた女性は一礼すると、チラリとシーエの方を見て去っていく。


「ユーグリンさん、これは……」

「そうです。お気づきかもしれませんが、そちらの奴隷もつけているこの首輪こそ、敵国であるグンゲル軍の幹部級がつけている装備の一つ、……という事になっておりまして、ええ」


 あちゃー、しまったな。

 これじゃあまるで俺が自分からグンゲルの関係者だと喧伝しているようなものだ。

 とはいえ、それならばなぜその事実を知っている彼が、こうして俺達を招き入れたのだろうか。


「お考えは分かりますぞ。疑問は尤もですが、しかし逆にこう考えていただきたいですな。我々の情報網を潜り抜け手玉に取る敵国の幹部が、わざわざ我がアーバレストに何の工夫もなく醜態を晒すはずがないと」

「ああ、なるほど」


 そりゃそうだ。


 俺がもしグンゲルの幹部だったら、こうして上層部に知れ渡っている情報、その幹部の証である首輪を堂々とつけて歩き回らない。

 だからこそ最初は訝しんでいたユーグリンさんも警戒を解いたのだろう。


 そして、ここまで来ると逆になぜ敵国にシーエの同郷──そうとしか考えられない──が小国に加担しているのかという理由もだいたい分かる。

 確かシーエは同郷から侵略者として何名か送られてきているとも言っていたが、たぶんこの件で暗躍している奴らがその一旦だろう。


 そう考え頭を捻っていると、今度はシーエが俺の服をひっぱりコンタクトを取って来た。

 目はなぜか泳いでいて、冷や汗がダラダラと垂れている。


 な、なんでそんなに動揺しているんだ?

 シーエは特にミスを起こした訳ではないと思うが。

 何か嫌な予感がする。


「……あ、あの」

「なんだ? 大丈夫だ、俺は怒らないからゆっくり喋ってごらん」

「う、うむ」


 そして語り始めるシーエ。


 実は自分達の世界からの侵略者は魔神・龍神・破壊神といった亜神達が引き連れた一騎当千の猛者たちがおり、今回の件はその手の込んだやり口から魔神の暗躍による線が濃厚である事。

 そして、自分の同郷がこの世界の侵略に当たる際、首輪の裏に彫り込まれてある魔法陣の効果によって、自分の世界との通信を可能としている事。

 自分は彼らを食い止めるために送り込まれたな組員であること。


 最後に、今まで黙っていてごめんなさい、という事。


 ……なるほど、だからシーエはこんなに動揺していたのか。

 そりゃあこのまま黙っていたら俺との信頼は構築できないからな。


 だが、そんな事はぶっちゃけて言えば最初から予想出来ていた事だ。

 現地の状況も分からず組員に指示もできないのでは、シーエの所属する組織の作戦が成り立たないだろう。


 優秀云々はともかく、こうして喋ってくれたのであれば別に謝ることもないと俺は思う。

 寧ろ、ここではシーエの言葉が俺にしか分からないという点が救いだな。

 こんな事がバレたらユーグリンのおっさんが何をしでかすか分からない。


「そうか、むしろよく言ってくれた。大丈夫だ、俺はシーエを見限ったりしないよ」

「……ありがとう」


 俺の台詞にシーエは安堵するが、そもそも組織の情報を勝手に売り渡さないあたり、俺からすれば口が堅いという意味で高評価だ。

 何せこれが紅葉であれば、おにぎりに釣られて即買収されそうだし……。


 この妖怪は自分に優しくしてくれる人間には警戒心が無くなるからな。


「話し合いは終わりましたかな?」

「ああ、待っていてくれてありがとうユーグリンさん。……今この子が語ってくれた事で、だいたいの事情を察したよ。本来、国を持たない風来坊である俺が個人的に国同士の戦争に加担する事は無いが、どうやら個人的な理由でこの大国アーバレストに協力させてもらう事にはなりそうだ」


 目的は一致している。


 ユーグリンさんが欲しているであろうグンゲルの幹部情報。

 俺が求めているグンゲルの情報、そして今回の創造の破綻の情報。

 これらを満たすには、この大国アーバレストに加担するのが一番手っ取り早いという訳である。


「おお、おお。それは僥倖。実に素晴らしい。私もここであなた方を力ずくで引き留めるのは、少々無理があると思っていたところでして、ええ。こうして話し合いで解決できるのは素晴らしいことです」


 そう言って大商人、ランド・ユーグリンは手ぬぐいで汗を拭う。

 優れた戦士であり王商としての力もある彼もそう易々と逃がしはしないだろうが、事実として俺達の戦力に及ばないのは確かだ。


「なにはともあれよろしく頼みますぞ、ケンジ・ガルハート殿。そして伝説の騎士、ミゼット・ガルハート殿」

「……な!?」


 そういって最後に爆弾発言を投下した大商人は、不格好なウインクをかましたのだった。

 おっと、これは一本取られた。


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