大商人との交渉1
行商を装ったランド・ユーグリンと名乗る王商に捕まった俺は、冒険者ギルドへの登録もせずにいきなりおっさんの持つ大商店、ユーグリン商会へと連行された。
もちろん逃げようと思えばいつでも逃げ切れるし、一度おっさんの身体能力をこの眼で確かめてからは油断もしていない。
それならばどうして素直について行ったのかというと、このユーグリンのおっさんが持つ情報そのものに価値を感じたからだ。
どこをどうやって推察したのかは定かではないが、俺たちが凄腕の戦士だと見抜き、その上でこちらの知りたい情報を知って話を持ち掛けている。
これだけの事ができるなら多少胡散臭いところがあってもお釣りがくると、そう感じたまでの事。
「それにしても立派な店だな。この時代でよくここまでやるよ。ここまで透き通ったガラスなんてめったにお目にかかれる物じゃない」
技術が発達した大昔であるならともかく、人間同士の戦争により何度か衰退したこの世界でよくここまでの店を構えられる。
今の時代はチャプター2の飛行船があった時代よりもだいぶ退化し、井戸から水を汲みだす手押しポンプも無ければ、飛行船技術も無い。
そんな中世初期か、もしくはもうちょっと前くらいの世界観で、無色透明の透き通ったガラスが商品として売られているのだ。
もちろん目玉商品としてそれなりの大金で取引されているものの、この時代の事情を考慮すれば相当な技術だ。
「……今、この時代と申されましたね?」
あ、やべ。
この得体の知れないおっさんの前で、つい口が滑ってしまった。
正体不明のおっさんに情報を渡すのは得策ではないが、まさかそんな所に反応するとは思わなかったな。
「いや、いまのは……」
「いえいえ、そう謙遜なさらず。さすがに私の見込んだ戦人、というだけの事でございますよ、ええ。実は若旦那の言う通り、このガラスの製法は太古に存在した技術の復元に成功し、現在の技術でなんとか再現できるようになった一例でございまして……」
ユーグリンのセールストークが続くが、先ほどよりも妙に眼光が鋭くなっている気がする。
というより目が笑っていない。
このおっさんが何を目的として俺達を戦争のカードにしようとしているのかは不明だが、今の一件で完全に商売相手としてターゲッティングされたようだ。
これは商会の持つ内部情報を何故知っているのかを探られているのもあるが、それ以上に俺の正体そのものを探られているような感覚がある。
別に知られて困るような立場ではないし、どこから来たのかという痕跡も無い以上探りようがないとは思うけどね。
「……と、言う訳でございまして、はい」
「なるほど、さすがは王商の経営する店の商品だ。素晴らしい話が聞けたよ」
「ふむ」
ちょっとボロを出した事を反省し、俺が当たり障りのない何気ない対応で反応すると、ユーグリンは二重顎をたぷたぷと鳴らし考え込む。
おや、雰囲気が変わったな。
「ふむ、ふむ、ふむ。……いいでしょう。若旦那、いえ、あなた様が何者なのかは未だ不明ですが、今の一件で只者ではない事は理解しました。私の方も腹の探り合いはここまでにしましょうか。ここでは何ですので、奥の部屋へどうぞ。そこでこちらの事情をお話できればと思っております」
どうやらこれ以上の追及は無駄だと悟ったらしく、個室で目的を説明をしてくれるらしい。
いや、すごいなこのユーグリンのおっさんは。
無駄だと悟った事はすぐに切り替え、俺の機嫌を損ねる事なく単刀直入に話す方向で話をまとめやがった。
こうやって自分の力、もとい推察力や経験に溺れる事なく相手に合わせる事ができる商才があるからこそ、ここまで上り詰める事ができたのかもしれない。
確かにずっと腹の探り合いを続けるのならば、俺も適当に話を合わせて情報を入手しトンズラしようかと思っていた。
あっぱれである。
「んぁ? やっと難しい話は終わったのかえ?」
「みたいね、良く分からないけどそうらしいわ」
「……???」
外野も腹の探り合いについていけなかったのか、それぞれの頭に疑問符を呈す。
いやまて、普段から難しい話が無理な紅葉や言葉の分からないシーエはともかく、一応王都の騎士団で揉まれてきたミゼットが分からないのはまずいだろ。
戦いの事となると頭が回るのに、こういう時だけ脳筋なんだよなぁ……。
実直というかなんというか、この真っすぐさが良い所でもあるのだけれど。
「おお、これはすみません。お連れの方にも詳しく説明するべきでしたな、失礼しました。おい、そこの君、この方々にアレを。特A級のお客様だ」
「畏まりましたユーグリン様」
そう言って個室に移動したユーグリンは手を叩き、傍に控えていた女性に指示を飛ばす。
何やら説明するにあたって準備するものがあるらしく、女性は部屋を出ていき姿を消した。
ふむ、謎だ。
「さて、それではお互いに一息ついたところで、こちらから説明をさせてもらいましょう。改めて、私はこの国の王商、ランド・ユーグリンと申します。取り扱い商品は主に戦争。もっと具体的に言いますと、この国の王家に武器、情報、人材を提供する事を目的としております」
「なるほど、これはご丁寧に。俺はケンジ・ガルハート。隣がミゼット・ガルハートで、その緩いのがモミジ、首輪のついている子がシーエだ」
お互いに改めて自己紹介をするが、なるほど、人材と情報の提供か。
そのままの意味でいくなら、俺達の実力を見抜いたユーグリンが戦争へのカードとして王家へ推薦状を書くとかそういう事なのだろうけど、たぶんそう簡単な事ではあるまい。
ちなみに、おっさんは一瞬だけガルハート姓の被りに反応したが、何か思い当たる節でもあったのか特に問われる事もなく納得した。
「ご紹介ありがとうございますケンジ殿。さて、さっそくですが本題に入りましょう。恐らくケンジ殿が想定しているだろう、情勢不安定なお隣の国、正確に言うならこの国アーバレストと向こうのグンゲルとの戦争なのですがね、実はこれが大変きな臭い事になっておりまして……」
「きな臭い事?」
ふむ、一体何のことだろうか。
それとこの国はアーバレストと言うらしい、初耳だ。
ログはともかくアプリの地図には国名が載っていないので、ここらへん不親切である。
アンケート機能があれば改善案を出したいところだ。
「ええ。実はここの所、軍事力で劣るはずのグンゲルとの小競り合いで、なぜか毎回敗北を期しているのです。こちらのカードには英雄であるカーリィ大魔導士様と、アーバレストが誇るグンゲルの四倍に到達するであろう騎士団が手札にあるのですが、本来この戦力で負けるなどあるはずがない戦いで、ことごとく打ち破られている状況なのです。それも狙いすましたかのように、こちらの予定や情報を握った上で、です」
そう語るユーグリンの眼光は鋭く、まるで俺を監視するような視線を称えていた。
だが、最初に出会った時に何故俺が隣の国に興味を持っているのを悟ったのだろうかと思ったけど、今の話である程度理由が分かった。
たぶんこのおっさんは俺を今話題に出た情報や予定を探るスパイか何かだと思っていて鎌をかけたのだろう。
王商ともなればこの国の付近は庭のようなもの。
そこで見ず知らずの実力者がうろちょろしていれば、もしやと思っても仕方がないからな。
これは俺の素性が不明であると言う点が仇になった形だろう。
しかしこうして腹を割って話し始めたところを見るに、どうやら疑いは晴れたようである。
何を思って疑いを切ったのか、もしくは実はまだ疑っている最中なのかは知らないが、まあ今はこの話は置いておこう。
今の話で最も気になるのは、軍事力で劣り、個としての戦闘力としても英雄というカードがあるアーバレストが毎回敗北を期している所だ。
これを覆すのであれば、それこそもう何らかの『イレギュラー』をグンゲルとやらの国が抱えてないとお話にならないはず。
そう、イレギュラーだ。
シーエみたいなね。
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