旅立ち2


 創造神の神殿を出立して一週間後。

 神殿内部にデウスを留守番させた俺は、目的地である国へ向かう前にとりあえずまずは、という事で近場にある人間の町を目指して移動していた。


 デウスを置いてきた理由は単純に紅葉の背に乗るスペースが足りないからだ。

 どうせ創造神の神殿への扉を通じて、俺さえ移動してしまえば全員で移動をする必要はない。


 故に紅葉と俺は必須で、後は巨大化した騎獣モードの背に乗せられる分だけ、といった感じである。


 それに何と言っても遠い。


 アプリで確認したところ、情勢が不安定な国への進路は順調にいっても1ヶ月以上はかかるし、元々ガルハート領があった場所よりもさらに遠くにある。

 エルフの里から向かうには、少々苦労する場所でもあったのだ。


 という事で、まず最初に目をつけたのがその進路上にある国、現代に生まれた新たな人間の英雄が居るとされるこの場所だ。

 もちろん情報ソースはアプリのログ。


 ちなみに今更だが、この世界での英雄と勇者というのは言葉としては似ているが明確な違いがある。


 あくまでこの世界ではという注釈がつくが、英雄というのは広義の意味では偉人や勇者も当然含まれるのだが、狭義の意味ではヒト族が進化した先の種族という意味を持って英雄と言っているのだ。

 エルフの先の種族がハイ・エルフなのと同じような感じ。


 対して勇者は世界のシステムにより人間に分配された職業の事を指している訳で、ヒト族の英雄が勇者である事もあれば、スラムの孤児が勇者だったという事も往々にしてある。

 いわゆる上位職という存在は世界に一人しか存在せず、次世代へと受け継がれていくのでどこかに必ず一人は存在する、という解釈になるのだ。


 その点ヒト族の英雄が存在しない時代ケースも多くあるので、希少度で言えば実は勇者よりも珍しいだろう。

 もちろん珍しいだけでなく、その戦闘力も英雄として覚醒しつつあるミゼットと互角か、もしかしたらそれ以上かもしれないくらいだ。


 残念な事にミゼットも実力的には英雄級だと思うのだけど、何かのきっかけが足らず未だ種族進化は起こしていない。

 これは今後に期待である。


「なによジロジロ見て?」

「いや、そろそろミゼットも種族進化を起こしてもおかしくはない実力だなと思って」


 そんな事を言うと、俺の言葉がかんに障ったのか、頬を膨らませぷいっと顔を逸らしてしまった。

 たぶん本人も何かに手が届きそうで届かないこの現状をもどかしいと思っているのだろう。


「人間は一々進化するのに大げさじゃのう? 儂なんてほら、もう二回も尻尾が増えたぞえ?」


 そう言って紅葉が自慢げに尻尾を抱えるが、こいつは食って寝て遊んでれば勝手に進化するので、一緒にするのはちょっと違う気がする。

 このニート妖怪の場合は進化というより、成長と言った方が正確だろう。


 まあ、英雄云々はとりあえず置いておこう。

 情勢が不安定なお隣の国へ向けて何か情報収集を開始したいので、きっかけさえあれば英雄の情報も手に入れたいところだが、今のこの世界で住所不定無職の俺達が出来る事はたかが知れている。


 そしてそんな事をペラペラと喋りながら移動し町中に入ると、一千年経っても昔と変わらず存在する冒険者ギルドへと足を向けた。

 とりあえず先ずは身分を証明するモノがないと移動もままならないからな。


 今回は仕方ないので、通行料代を稼ぐ目的でその辺で採って来た薬草なんかを売りさばいた。

 こういった人間の都市にはだいたい城壁外で活動している行商人が露店を開いていたりするので、彼らを通せば現金が手に入らない事もない。


 いやほんとに、薬草のために選んだ職業ではないが、過去に鑑定を覚える錬金術師を選択した俺ナイスだ。

 旅の道中にその辺の草むらを鑑定し続けるだけである程度の束が集まった。


「ふむ、ふむ、ふむ! これは凄いですねぇ若旦那。この束一つ残らず薬草ですよ、ええ。素人が小銭稼ぎにギルドの依頼を請け負った所で、だいたい半分くらいはただの雑草で終わるんですけどねぇ。……さては若旦那、やり手ですね? とりあえずこの束は全部で銀貨三枚の買い取り額としましょう」

「ど、どうも」


 露店を開いていた行商人に話しかけたら、もの凄いマシンガントークが始まった。

 いやまあ、銀貨三枚あれば4人分くらいの通行料としては申し分ないのだけど、ほんとに元気な商人だな。


 やり手なのはあんたのセールストークだよと言ってやりたいぐらいだ。

 圧倒されてしまって交渉もできないので、それがやり口なのかと思える程である。


 しかも何が彼の琴線に触れたのか、行商人のおっさんはさらに気を良くした様子でまた喋りだした。


「それにしても若旦那。この時期に冒険者ギルドの依頼も通さずに薬草を集め、そして奴隷の獣人と騎士の少女を侍らせている事からして、さてはお忍びの貴族様、……を装った凄腕の戦人いくさびとですね? おお、おお。それは僥倖。私はこうみえても行商は趣味の範疇で行っておりましてね。本業はこの町に店を構えておるのです、ええ。こう見えてやり手ですよ」

「そうですか……。じゃ、じゃあ俺はこれで」


 何やら胡散臭いセールストークが続きそうだったので立ち去ろうとした瞬間、店を構えていた行商人が目にもとまらぬ速度で回り込んできた。


 くっ、肥満な体型に似合わず俊敏なんだが!?

 思いっきり油断してたのは認めるが、行動の選択肢が予想の範疇を超えているぞこのおっさん。


「まあまあ、そう急ぐこともないでしょう若旦那。……いえ、確かに時間は金ですが、今は商談の最中。私の眼と嗅覚が正しければ、あなた様は今この町の英雄に興味を持っておられるのではないでしょうか? それも、お隣の国へと歩みを進めている中で、同時に情報を収集している。……どうです? 当たっていませんか?」


 うおおお!?

 すごいぞこのおっさん!

 最後にメガネをクイッとする所も含めて、妙に考察が的確で様になっている。


 もちろんこの考察は俺が今抱えている大きな問題ではなく、この町で出来る事の一つに過ぎないが、よく考察できたな。

 さすが自称やり手の商人なだけある、素晴らしい。


 だが、それが分かったところでこのおっさんは何を俺に持ち掛ける気だろうか。

 問題はそれ次第である。


「ええ、ええ。分かっていますとも。ここまで来れば全ては私の提案次第でしょう。……ところで私、こういう者でして」

「お?」


 そう言うと行商人のおっさんは鞄から立派な印の押された証明書のようモノを取り出し、俺に見せつけて来る。

 そしてそこには『王商。ランド・ユーグリン』という証明文と、『取り扱い商品:戦争』という内容が書かれているのが見受けられたのだった。


 ああ、なるほどね?

 王商ってことは、たぶんこのおっさんは王家と直接繋がりのある大商人なんだろう。

 それでもって、俺達の実力を見抜いたこのエセ行商人、もとい大商人のおっさんが情勢不安定でいつ戦争が始まってもおかしくないお隣の国へのカードとして、俺達に声をかけたと。


 恐らく流れとしてはこんな感じのはずだ。


 これで意外に俊敏だった理由も分かった。

 たぶんこのおっさんそのものが、見かけに似合わず結構な戦士な訳だ。


 いやー、厄介なのに引っかかったなぁ。

 だが、これはチャンスでもあると、この時にそう思ったのであった。


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