旅立ち1


 早朝にシーエの話を聞き終えた俺は、仲間を連れて旅に出かける直前に龍神へ神託を出した。

 神託の内容は仲間達にも大まかに伝えたが、まとめるとこうだ。


 その一、現在この世界は他世界からの侵略を受けている。

 その二、侵略者に対しては迎撃を推奨するが、情報を得られそうな相手はなるべく生け捕りが望ましい。

 その三、魔神を含めて敵味方関係なく利害は一致している為、いまは多少の暗躍は黙認し事の対処に当たる事。


 この三点である。

 他にも色々指示は出せそうなのだが、何分俺よりも遥かに能力の高い龍神に無暗やたらに神託を出すとボロが出そうだったため、最低限の情報伝達をしてこの件を終えた。


 ぶっちゃけて言うと既に向こうはこの件に関して色々掴んでそうな印象があるのだが、まあ何も言わないよりはマシだろう。

 アプリの世界地図で龍神の様子を見ていると、神託を受ける前から眼をギラつかせて険しい顔をしていたので、きっと既に事情は理解していたのだろうと思う。


 というか、なんでシーエから直接情報を入手した俺よりも龍神の方が先に事情を理解しているんだ。

 相変わらずうちの世界の亜神は意味不明なスペックをしている。


 この分だと、龍神のみならず魔神であるジーンも情報を手に入れてそうだ。

 アプリの解説によると戦闘力はジーンの方が低いようだが、情報分野に関してはジーンの方が強いと俺は見込んでいるしね。


 以上の結果から、これで一先ず世界がめちゃくちゃになる事は避けられそうだが、まだ安心はできない。

 なにせ向こうは向こうで別世界とはいえジーンや龍神と同格の存在が相手なのだ。

 いくらEX職業で俺に圧倒的な強化が施されているとはいえ、ボサっとしていると一瞬で足をすくわれそうである。


 そんな感じでスマホをいじり画面をポチポチしていると、ちょうど朝食を食べ終えたシーエがスマホを物珍しそうな目で眺めていた。

 向こうの世界には魔道具はあっても、こういう科学的な文明は発達していなかったのだろう。


「……その魔道具からは魔力を感じない」

「ああ、これはちょっと特殊な装置でな。色々あるんだよ」

「見せて」

「それはちょっと無理だなぁ」


 そう、色々あるんだよ、色々ね。

 というかこれは俺の生命線でもあるため、気安く他人に貸す事はできない。

 なぜかアプリをインストールしてから耐久力が跳ね上がり、異世界での死闘の中一度も液晶画面が割れるようなこともなくなったのだが、それはそれ、これはこれである。


 しかし向こうも強情なのか何なのか、一歩も引こうとはせず睨み合いが続く。

 そんなに見つめられても困るんだが……。

 尻尾もとかめっちゃブンブンと振り回されてるし、きっと興味津々なんだろうね……。

 まあ、見せないけど。


 するとそんなシーエの視線が気になったのか、昨日はあらゆる意味で大敗したおにぎりの使徒が反応しだす。


「ちっちっち、甘いのじゃ。甘い、甘すぎる。それはおにぎりのおのこが持つおにぎりケースなのじゃ。ちょっとだけ様子を見て取り出そうとしても、おのこ以外が触ってもピクリともせん。気持ちは分かるが、少し落ち着いたらどうじゃ」

「…………?」


 と、未だシーエに言葉が通じないのを良い事に紅葉が戯言を抜かし始める。

 いや、確かにいつもスマホの次元収納におにぎりをしまっているけどさ、これ別におにぎりケースじゃないから。

 落ち着いて考えるべきなのはお前の方だぞ。


 というか、おにぎり目当てにこっそりとスマホをいじってたのかよ!

 時々隙を窺うような怪しい視線を感じたが、なんというおにぎりへの執念だニート妖怪。

 その情熱を僅かでもいいから生産的な事に使えば大成する器を持っているのになぁ。


 とはいえちょっと弄ってみてすぐ諦めるところが紅葉らしいといえば紅葉らしい。

 きっといじり続けて俺にバレるリスクや、おにぎりの安定供給を食欲と天秤にかけて前者が勝ったのだろう。

 変なところで賢いよなお前。

 もう遅いけど。


 ちょっとだけ叱っておこう。

 こう、奴の自慢の尻尾をにぎにぎと。


「人の道具を勝手に弄るな。おにぎりが欲しい時はちゃんとそう言え」

「ぬぁぁっ!? や、やめ、にゃめるのじゃ!」

「これは躾けである」

「にょほほほほほ」


 どうやら尻尾はくすぐったいらしく、かなり効いているようだ。

 中々の手触りなのでやめはしないが。


「あんた達仲がいいわね……」

「違うぞミゼット。これは躾けである」


 大事な事なので2回言わせてもらうが、そういう事である。

 そんな俺の様子を呆れた様子で見ていたミゼットは、呆れの籠った半眼になりながらも次の旅に関する目的に話を移した。


「で、そのシーエっていうガキんちょから聞いた内容をまとめて神託を出したなら、次はどうすんのよ? 侵略者ってやつらは龍神達が時間稼ぎしつつ情報を集めるからいいとして、その理由とか色々あるでしょう。相手が侵略を目的にしているという事は、なんにせよこの世界に魅力的な資源があるからよ。それが何なのかは分からないけど、少なくとも向こうだって戯れで挑んでくるにはリスクが高いわ」

「まあ、そうだな……」


 さすがにミゼットの元本職は国家騎士だっただけはあり、こういった戦争や戦略に関する件には強いようだ。

 国では犯罪者の取り調べとか他国の間者とかへの対処も行っていたのだろうし、ずいぶん考察がこなれている。


 もしかして俺よりもこの手の件に数段強いのではと思える程である。


「しかし、そうか。この世界にあって、向こうの世界には足りていない資源か……。それは盲点だったな」


 確かにそういう理由が無くては、侵略する意味もない。

 まさにミゼットの言う通りである。


「……むっ!」

「どうしたシーエ?」

「ちょっと、大事な事を思い出しただけ。気にしなくて良い」


 俺が自分の考えるように呟いた発言にひっかかる所があったのか、シーエが眉間に皺を寄せて『しまった』というような顔をして冷や汗を流している。

 おや、これはどういう事だろうか。


 なにか言い忘れていた事があるなら言って欲しいが、なぜかその後いくら尋ねてもシーエはだんまりで、「私は失敗などしていない」だの、「もう一度判断を仰ぐ必要がなきにしもあらずかもしれないような」とか訳の分からない事を述べ出した。

 いったいどうしたのだろうか。


 まあいいか。

 とりあえず今はミゼットの言う通り目的を定めるのが重要だ。


「そうだな……。まずは情報収集と行こう。向こうさんだって慣れないこの土地で生活する以上、どこかで目立った行動が出ているはずだ。ミゼットの話を参考にするなら、資源が足りないからこちらに赴いたという線が濃厚だ。ならば、どちらにせよ潜伏しているだけでは始まらない。その隙から突いて行こうと思う」


 そう、潜伏しているだけでは何の解決にもならない。

 調査も大事だが、既に何かしらのアクションを起こしていると俺は踏んでいるのだ。


「具体的には?」

「具体的にはこの時代で最も不安定な国に赴こうと思う。向こうだってバカじゃない。ならば、安定した国で騒ぎを起こすよりも不安定な国で揉めた方が身を隠しやすいはずだ」

「道理ね。その案でいきましょう」


 こうして作戦会議は終了し、俺はスマホアプリとログを眺めながら、今最も情勢が不安定な大国へと赴く事を決意したのであった。


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