閑話 龍魔結託と勇者の道


 斎藤健二がシーエに事のあらましを聞く少し前、龍山脈には普段ではありえない、居るはずのない者が他の原始龍を押し退けて龍神に直談判を行っていた。


 しかし押し退けたと言っても生半可な力でではない。

 それこそ今まさに龍山脈に押し寄せて来た謎の侵略者とぶつかり合い、その力と目的を示してこその行動であった。


 結果的に周りの地面は抉れ、針のように切り立った山々にはところどころ欠けが見受けられる程だ。

 誰が見ても明らかにこれは激しい闘争があったあとなのだと気づくが、見る者が見ればまた一つ違う見解を持つだろう。


 そう、この被害は全て、一方的な蹂躙のもとに生まれた虐殺の痕なのだという事に。

 確かに闘争はあった。

 だが、激しい闘争といっても決して互角などではありはしない、という事である。


「これは……」

「どうだい我が友よ? これで僕の言っている事を信じてもらえたかな?」

「…………」


 聖職者のように神聖な衣を纏う美しい銀髪の男性に、同じように銀髪を持った貴族服の少年が問う。

 『我が友』と呼称する人物からも察する事ができるように、この惨状を齎したその人こそ知る人ぞ知る根源悪、魔神であった。


「だから言ったじゃないか友よ。今は争っている場合ではなく、一刻も早く他の勢力に対抗するため手を組もうと」


 魔神はそう言うと今しがた駆除した侵略者の頭を持ち上げて、ひらひらと見せびらかす。

 やっている事は残酷極まり無いが、新勢力が龍山脈に押し寄せて来た現状を鑑みれば注意する気も起きなかった。


 それだけ事態は深刻ということである。


 そして龍神は一つ考え込むように「ふむ」と頷くと、一拍置いて結論を出す。

 この一見して早計にも見える判断の速さと反比例した考えの深さこそ、彼が最強の亜神の一柱たる所以だ。


「……ふむ、ふむ。状況はだいたい分かりました。この場合確かに、旧友の言う通り手を組むのもやぶさかではありません。元々私達龍族は世界の秩序と安寧を司る者。……これだけ大げさに侵略者共が暴れている以上、すぐに父からも神託があると推測できますが、その判断を待つまでもなくやるべき事は決まっていそうだ」


 父である創造神から神託を授かる事も踏まえて内容を推測し、その上で手を組むべきだと判断する。

 これは後程分かるが、斎藤健二が伝えるべき神託の内容をほぼ正確にくみ取っていると言っても過言ではなかった。


「だろう? 僕も君ならそう言うと思っていたんだ。頭の固い原始龍たちと違って、君は真の意味で優秀だったからね。……この僕が嫉妬するくらいに」


 かつて自分が弱き原始龍であり、とある目的を以て世界に反旗を翻した事を彷彿とさせる事を述べる。

 忘れがちだが、この魔神という存在の力は龍神には遠く及ばず、亜神へと進化する前の龍時代では一族の中でも下から数えるべき存在であった。


 今でこそ総合力では世界二位の座を欲しいままにしているが、その力の大半も純粋な力、つまりは魔力やステータスではなく、自らの生み出した技術によるところが大きい。

 しかし弱さ故に技を磨きいただきを手にした彼の姿も、一つの進化の到達点と言えるだろう。


 その事を龍神はよく理解していた。

 故に先ほどまでの丁寧な態度を一変させ、友に見せるような柔らかな態度へと変える。


「ふっ。……それは過大評価というものだ。君は昔から私を大きく見ているが、私は君を対等な存在だと今でも思っている」

「……その台詞はもう何度も聞いたさ」


 一瞬、魔神から負の感情とも正の感情とも言えぬ何かが滲みだすが、今さらそれを追及したところで不毛だと言い、自らの感情を抑えた。


「さて、僕からの要件は以上だよ。君達と協力を結びつつも世界への暗躍は惜しまないけど、とりあえず休戦といこうじゃないか」


 その言葉にしかと龍神は頷き、龍山脈に集っていた全ての龍、そして竜に向けて停戦命令を下したのだった。





 龍神と魔神という、世界におけるトップツーの会談が行われてからしばらく。

 誰も居なくなった龍山脈の頂上の様子を、とある異世界からの訪問者が遥か彼方から息を潜めて眺めていた。


「……あれがこの世界の亜神か。思っていた以上の化け物だな。どの世界でも最強格である龍神の方はともかく、あの魔神はヤバイだろ。単純なパワー以上に、底知れない何かを感じる」


 その人物は腕で冷や汗を拭いながら語る。

 姿は普通のヒト族のようであるが、纏っている装備は荘厳な意匠が施された鎧に剣、そして特徴的な真紅のマフラーからそれなりに立場のある者だと推察できた。


「え~、勇者っちがそんな事言うなんて珍しいね~。本気を出せばあたしと殴り合える程強いのに~」

「うるせえ! 気安く勇者っちって呼ぶなって言ってるだろポンコツ魔神! お前とこっちの世界の魔神が戦ったら、どう見たって一瞬で消し飛ぶぞ」

「え? そんなに弱いの? こっちの魔神」

「ちげえ! お前なんだよ消し飛ぶのは!」



 勇者と呼ばれた男は異世界の魔神をたしなめ、怒りをあらわにする。

 どうやら彼は何らかの魔法で時空間に穴を空け、悟られないようにしてあの会談を見守っていたようだ。


「俺が時空望遠鏡であいつら覗いてなかったら、ぜってー今頃突撃してただろ? あやうく戦力が一つ欠けるところだったぜ……」

「当たり前じゃ~ん」

「なら勝手にしな。俺はあんなヤバイのと何の準備も無く戦って死にたくねぇから、やるなら一人でやれ」


 彼はこの侵略戦争にノリ気ではないのか、今も震える手先に視線を落とし続けた。


「……世界的なマナの枯渇だっていうから、確かに戦争に協力すると俺は言った。だが勘違いするな。この命は向こうに残してきた仲間の未来と、こちらに赴いた戦友の為にある。決して暴れたいがためじゃねぇ。もしそれを理解せず、この俺を利用するってんなら……」

「てんなら?」


 異世界の魔神は面白いオモチャを見るかのように、ニヤニヤと笑いながら続きを促す。


「金輪際俺は、お前らには協力しない。やっぱりお前らとはそりが合わねぇ。……破壊神と龍神のやつにも伝えておけ、あばよ」


 それだけ言うと彼は手を翻し、その場を後にした。

 だが、異世界の魔神はそれを意に介した様子もなく、くすくすと笑う。


「なるほどね~? ……ちょっと、面白くなってきたかも」



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