リザルト1
何やらぶつぶつと独り言を放ち世界樹とやり取りしているデウスを余所に、ずっと大笑いしていたジーンが急に真面目な顔で語り掛けて来た。
「……良い物を見せてもらったよ。さすがだね」
「どうした急に」
その表情はどこか覚悟を決めた感じで強張っており、何かを悟っているようでもあった。
何か言いたげなようだが、一体何なのだろうか。
さっきからずっと放置されているおっさんの俺には皆目見当もつかない。
それもそのはず、他人の考えなどそう簡単に読める訳がないのだから。
決しておっさんの見せ場が放置されてしまい拗ねている訳ではない、決して。
「だけどそろそろ潮時だね。僕が先ほど無茶苦茶に瘴気を振りまいたせいで、その衝撃でエルフ全体の催眠が解けて、さらには龍山脈の竜たちにもこちらの居場所がバレてしまったようだ。このままではせっかく世界樹を救ったというのに、父の栄光に傷がついてしまう事になるだろう」
「いや、そんな事はどうでもいいが……」
確かにジーンは魔神だし、それを危惧するエルフや竜がこのまま放置していくとは考えにくいだろう。
だがそれはあくまで彼らの基準であり、俺の基準ではない。
俺が気にしていないのならば、俺の中ではそれが全てなのだ。
それにせっかく仲良くなれた友を見捨てるなど、長い物には巻かれるが基準のおっさんでもさすがに選択できない。
この程度の修羅場、ジーンごと創造神の神殿に収納してしまえばいくらでも切り抜けられるだろう。
しかし俺がそう伝えようとするや否や、ジーンは手のひらをこちらに向け、拒絶の意思を示した。
「気持ちはよく分かるけど、僕の事は心配しなくていいよ。これでも全ての魔の頂点に君臨する魔神さ、僕にも僕のプライド、矜持というものがある。一度世界に反旗を翻しておきながら、いまさら父に縋ろうとは思わない」
何やらジーンなりのやり方というものがあるらしく、助太刀無用とのこと。
まあ確かにこいつの事だから、こうなると分かり切っていながら考え無しに瘴気を振りまいたりはしないだろうし、そうなったらそうなったで一つや二つくらい保険というものを用意しているはずだ。
俺の手助けなど野暮というものなのかもしれない。
「お前……。いや、分かった。俺は男のプライドを最大限に尊重する主義なんだ。お前がそれでいいというのなら、そうしよう」
「ふふふ、ありがとう。そう言ってくれると信じていたよ」
ジーンは柔らかな微笑みを称え、自身の足元に魔法陣を展開する。
あれ、それってもしかして転移魔法?
それで逃げるつもり、という事だろうか。
いや、ないな。
さすがに一部とはいえ、勇者のスキルまで解析済みっていうのは強すぎだろう。
そんな馬鹿な話があるはずがない。
つまりは別の何かだと思うのだが、あいにく魔法に詳しくない俺では皆目見当もつかない。
「これはいざっていう時のためにとっておいた死体作成魔法さ」
「ああ。別の死体を用意して、偽装するということか」
「違うよ、このまま僕は死ぬ」
「えっ」
えっ。
違うとは?
というか死ぬとは?
「そのままの意味さ。このボディは破棄して本体に意識を戻すんだよ。作成した身代わりジーン1号はここで死んでもらい、世界各地に散らばった300体程の身代わりジーンの遠隔操作に専念する事にするって事。僕が生身の肉体で、龍や竜が警戒している危ない外界に飛び出す訳がないだろう? 保険は300個くらい用意しておかないと気が済まない性質なのさ」
身代わりジーン×300だと!?
なんだこいつ、完全にチート野郎じゃないか。
保険の一つや二つどころの騒ぎではなかった。
それだけ居たらジーンを探す方は手を焼くだろうし、そもそもどれが本体か分からないどころか、たぶんどれも本体じゃないとかいう落ちが待っている訳だ。
しかも本体は躍起になっているドラゴンや人間を見ながら、魔大陸で悠々自適に暮らしていると。
その上、身代わりジーンがここで死んだ事により、懸念されていた俺による魔族の擁護という行動へ意識が向かないように誘導できる。
ジーンの死体を見た者は、俺達が討伐したと認識する事になるだろう。
発想が悪魔かよこいつ。
いや、悪魔だったわ、魔神だし。
「話は分かった。それじゃ、次会った時は宜しくな」
「はいはーい、よろしくねー。それじゃ!」
そこまで言うと身代わりジーン1号はコテンと床に転がり、動かなくなった。
まるで電池の切れたロボみたいな転がり方だな。
「あの、ジーンさんが倒れていますが、これは……」
「あれ? こいつどうしたの? 寝てるの?」
すると談笑していた黒子お嬢さんとミゼットもこちらの異変に気付き、駆け寄って来る。
「いや、なんか実はこのボディは身代わりで、本体のところに意識を戻したらしい。ってこいつが言ってたぞ」
「ああ、なるほど。式神のようなものを依り代にしていたのですね」
さすが陰陽師本家のお嬢様、似たような技術を持つが故に理解が早い。
ミゼットは概念がよく分からないのか、「つまり疲れて冬眠したってこと? ぷぷっ! だっさ! ラクガキしちゃお」とか言っているので、説明も面倒だしとりあえず放置だ。
さて、残るは……。
「で、お前はこれからどうするんだ?」
「少々お待ちをマスター。…………。……。……はい、いま世界樹との接続を切り終えました。以後数日以内にこの迷宮は消滅し、エネルギーは大本である世界樹に還元されます。私は完全にフリーとなりましたので、宜しければマスターと正式にご契約をさせていただきたく存じます」
「ん? お、おう……」
ごめん、デウスの言っている事が一ミリも分からない。
いったいどういう事なんだ……。
「つまり、世界樹への寄生は解除したので、私の新しいパートナーを決めてください、と言うことです」
「ああ、そういうことか」
俺の困惑顔を察したのか、若干呆れつつもデウスが反応を示した。
しかし、パートナーねぇ……。
余談だが、黒子お嬢さんの修行も終わろうとしていた所だし、このまま俺は日本へととんぼ返りしようとしている。
そこで問題になるのが、現在の黒子お嬢さんを含めたこのパーティーで、九尾にどれ程対抗できるのか、というところだ。
ぶっちゃけて言うと、九尾戦にジーンを連れて行く気満々だったから3人だと戦力が心許ない。
いや、黒子お嬢さんは最初から比べると考えられないくらいの成長を遂げたし、依頼そのものは果たしたといっても過言ではないのだが、相手は古くから土地神とも目される日本の亜神だ。
正直に言って、相手がジーンクラスの亜神だった場合、完全に詰んでいる。
だから申し出はありがたいといったところなのだが、少々気になる所がある。
「そのパートナーというのは、誰でも可能なのか?」
「…………私にも、選ぶ権利というものがあります」
「ふむ」
「私にも、選ぶ権利というものがあります」
「あ、はい」
なぜ二回言った。
しかしデウスとの契約を俺以外とすることはどうもダメらしい。
ここで頷いてくれれば、まだまだ俺やミゼットに比べて力不足である黒子お嬢さんの戦力補強に役立ったのだが、そう簡単にはいかないか。
ううむ。
「ところで、契約するとどうなるんだ?」
「好きな時に供給された魔力に応じて私を使役できます。強いですよ、私」
「デウスのメリットは?」
「魔力によって自身を成長させることができます」
なるほど。
ようするにまだ生まれて間もないデウスはエネルギーを食い足りなくて、これからもどんどん成長し融合していくために、魔力が欲しいと。
となれば、なおさら黒子お嬢さんが適任だと思うんだよね。
なにせ彼女は魔力の増幅スキルを異世界人という職業により恩恵を受けているし、他にも召喚術系の適性がある。
デウスとの相性はことさら良いはずだ。
もし可能なら彼女についてもらいたいのだが、さて……。
「なあ、例えば黒子お嬢さんとかはどうだ? ほら、後ろに控えてる黒髪の子。あの子の魔力は俺よりも濃厚だぞ」
「む……」
お、いけそうか?
「成長には魔力が必要なんだろう?」
「むむ……」
もう一声か?
「それに彼女はまだ俺よりもレベルが低い、成長すればさらに──」
「ダメです」
「ダメか……」
「はい」
ダメらしい。
しかたない、俺と契約するか。
意外に頑固な奴だな、こいつ。
そう思ったところで、スマホが唐突にピピピと鳴り出した。
お、これはもしや……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます