終焉の亜神4


 再びご機嫌になったジーンを余所に、終焉の亜神、デウスの方へと歩み寄る。


 もちろん警戒を忘れた訳ではない。

 同じ失敗で二度仲間を危険に晒す訳にはいかないし、そんなヘマをしてせっかく舞台を整えてくれたジーンにカッコ悪い所を見せたくもないしな。


「よう。満身創痍だなデウス」

「…………。返す言葉もありません、と言いたいところですが、別に貴方に負けた訳ではありませんよ」

「ははは、まさにその通りだ」


 やはりまだ心が未熟だ。

 自分が置かれている状況に対し、納得が行っておらず負け惜しみを言いたくなったのだろう。

 知能そのものはかなり高いようだが、感情を制御できていない。


 しかしだからこそ、こいつが何を望んでいるのかよく分かる。


「よし、それじゃあするか? この俺を一対一で倒せれば、お前を認めてやる」

「正気ですか?」

「ああ、正気だとも」


 こいつが今求めているのは単純。

 ようするに、リベンジマッチだ。


 自分が負けたのはあくまでもジーンの圧倒的な力に対してであり、想定外の事だった。

 本来の計画ならば時を経て力を育み、世界樹を吸収しきった所で世界に宣戦布告するつもりだったのだろう。


 だから本当ならばジーンよりも自分の方が遥かに強くなれていたハズだ、と本人は思っているのだろうし、それ以下の力しか持っていないであろう俺達に対して、負けを認めるのが嫌で嫌で仕方がないはずだ。


 そして、それはある意味では正しい。

 実際にジーンが居なければ俺は不意打ちで撃破されていた可能性が高いし、時間をかければこいつが世界を滅ぼしてしまう所を、俺は1万年後の未来で確認できていた。


 しかし、それを踏まえても尚「考えが甘い」と言わざるを得ないと俺は思っている。

 なぜならば現実の世界にIFタラレバは存在しないからだ。

 タイムマシンを利用できる俺ならばともかく、その力が無いこいつにIFが訪れる事は永遠に無いだろう。


 そしてそこにこそ、付け入る隙がある。

 仮にとか、もしかしたらとか、本当だったらとか思っている今のデウスならば、俺との一対一を受け入れるはずだ。


 なぜなら、俺を倒せるハズだった、というIFタラレバを真実に変える事で、自分の考えと計算が間違っていないと証明するまたとないチャンスだからだ。


 しかし、そこにはそう思い込んだ者には気づけない罠がある。


「いいでしょう。その挑戦受けて立ちます。どちらにせよ、あなたに負ける道理はありませんから」

「よし、だ。今の言葉、確かに受け取ったぜ」

「……ぐっ!?」


 俺は2ヶ月間の迷宮攻略で培った『複合職:悪魔』の新スキル、『契約』を発動させた。

 いわゆる契約魔法という奴である。

 そして契約内容は、『一対一で勝った方が、相手に認められる事』だ。


 一度使うと全魔力が吹っ飛ぶリスキーな能力だが、上手く行って良かった。

 というか、悪魔のスキルの燃費が悪すぎる。

 誰だこの仕様を考えた奴は……。


 まあ、それはともかく。


 俺からしてみれば、デウスが勝つことで奴自らが『自分という存在の価値』を俺に認めさせることができ、さらにこちらが勝つことで俺自らが『終焉の亜神、デウス・エクス・マキナという存在を認めた』事を証明できる。


 ようするに、どう転んでも損の無い契約を発動させることが出来た訳だ。

 ははは、掛かったな甘ちゃんめ、これが現代社会を生き抜いた汚い大人のやり方という奴よ。

 俺はそもそもからして、お前を倒す必要などないのである。


 奴に勝とうが負けようが関係ない。

 重要なのはこのデウスという存在の『価値』を決定づける事にある。


 なあ、そうだろ終焉の亜神よ?

 お前は結局、自分が何のために生まれたのかも分からず、そして何をすれば良いのかも分からないからこそ、曖昧な己の存在証明のために、こうして目立つ行いをして何らかの認識を世界に刻もうとしていたんだろ。


 そんなのはな、お見通しなんだよ。

 世界樹に迷宮を作ったっていう、その時点からな。


 そしてすかさず、俺はこう言い放った。


「よし、参った。降参だ。俺の負け」

「なっ!?」


 瞬間、俺は自身のスキル『契約』により、デウスの事をこの世界に生まれ落ちた『価値ある存在』として、認識した。

 そしてこの認識スキルは、内部からは絶対に破られる事がない。


「え? 何々、何が起こってるのよ。ケンジの奴、何をしたの?」

「く、くくくくっ! あははははははは! そうか、そう来たか父よ! 素晴らしい! 素晴らしいよ本当に!」

「ちょっと説明しなさいよジーン!」

「ははははははは!」


 後ろでミゼットとジーンが戯れている。

 どうやらミゼットは今起こった事を理解していないようだったが、曲りなりにも魔神としてマナを不正利用する事を極めたジーンには、俺の発動したスキルの内容が分かったらしい。


 やはり流石と言うべきかなんというべきか、素晴らしいのはお前の能力の方だと言いたいよ。


「…………なぜ」

「ん? 気になるか?」

「…………」


 デウスは何故俺が負けを認めたのか気になるようだ。

 今も無機質なボディから、困惑の無表情が送られてきている。


 案外器用な奴だよな、無表情のまま困惑を伝えられるって。


「答えは単純だよ。……俺はから、お前の事を認めていた。それだけに過ぎない」

「…………!!」

「ここだけの話、俺はこの世界を創った創造神って奴らしいからな。その世界で生まれたお前の事を、何の価値も無い奴だなんて認める事の方が癪で癪でしょうがないんだ。だからどうしてもお前に自分自身を認めさせてやりたくなった、というだけの話に過ぎない」


 そこまで言い切ると、デウスは目を見開く。

 おや、無表情以外にもパターンがあったのか。

 失礼だが、人間型とはいえ肉体が無機質だから表情は変化しないものだと思っていた。


「そう、だったのですね……」

「ああ、そうだよ」

「……なるほど、ようやく見つけました。『私の始まりと、終わりの答えを見つける者』を」

「え? 何が?」


 突然何かを言い出したかと思えば、なぞなぞが始まった。

 一体どういう事なんだろうか。


「貴方の認識、という存在意義が私の中に生まれた以上、もはやこれ以上は暴れる必要もありませんね。……この世界を壊してしまっては今度は逆に都合が悪くなりますし、世界樹との連携機能は遮断しましょう。それからまだ吸収していない世界樹に内部接続から力を返送し、急いでマスター登録を行い────」


 何やら良くわからない単語を並べ、ぶつぶつと言い始め勝手に自分の世界の入り込むデウス。

 後ろではミゼットが騒ぎ立て、ジーンが爆笑し、黒子お嬢さんがミゼットの剣幕にあわあわしている。


 あれ?

 なんか俺だけ取り残された?


 おかしいな。

 今の俺って、これ以上無い程にカッコイイ感じで活躍してたと思ったんだけど……。


 あれー?



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