終焉の亜神3


 レーザーガンの照準が俺に合わさり、ノーモーションで光線が放たれる。

 いや、これは開始早々死んだかもしれん。

 既に脳は死を確信したのか、周囲の動きがスローモーションのように感じられ、思考だけが加速する。


 ……今まで幾度となく死んできたが、さすがにここで即死するのはまずいぞ。

 俺は何度でも蘇る為、ここで死のうがどこで死のうが大して困らない。

 だが、黒子お嬢さんとミゼットは別だ。


 アバターの修復には損傷度に応じてクールタイムが必要になる。

 その復活までの間に全滅してしまえば、二人は本当の意味での死を迎えてしまうだろう。


 これは、俺の失策だったかもしれないな。

 もっと身構えておけばと後悔するが、時間は止まってくれない。


 運よく当たり所が良く、即死だけでも避けられればすぐに現実世界へととんぼ返りできるのだが、こればかりはあるかどうかも分からない天に祈るしかないだろう。


 ……と、そう思った時、全てがスローモーションの世界で高速で動く何かが目の前に立ちはだかった。

 その何かは飛来するレーザーをまるでハエ叩きのように拳で払いのけ、掻き消す。

 走馬灯状態のアバターの目でも眼前に立ちはだかるまで捉えきれないって、一体どんな速度だよ。


 なあ、ジーン。


「……今の不意打ちは必殺の一撃だと思ったのですが、計算が狂いました。まさかニンゲンに、このような強者が眠っていたとは。その動き、ユウシャと呼ばれる存在よりも数段上ですね?」

「…………」


 終焉の亜神、いや、本人はデウス・エクス・マキナといったか。

 デウスの質問にジーンはだんまりと俯き、何も答える事がない。


 どうしたんだろうか、ちょっと雰囲気がおかしいぞ。

 いつものこいつなら、こうして飄々と助っ人に入ったらすぐに軽口を叩きそうなものなのだが、はて。


 いや、とりあえず礼を言わなきゃな。


「すまん、助かったジーン」

「…………るさん」

「ん?」


 すかさず礼を述べると、ジーンは俯いたまま、底冷えするような低い声で何かを呟いた。

 ど、どうした、やっぱりいつもと様子が違う。

 まさか俺の失態に対し、ブチキレているのだろうか。


 いや、これに関してはまじですまんとしか言いようがない。

 ノーモーションで遠距離攻撃してくるとは思わなかったもんで、つい。


 だがジーンの怒りはそんな俺の思惑を余所に膨れ上がり、途方もない瘴気となってその少年の肉体から力が溢れ出す。


 まずい、やっぱり本気で怒らせていたか!?

 というか、威圧が凄すぎて立っていられないぞ、どんだけだよこの瘴気!


 あまりの威圧感に俺やミゼット、黒子お嬢さんが動揺するも、本気で怒気を放つジーンを止める術は無く、終焉の亜神すらその威圧で空中から地面に叩きつけられ、膝を折る。


「…………許さんぞ、貴様。我が父に対するその無礼、万死に値する。貴様は今、自分が何をしようとしていたのか、……分かっているのか?」

「ジ、ジーン、お前」


 どうやらジーンがキレているのは俺に対してではなく、向こうのデウスに対してのようだった。


 というかそもそも、父とは……?

 いや、これは俺の事か?


 そうか、父か……。

 うん、さすがに現実逃避はやめよう。

 今までその片鱗を見せていたジーンの正体が、ここに来てようやく分かったわ。


 なあ、そうだろ。

 古き時代より龍神と袂を分かち、世界の敵として疎まれ続けて来た原始龍。

 ……いや、魔神。


 これでようやく、お前の不可解な言動が理解できたよ。

 お前はこの2ヶ月の間ずっと、父親おれをその眼で見定めつつ、家族として接してきたんだろ。


「な、ん、ですか……。その膨大な力は。ユウシャの全魔力エネルギーの数倍、いえ、10倍は軽く超えていますね。成長段階にある今の肉体でコレと正面から戦うのは少々、骨が折れそうです……」

「黙れ、生まれたての亜神ガキ風情が。この私の前で、それ以上に父の御前で無礼だとは思わないのか? ────殺すぞ」

「ぐぅっ!?」


 ジーンは人の目に見える程に圧縮され、濃い瘴気となった黒いエネルギーを腕の形に変え、首元を掴んで空中に釣りあげる。

 そのあまりの力によりデウスの肉体は悲鳴を上げ、無機質な体にヒビが入った。


 まずい、このままだと殺してしまうぞ。

 なんとかして止めなくては。


 世界樹やジーンには悪いが、俺は終焉の亜神をこのまま殺す気は全く無い。

 こいつとはまだ話のケリがついていないんだから当然だ。


 このまま無為に殺してしまえば取り返しのつかない事になると、俺の中の何かが叫ぶ。


「ま、まて、ジーン……」


 くそっ、うまく声が絞り出せない。

 なんて威圧だよ。

 これが魔神の本気ってやつなのか。


 まだ世界樹を取り込み切ってすらいない、生まれたばかりである終焉の亜神の力では、到底太刀打ちできないらしい。


「……終焉の亜神と言ったか。貴様は三つの過ちを犯した。一つ目はお前にすら情けをかける慈悲深き我が父の御心を理解しなかった事。二つ目はそんな父を真正面からでなく、不意打ちで、……それも対話を試みようとした隙を狙って手にかけようとした事。────そして三つ目は」


 ────この私を、本気でイラつかせた事だ。


 瞬間、ここがピークだと思っていたジーンの圧力がさらに膨れ上がり、力量差が感知できない程にまで高まった。

 デウスの肉体は既に悲鳴を上げ、ミシミシという嫌な音と共に砕けようとしている。


 ダメだって、本当にそれはダメなんだって。

 俺もなんでこんな必死になっているか分からないけど、そいつは殺しちゃダメだ。

 殺しても、何も解決しない。


 そして何より、子供を躾けるのは、おれの役目だ……!!


「ま、待て……。待て!! 待つんだジーン!!」

「…………ッ!!」


 俺は降りかかる瘴気の圧力に対抗するため、身の回りだけ魔力強奪を駆使して疑似的に瘴気を軽減し、吸収することで立ち上がった。

 ジーンもこちらが立ち上がれるとは思っていなかったのか、一瞬その表情を驚愕に染めて動きを止める。


 そうだ、それで良い。


「さっきは危ないところを助けてくれて、ありがとな。助かったよ。ただ、こっから先は俺の役目だ。決着をつけようとしているところ悪いんだけど、……少しだけ俺にも見せ場をくれないか?」

「…………」

「だめか?」


 ぶっちゃけ、だめだと言われたら詰むんだけどな。

 ここで、今までの俺の行動がジーンにとって評価するに値しなかった場合、断られる事も視野に入るのが怖い所だ。


「……く、くくくっ」


 なんだ、急に笑い出したぞ。


「くはははははは!! そうだ、そうだったね! 僕が見て来た父はそういう方だった! いやいや、ごめんごめん。つい興奮しちゃってさ、僕もちょっと大人気なかったよ。どうぞどうぞ、我が父の御心のままに」


 そう言って威圧を拡散させ、瘴気の腕と一緒にこのフィールド内の生物に自由を解放した。

 なんだかよく分からんが、お前のお眼鏡に適う創造神とうさんで良かったよ。


 さて、ここからが正念場だ。

 第二ラウンドと行こうか。


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