エルフの里2
「なんで、なんでなの……。あなた確かヒト族だったわよね? あれ、おかしくない?」
「いやぁ、俺にも複雑な事情があってね」
色々あるんだよ。
混乱しつつもなんとか正気を取り戻したベラルが意見してくるが、俺もなんと言い訳していいかといったところである。
バカ正直に
というか余計な混乱を
まあ、それはそうとこれは好都合だな。
なぜなら俺が面会をしろと言われていたララ・サーティラの娘こそがこのベラルなのだから。
昔ちょっと知り合った仲でしかないが、とはいえ俺の実力の一端は理解していて、自分の母親にそのことを報告するために里帰りする程には一目置いていたはず。
ならば当人が現れた今、ついでに母の下へ俺を引っ張っていくくらいの事はしてくるだろう。
「とにかく! あなたみたいな、謎のヒト族をこのまま放置しておく訳にはいかないわ。なんでこの時代にいるのかも不明だし、この時期の迷宮に来た理由も聞かなきゃならないから。一度お母さまの所に連行するからついてきなさい」
やったぜ。
これは運が良い、労せずして面会の準備が整った。
さっそく俺は里を見学中のミゼットを手招きしベラルに紹介する。
個人で面会しに行っても良いのだが、一応迷宮に入る人物として二人一緒にお目通りした方が良いだろう。
「そっちの娘は? なに、あなたの彼女? へえ、未だ独身の私に自分の幸せを見せつけようってわけね……。その喧嘩買うわ」
いや違うから、そんな意図はない。
エルフは見た目で年齢が分からないからなんとも言えないが、そんなに嫁き遅れと言われる程ベラルは独身を拗らせているのだろうか。
今もぶつぶつと独り言で「これだから若ぇのはよぉ」とか「憎しみで人を殺せそう」とか呟いている。
旅の同行者を紹介しただけでこれってどれだけだよ……。
「いや、そういう訳では────」
「違うわよ。私は彼の妻よ。それよりケンジが私を呼んだという事は、あんたが責任者ね? さっさと迷宮に通しなさい、私達もこれで忙しいのよ」
「なっ!?」
いやいやいや、確かにそれっぽい仲になりつつはあるがまだ嫁でも妻でもないから。
勝手に既成事実を作らないでくれ。
完全に向こうが信じちゃってるじゃん。
しかしそうか、ミゼットの中では既に俺は自分の夫となりつつあるのか。
いよいよ逃げられなくなってきたな……。
まあ、逃げる気もないけど。
「キィー!! ちょっとなんなのよあんた達! そんなに私が憎いの!? 英雄の娘がよりにもよって嫁き遅れだってバカにしてるのね!」
「騒がしい奴ね。いいからとっとと案内しなさい」
「キェエエエ!!!」
無自覚なのか自覚しているのか、ミゼットの挑発により心に傷を負ったベラルが白目を剝いて襲い掛かって来た。
まさか本当に攻撃してくるとは思わなかったよ。
「お、お止め下さいベラル様! 公衆の場でそのような────」
「だぁらっしゃぁあああ!!」
「ぐはぁ!!」
ベラルの暴走を止めようとしたエルフの門番が、我を失った勢い任せのヤクザキックで吹っ飛ぶ。
あー、股間にあたったぞ今、あれは痛い、間違いない。
「ちょっと、どうしたっていうのよあんた。危ないわね、……ふんっ!」
「ケペェ!!」
そして襲い掛かる嫁ぎ遅れエルフの腹に問答無用で拳を叩き込み、一撃で沈めるミゼット。
怖い、女の子が怖い。
なんで君らそんな平然と肉弾戦を始められるの。
ミゼットなんかお偉いさんを殴るのに、なんの抵抗もなく素顔で拳を入れたよ。
分かってはいたが神経太すぎだろ。
「や、やるじゃないの……。合格よ、あなた」
「当然ね。私はこれでも一流の聖騎士なのよ」
「そう。……ぐふぅ!」
そして最後に謎の和解をして、ベラルは膝から崩れ落ちた。
なんだったんだ一体……。
ここまでのやりとりに、何か意味があったのか……。
分からない、俺には全く分からない。
しかし結果として合格を貰えたようなので、これでミゼットの同行が許可された訳だ。
うむ、結果オーライである。
◇
「で、こうなると」
「そうよ。あなたの実力は最初から知っていたから良いけど、そっちのお嬢さんの方は知らなかったから、最低限のテストをしたの。弓兵である私に近接戦闘で負けるようでは、迷宮に入れるのはちょっと厳しいから」
現在俺達はベラルに案内され、エルフの里における王宮とも言える巨大なツリーハウスに訪れていた。
世界樹の次に大きいんじゃないかっていう巨木に作られたこのツリーハウスには、目的であったララ・サーティラの他に、勇者、そしてその一行が居るらしい。
そもそもの話として、俺が門番の前でゴネていたのを見たベラルは最初実力を試して、少しでも迷宮に通用しそうだったら母に一度面会させようとしていたらしい。
そこに記憶にはあるが現代に居るはずの無い、聖騎士の力を持った少年がこうして成長して現れた事で、これは良い拾い物をしたと内心思ったようだ。
あの頃で既に聖騎士としての力を開花させていたなら、100年経った今の時代でどれ程の戦力になるか予想もつかない。
なにせ人間種の中でもヒト族は寿命が短い代わりに、エルフよりも若干成長率が高いからだ。
大きな戦力を手に入れる事ができ、勇者一行のメンバー候補にも考えていたそうである。
だが、同行者は別。
里や門番の意思はともかく、彼女個人としては勝手に挑んで勝手に死ぬなら構わないが、仮に勇者とパーティーを組むことになったりした場合、それ相応の実力が求められるとか思っているようだ。
だからまずベラルは自分を物差しに試験をして、最低限の力があるか確認したのだと言う。
ここで武器も持たない後衛職である自分を御せぬようでは、面会する価値すら無い。
族長である母の時間とて有限であり、ましてや今は緊急事態であるため、同行は見送りしようと思っていたのだろう。
もっとも、他の大陸ならミゼットの名を出せばあの伝説聖騎士が、という事ですぐに準備が整ったとは思うけどね。
しかしここは里。
間違っていても都会とは言えないレベルの小さな集落である。
海を隔てた魔王戦の舞台である他大陸と、そしてガルハート領とその国ならばともかく、ミゼットの伝説もここまでは届かない。
故にこうして一発合格を貰えた事は僥倖であった。
……とはいえ、俺は後で黒子お嬢さんの修行の場として利用しようとしているので、この合格云々や勇者一行云々の話には付き合えないんだけどね。
いやー、参った参った。
この事は内緒にしておこう、そうしよう。
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