閑話 魔神の思惑
とある世界の中心地、……人の世では魔界と呼ばれる瘴気の渦の中にて、玉座に座る銀髪の少年が世界を見渡し言った。
「────はははははっ! 見てよ君! あの高慢な世界樹が謎の亜神に浸食されてるよ! うわー、苦しそうだねぇ。大丈夫かな?」
そう語る少年の手の上では何かしらの人物を模した駒が踊り狂っており、不思議な力で浮かせた盤の上でチェスのように競わされ戦いを繰り広げていた。
現在持っているのは大樹の駒。
まるで世界樹のようなデザインをした木製の物だった。
しかし大樹の駒は少年の手の中でどこか苦しそうに身をよじらせ、とても正常とは言えない状態である。
少年はこの状態の駒を見つめて暗い笑みを浮かべ、にやにやと手のひらで転がした。
「ええ、どうやらそのようですな。……しかし大丈夫かと聞かれると、もはや手遅れなのではとしか」
「うーん、そうだよねぇ。じゃあ創造の神がこのまま動かなければ、盤面の駒は一つ落ちたという事で。……くくくっ、馬鹿だよねぇ彼女も。さっさと僕の友達に助けを求めればいいのにさぁ。まぁ僕が牽制しているせいで無理なんだけど。……あははははは!」
世界樹の奮闘を知りつつ面白そうに笑い転げる少年の見た目は10歳か、それ以下だろう。
対する老人のようなしゃがれた声をした者は大きく、龍のような形をした巨大な生物であった。
いや、龍のような、ではない。
彼は魔王龍そのものなのだ。
だが魔王龍は縮こまるようにして跪き、玉座に座る少年の顔色を窺っていた。
「でも、我らが父も大変だねぇ。僕の
「…………」
少年の問いかけに対し、魔王龍は口を
こと創造の神である父の話題、そして龍の神の話題において、この少年はとても敏感であると知っているからだ。
故に下手な返答は自身の寿命を物理的に縮める事になるし、答えるにしてもその意図がどこにあるのかを理解してからでないといけない。
それからたっぷりと間を開け、考えに考えた魔王龍はついに口を開く。
そして、それ程までに魔王龍に気を遣わせるこの少年の本性は────。
「……ですが、魔神様。100年前、かつて父が人間達と共闘した時代においては、かの創造の神は我ら魔族を救う事を優先していたように見受けられます。それはつまり、創造の神はこの問題を抱えた世界をリセットするには惜しいと思っている、……のではないかと愚考致します」
───そう、魔神、その人なのである。
「ああ、そう気を遣わなくて結構。僕はこう見えて大人だからね、悩みに悩んだ君の答えを楽しんではいるが、決してそれを理由に排斥したりはしない。……世界樹で暴れている力を持っただけの
その言葉に魔王龍はほっと胸を撫でおろし、緊張を解す。
確かに創造神と龍神の話題においては油断ならない上司ではあるが、それは決して彼の器が狭い事を意味しない。
むしろ魔王龍の知る限り、この魔神という歪んだ存在は誰よりも寛容で誰よりも他者を愛し、そして世界を愛しているのだから。
ただその愛の方向性が少し、……いやかなり特殊なだけで。
「でも残念だ。僕はこんなにも父の創造した世界と友を愛しているのに。……父は僕を世界の敵だのなんだのと受け入れてくれないんだからね。ああ、残念だよ。やっぱりこれも人間のせいかな? 滅ぼしちゃった方がいいかな?」
魔神は独り言のように呟き、手元の大樹の駒を握りつぶす。
駒は砕け、淡い光を伴って消えて行った。
太古より付き従う側近の魔王龍は知っている、こうなった魔神は何か決起する時の前兆だと。
かつて龍神に戦いを挑み魔の神となった時も、100年前にて創造の神を釣る為、当代の賢者に魔王をけしかけたのも同じような局面であったからだ。
「うーん、そうだなぁ。でも今すぐに人間を滅ぼすと、せっかく面白くなってきた父の計画を台無しにしてしまうし、なによりそれでは父の思惑も、友の方針も分からぬままでつまらない。……そうだね。よーし、決めた! 僕もちょっと苦しんでいる世界樹を拝みに行ってくるよ!」
「左様ですか。しかし原始龍や古代竜たちの監視はいかようにして?」
なんと、魔の神は今から魔大陸を旅立つという。
とはいえこの大陸の外側は龍山脈という山々に囲まれており、龍神とその眷属の目から逃れて移動する事は叶わない。
もちろんどんな警備にも抜け道はあり、時間さえかければ魔王級程度の者までならばなんとか掻い潜る事はできるだろう。
だが、この者は魔の頂点に立つ神、魔神である。
いますぐに出払うなど、到底不可能であった。
「大丈夫。こう見えて僕は器用なんだ。監視の厳しい本体で向かわなくとも、分身を少し向こうの大陸に流す事なんて造作もない。それこそ分身を遠隔操作さえできれば、力の横流しなんてこちらからいくらでも出来るんだからねぇ。……むしろ本体が無傷で収まる分、分身を向かわせた方がお得? だね!」
ようするに自身の力を遠隔で供給できる、とてもとても弱い分身を繰り込めば目を掻い潜れるという事なのだろう。
そして人間大陸で自分の企みがバレ、どこかで命を落とそうとも元はただの分身。
本体は痛くもかゆくもないのである。
この魔神にとって龍の監視や世界のルールなど有ってないようなもの。
不正にマナという創造神の奇跡を利用するのも相まって、まるでハッカーのような気質を持ち合わせていた。
それからやる事を決めた彼は急いで分身を作り出し、目の前に半透明のパネルのようなものを出現させて遠隔操作を行う。
「おー、動く動く! 中々面白いねこれ。……よーし、じゃあ行ってこい魔神一号!」
無邪気な顔とは裏腹に、底なしの絶望を乗せて彼の分身は旅立った。
目指すは世界樹。
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